天使なんていなかった
翌週の放課後、ユーシャは家の扉の前に立つ。
シャルロットは剣術部で不在、そしてカギは彼女が二つとも持っている。
そして、ユーシャは鍵を持っていない。
しかし、数秒後、誰もいない部屋の鍵が音を立てて開く。
「ちょろいな」
足早に入っていくユーシャの手には二本の細い針金が握られていた。
「潜入開始! ってか?」
ユーシャをこの行動を起こしたきっかけは先週のラヴとの話だった。
「イベントを呼ぶ? 一体どうやって?」
鼻を高くしてラヴは説明を始める。
「ギャルゲーと現実は違う。けれど、それでも共通点はある。
それはどんなキャラにもそれぞれの背景があり、
そこから細かい設定を持つことだよ。
ギャルゲーを作る人はそこを突いたイベントを起こすようにしているんだ」
「つまり、俺にそのマネごとをしろと?」
「そう。スキップを使わずにね」
ラブは得意げに頷いた。
「だけど! 君は彼女のことを全く知らない。
まずは調べるところから始めよう」
「調べるっつったって。どうすりゃいいんだよ」
「部屋にいっぱいあるんだろう? アルバムとか、個人情報満載なものが」
「だから、入れねえって行ったろうが」
「本当に?」
突然、ラヴの顔が意地の悪いものに変わった。
何かを試すようなその目にユーシャは疑いを持ち、
その答えに気付いた途端、血相を変えて驚いた。
「まさか、お前。アレをやらせるつもりか? お前大天使だったよな?」
「培った技術を用いて行動を起こす。何も悪いことじゃない」
ラヴはにやりと笑い、ユーシャの肩に手を乗せた。
「グッドラック!」
「まさかこんなところで使うことになるとはな」
ユーシャは針金を指先で回して呟いた。
すでに記憶から消えかけていたかもしれないが、
ユーシャは元々、『勇者』と名乗るただの犯罪者である。
その道中、何度も不法侵入を犯していた経歴がある。
これはその時に身に着けた技術の一つだったのだ。
「さて、どこから探そうかな?」
ユーシャは探し始める順番に迷っていた。
何しろ部屋は狭いくせに、ものが多いのだ。
「(本棚にタンス、ベッドの下。何かを隠すならこのあたりが定番だよな。)
って。これじゃまるっきりエロ本探しだな」
ユーシャはタンスに向かう……と思ったら、本棚へ進路を変えた。
(タンスだと下着に夢中になっちまいそうだからな)
本棚の一番下の段に置かれたアルバムの一冊を取り出してみた。
「おっと、重いな」
辞書四冊分の大きさを持つアルバムは装飾付きの
薄い金属板でできた分厚いハードカバーにしまわれていた。
「よっぽど大事なものなんだな。って。うわぁ~」