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「キールが知らなそうな事で言うと――一人目の行方不明者アレクシア。セカンダリースクール第一学年。一ヶ月前、九月十三日。学校からの帰宅途中、友人と別れてからの消息不明。翌日両親が捜索届けを警察に提出し、のちに神隠しと称される事件が発覚。家族や友人の証言によれば家出や自殺をするような気配もなく、通行人等の聴き込みから最後に目撃された場所と時間帯は絞れたが、同時に本当に忽然と姿が消えた事が分かる。それが十番街の住宅の囲まれた通り、夜七時を回ったところ」
「二人目は?」
「最初の事件から十日後の、九月二十三日。ブリジット、プライマリースクール第一学年。母親と買い物に出ていた途中、急に姿が見えなくなる。母親も方々捜し、迷子センターにも確認したが見つからず。人の目の多い百貨店内での出来事であったにも関わらず、ブリジットの足取りを追う事が出来なかった。今度は一般家庭でなく弁護士の娘であった事から仕事上の怨恨の線か金銭目的かとも思われたが、今のところ脅迫もなく身代金の類も要求されてない」
「百貨店って言ったけど、防犯カメラには何か映ってたんじゃ?」
「母親が手を引いて歩いていた姿は何箇所かで映ってたけど、実際いなくなった瞬間は捉えてなかった。そもそもカメラもテクノロジーコントロールの対象で、あるのは画質が悪くて設置台数も少ないけど」
「ふむ。もしこれが犯人がいる事なんであれば、その人物はカメラの位置を予め把握してたって事、つまり計画的犯行か。それか、その子が意図的に姿を晦ませたか。あるいは、人じゃない何かの仕業か――な~んて?」
言って、キールは頬を掻きながらレイをちらりと窺い、次にアトリに視線を移す。レイは相変わらず人懐こい様子で愉快そうに笑ってくれるが、アトリは顔を顰めて嘆息するだけだった。
キールの渾身の冗談が芳しくなかったのだと見ていたジェーンは鼻で笑うが、当のキールは苦笑と共に肩を竦めていた。
笑いを引っ込めたレイが続きを話す。
「それで三人目は今から一週間と少し前、十月五日に失踪したキャサリン。前の二人との大きな違いは、孤児院で暮らしている事」
「孤児院? アトラントにあるのは知ってたけど、孤児院暮らしなんてアヴァル人にしては珍しいね」
「消えたのは前の二人と同じように突然に。孤児院の庭で一人で遊んでいたと思ったら、その数分後にはもういなかったと職員のシスターが証言してる。今回に関しては孤児院の子を誘拐するメリットは薄いので、これは身代金目的である可能性はほぼないと警察は考えてる。一つ気になるとすれば、姿が消えたその日が、彼女の養父母となる予定の人達と初めて顔を合わせる事になってた事だけど。キャサリン自身は嫌がってもいなかったようだから、こちらも家出の可能性は薄いとされてる」
一通り話したところで、レイが表情を緩めてニパッと笑う。
「それで、何か分かりそう? 天才所長さんー?」
「自分で天才なんて一度も言った事ないけど……そうだな~。いくつか気になる事はあるけど、とりあえず――」
キールは腕を組んだまま人差し指で二の腕の部分を一定のリズムで叩き、しばらく考えると、
「――――さっぱり!」
そう言って情けない笑顔で笑った。言っている事はこの上なく駄目だが、よく通るはっきりした声音でいっそ清々しい程のものだった。
周囲はといえば一瞬呆けてしまったが、いち早く我に返ったジェーンが怒鳴る。
「なんなのよ、もう! 思わせ振りな事するんじゃないわよ!」
「だって警察や探偵じゃあるまいし、そんなの分かるわけないって。素人判断からも、こんなに連続して行方不明事件が起こるなんて、それらが無関係とは思えないけど……ぐらいなもんだろ~? そもそも俺が解決しなきゃいけないのは、ケイトって子の事だけで神隠し事件じゃないし。ケイトが本当に神隠し事件の第四の被害者かは知りたいけど、あとはどうでも……」
言っている間に、ジェーンの目がどうしようもない物を見る目に変わっていったのを感じたのか、キールの声はだんだん尻窄みになる。
アトリはキールの言動は予想の範囲内だったのか、気にも留めずに食卓に出していたチョコマシュマロビスケットを栗鼠のように齧っている。レイもレイで想定内だったようで、「だよねー」と笑っている。
