お届け物
一学期が終わった放課後から家に帰って、
次の日からの夏休みを待つ。
この時間が意外と長かった。
最近始めたように何かの勉強をする必要もなく、
かと言って校外学習に行けるかという不安のせいで
ゆったりとくつろぎながら遊ぶこともできない。
「というか、だいたい校外学習ってのは
いつ始まることになってんだ?
まさか夏休み全部を使うわけじゃねえよな。
ものによってはそれもいいけどよ」
「さぁね。それも今晩届くしおりに書いているんじゃない?
というか、今そんなことを気にする前に部屋のかたづけくらいしなさいよ」
呆れた顔で答えたシャルロットは授業に使っていたノートを
科目別に揃え、各科目名が書かれた箱の中に立てていった、
ユーシャと同じ部屋で生活しているシャルロットは
しばらく学園に行けないこの時間を使って
自分の教科書や制服などをタンスの奥から引っ張り出して
整理をし直していた。
「え~、無理。
今、攻略イベントが発生するかどうかが気になりすぎてて、
何も手ぇつかねえ」
「攻略? 何それ、ゲームの話?」
「ゲームじゃねえし」と途中まで言ってしまったところで、
口をつぐんだ。
ユーシャがわざわざ転生してでも転入した理由は
美少女といちゃいちゃしまくる青春を送りたいからだ。
勉強や人間関係、色々な問題のせいで思っていた物とは
全く異なる結果にはなっているが、
それこそシャルロットの言う通り、まさにゲーム感覚で
学園生活を過ごしていると言ってもいい。
しかし、それをシャルロットに話そうとは思わなかった。
(別にばれても記憶を操作するとか、適当なことして
ごまかすだけの話なんだけどな?)
ただ、それを踏まえてもシャルロットにそのことを知られるのは
不味いと感じた。理由を挙げるなら第六感がそう言っているからだ。
「何? 急に黙って」
「いや、何でもねえ。気にすんな」
これ以上、話を長くして追及されても面倒だと思い、
ユーシャはシャルロットの作業の邪魔にならなさそうなスペースまで歩き、
達磨さながらにただ無心に転がり続けていた。
そして、時計の短針が6を指した瞬間の事だ。
『指定座標の確認終了。
テキストファイルのダウンロード開始。
転位箇所修正。特殊言語《術式》の付加開始。
ダウンロードが完了しました。出力します』
天井近くから光の輪が現れて幾何学的な模様が回り始めた。
そこから短辺からゆっくりとA4の冊子が伸びてきて、
シャルロットの前にパサリと落ちた。
「これが私のしおりってことね」
そして、その一冊が彼女の手に取られると光の輪は
蛍の群れが散っていくようにかき消えていった。
ということはつまり、
「……」
叩きつけられた夢も希望もない現実に堪えて押し黙っていた。
「結構、頑張ったんだがな。やっぱり無理だったか」
結構と言ってもほんの数日だけ。毎日しっかり勉強している人間に比べれば
勉強量が足りないと言えるし、
さらに言うならば彼女たちは今年までの年月も勉強し続けてきたのだ。
そんな生徒を対象としたテストで『本当に』数日前から勉強を
始めたユーシャが太刀打ちできるはずもない。
この結果に納得はできる。怒るはずだったイベントが無くなり、
代わりに地獄の補習が身に降りかかることにがっかりしているだけだ。
「まぁ、その。ドンマイ」
「同情するなら、なんだろうな。何もねえわ。
じゃあ、せめてお前がどういう校外学習に行くか教えてくれ。
俺は補習に行きながらそれに行った妄想を楽しませてもらうわ」
「うわ。寂しい。
えっと私は……リンカイガッコウ!」
しおりの一ページ目を開いたシャルロットは
校外学習の内容を見て声のボリュームが跳ね上がった。
「リンカイガッコウ?」
「あれ? そんな反応?
どうせエロい事ばかり考えてるあんたなら
もっとリアクションが大きくてもいいはずなのに」
シャルロットのはしゃぎぶりを見ているユーシャは行けないことへの不満というより
何をそんなに喜んでいるのかが分からないといった顔だった。
「だって『リンカイガッコウ』って何だよ。
普通、この時期っつったら山でキャンプにBBQ、
海でオーシャンビューのスイートルームにダイビング、とかだろ。
『学校』ってお前。勉強する場所が変わるくらいじゃねえか」
「……もしかして『リンカイガッコウ』の意味を分かってない?
え? 『リンカイ』の意味分かる?」
「『ガッコウ』は学びの校だろ?
学校って言ったら一般的にゃ勉強するトコだから
『リンカイ』ってのは限界に臨むじゃねえの?
要は『リンカイガッコウ』ってのはいつもより超厳しい『勉強合宿』みたいなものだろ?」
「『臨』も『学校』もあってるけど、『界』は違うわよ?
海の方のカイ」
「『臨海学校』?
(あれ? 臨海ってどういう意味だ? 海に臨む。
臨むってのは隣接――のリンとは違うが近いっていう意味だよな?
海に近い学校?)」
「ホテルかもダイビングをするかも分からないけど、
さっきあんたが言った海辺の合宿よ? 当然、勉強はするけど」
「…………ほう」
臨海学校の言葉の意味を理解した時、
彼の中の倫理観と忍耐と堪忍袋の緒が三本同時に切れた。
ユーシャはスッと立ち上がり、玄関で靴を履いた。
「ちょっと学校に行ってくる」
「ちょっと! 何する気?」
「ん? いやいや、採点ミスしてないかって聞きに行くだけ。
何もしない何もしない。俺、嘘つかない」
振り返ったユーシャの顔は純粋で眩しい笑顔だった、
彼が本人であるかすら疑ってしまうよな。
「ちょっと、少し落ち着きなさ――」
「行ってくる」
ユーシャはシャルロットの言葉を最後まで聞かず、
まだオレンジ色の夜に出て行ってしまった。
「これはヤバい」