「キールは天才なんかじゃないもんねー。天才と言うなら、アトりんの方かな? キールは確か、幸運の眼鏡に愛された男だっけー?」
「なんでだ――ッ!! 女神だよ、女神! 明らかにおかしいじゃん! 何そのラッキーアイテム!? 確かに今は眼鏡掛けてるけども!」
「そー、女神ねー。でも運は勝ち取るものなんだよね。勝ち取る努力してみる気ある? 今三人目の被害者キャサリンのいた孤児院に、警察が事情聴取に行ってるんだなー」
レイは意味ありげに自身の胸元に視線を移す。いつの間にやったのか、谷間にメモらしき紙が挟まれている。
キールがヒクッと頬を引き攣らせる。
「……追加料金って事ね~?」
キールが取れないと分かっていてやっているのが見え見えだった。つまり欲しければ、それ相応の態度を示せという事だろう。
「シット! いっそその胸に、思いっ切り手を突っ込めたらどんなにいいか……! だがしかし! 確かに俺は年上好きだけど、レイみたいにダイレクトな色気じゃなくて、若奥さんみたいな慎ましやかな色気が好きなんだよな~」
「誰もそんな事聞いてないわよ! あと、本当に手を出したらドン引きするからね」
「それは冗談にしても、キールもまだ社会的に死ぬわけにはいかないのは事実かと」
話が途切れたところで、レイは改めてキールに胸元を見せつける。
「ささー、どうするのー?」
「ぐっ……致し方ない――――アトリっ!」
「合点」
キールに言われ、アトリは戸棚から紙製の箱を取り出した。テーブルに置くとそっと蓋を開ける。
それと同時にキールは革張りの椅子から立ち上がり、片方の手は腰に手を当て、もう一方で箱の中身をズビシッと勢い良く指差す。
「今、巷で密かに人気を伸ばしているカフェ『ブエノミラン』の、俺の知り合い特権で試作段階の物を貰った、まだ店頭にも並んでいないこのキャラメルチュロでどうだ!」
「おおー」
箱の中に規則正しく収められた揚げ菓子は、見るからに噛んだ瞬間カリッと、そして歯を奥に進めるとモチッとすると、視覚からも嗅覚からも訴え掛けている。
女子なら堪らない誘惑に、レイも例に漏れず興味で瞳を輝かせる。
「ブエノミランは噂には聞いてたけど、まだ食べに行った事なかったんだよー。しかもそこの未発表の新商品。私の知らない情報が今ここに……いただきま――」
「――の前に、ほれ」
キールがレイの顔の前に掌を差し出す。
レイはチュロに齧りつきながら、胸の谷間に手を入れ紙を引き抜きキールに渡す。二つ折りの紙を開くと、そこにメモされていたのは簡潔な地図と場所の名前。
「ふむ。そういう事か。アトリ、俺ちょっくら出掛けてくるから、後の事よろしくな~」
「ん、心得た」
眼鏡を外しポールハンガーから上着を取り、出掛ける準備を始めるキールを見て、ジェーンがハッとして柱時計を確認する。
「ああぁ! もうこんな時間!? 授業始まっちゃうじゃない! 私も出るわね!」
慌てるジェーンに、レイが珍しく笑顔ではなく不満そうに眉を寄せる。
「えー。ジェン子も一緒にお茶しようよー」
「ジェン子……? その、お誘いは嬉しいですけど、一応留学生の身で授業をサボるわけにもいかないので」
「おー、真面目だー。それじゃ、しょうがないかー」
「ジェーンが行くなら私も出るから。独りになるけどレイはどうする?」
「えー、アトりんもいなくなっちゃうの? なら、アタシは一人寂しくお茶してから帰りますよーだ」
拗ね気味に言うと、レイはわざと音を立てて紅茶を啜った。
「そうだ。鍵は俺とアトリの分しか持ってないから、ここには置いてかないけど。レイなら分かってると思うけど、帰る時は下の階にオーナーがいるから一声掛けてってな~」
「はいはーい」
適当にひらひら手を振って答えるレイに、キールはやれやれと言いたげに頬を掻くが、やがて出掛ける支度が整い玄関に向かう。
ヘソを曲げていたレイも、もう諦めたのか素直にいつも通りの笑顔で見送ってくれる。
「まー、精々頑張ってね。キール達がどう解明して、どんな結論を出すか楽しみにしてるからね」
「レイに言われると結構プレッシャーなんだけど、まぁやれる事はやるつもりだから。あとは、なるようになるってもんだよ」
「それでこそキールだねー。アタシの期待を裏切らないでね?」
「へーへー、最善は尽くしますよって」
キールは踵を返しドアノブに手を掛け、最後に残したのは一言。
「いってきます」
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