45羽:【閑話】温泉ふたたび
オレたちは大森林に戻って来た。
精霊の呪いを受けない為に用意された二ヶ月はあっという間だった。
二ヶ月前に大森林を出て行った“獅子姫隊”の同じメンバーは、下界と大森林との境目で儀式を終えてから森に入る。
「これで、大丈夫……」
長い呪文を唱えて神官ちゃんは術を解除した。
でもなんか前回と同じように、彼女はまた疲れた雰囲気。
後で聞いた話では、神官ちゃんは数日間寝込んでしまったという。やはり下界に出るのは厳しいことなのであろう。
でもその時の彼女は相変わらずの無表情で、人前ではそれを表には出さない。
「ん?あれ?」
というか神官ちゃん。帰りの荷物が大分増えてないかな?
彼女は行きは少ない背負い袋だったのに、帰りは明らかに多くなっていたのだ。
それで自分で持ちきれなくなり、怪力の牛さんに自分の荷物を持ってもらっている。
「神官ちゃんは何を買ったの?」
こっそり聞いてみる。
「ないしょ……」
半目で口を閉ざされたので、これ以上はしつこく聞かないようにしよう。
そして“獅子姫隊”の他の戦士たちも下界でいろいろ買い物していた。女騎士スザンナちゃんからお金で。
「はあ……何も買えなかったのはオレだけか……」
忙しい《獅子姫》ちゃんの手伝いをして駆けずり回っていたオレは何も買えなかった。
グラニス伯都でゆっくり買い物や観光もできずに、大森林に戻ってきたのである。
はあ……結局のところオレは、何のために下界に出たんだろう。せっかくの夢にまで見た中世風ファンタジー王国だったのに。
やったことといえば、盗賊団を退治して、悪徳領主代行を退治して、ザクソンの宿場村を直轄地にする準備だけであった。
「でも、人助けもできたし。まいっか……」
オレはあまり深く考えないようにした。
下界にはいつかまた出て行けるかもしれないしね。
◇
そういえば大村に戻る前に、例の聖なる泉“聖泉”に立ち寄って来た。
《獅子姫》ちゃんの提案で、温泉療養のための小屋をグラニス家と共同で建てることにしたのだ。
その第一陣として病み上がりである伯爵夫人……レオンハルトのお母さん療養することにした。
あとオレ達“獅子姫隊”のみんなも傷と疲れを癒すことにした。何しろ下界での連戦で疲労と細かいケガが溜まっていたから。
周囲の岩場と樹木を最大限に利用し、ザクソンの村から持ってきた材木も組み上げた簡単な小屋で建てられていた。簡易型の湯治宿みたいな感じだ。
オレたち森の民は野宿だから使うのは下界の人たちだ。
グラニス伯爵夫人とお世話の女中さん、それに護衛の女騎士がその小屋で寝泊まりする。
それ以外にも森の戦士も護衛として残る。
“聖泉”の効果は絶大で病み上がりだった伯爵夫人の顔色は、前に比べて大分よくなっていた。
よし、オレたちもさっそく“聖泉”に入るとしよう。
◇
“獅子姫隊”のみんなも疲れと傷を癒すため“聖泉”に入ることになった。
天然湯からは湯気があがり、硫黄の独特の匂いがする。
「おー、いい湯だ~」
相変わらず自然の地形を利用した天然湯は最高だ。
前世でオレが住んで街は、日本でも屈指の温泉地域だった。泉質も多種に渡り、名湯秘湯が点在し町営の格安温泉も多い。
学生たちは学校帰りに、大人は仕事前に早朝温泉で汗を流す者も多い。自家用車の中に風呂道具を常備する習慣もある。
そんな訳でも前世のオレも、近所の町営温泉に週四回は通う愛好家であった。
「うーん……最高だ~」
お手製の温泉手ぬぐいを頭の上に乗せてオレは湯を満喫する。
「おっ……これは……」
「おお!力が漲る……」
“獅子姫隊”の屈強な戦士たちが湯の力強さに声をあげる。
「おお、見ろ、泡が出ているぞ……」
「全身の傷が癒えていくぞ……」
誰もが感動していた。
水浴びの習慣しかない彼らは、湯の熱さに最初は驚いていた。
だが、徐々に慣れ、オレの真似で肩まで浸かって温泉を満喫している。
「“魔獣喰い”殿、“聖泉”は素晴らしいものですね」
伯爵夫人の護衛騎士たちも温泉を堪能し効能に驚愕している。
「うんうん。“聖泉”はいいでしょう?温泉はいいぞ!」
まるで自分を褒められたかのように、オレも喜び舞い上がる。やはり温泉の気持ちよさは異世界でも共通なのだ。
「ふう、いい湯だな……そういえば、女性陣は大丈夫かな」
温泉の入り方やマナーは最初に説明していた。それでも岩場の向こう側にいる女性たちが大丈夫か気になる。
女湯に入っているのは剣姫《獅子姫》ちゃんと神官ちゃん、それに下界人である女騎士スザンナとグラニス伯爵夫人の四人である。
それ以外にも夫人の世話をする侍女もいたが、その人たちは湯に入らず岩場の影で待機していた。
(みんな大丈夫かな……)
男湯からだと大きな岩場と湯煙のせいで女湯は見えない。
(あれ……この声は……)
だが微か女性たちの会話が聞こえてくる。
(よし、こんな時こそ、隠密技術で鍛えたこの聴力で……)
オレは全神経を集中して聞き耳を立てる。命の危険がある狩りの時よりも、更に集中して……。
――――女湯 音声――――
「スザンナよ、お主の胸はこんなに大きいのに、なぜハリがあるのじゃ。何か特別な手入れでもしているのか?」
「いえ、特に手入れはしていませんが、幼いころから牛の乳はよく飲んでいました」
「ふむ、あの街道沿いにいた家畜の牛とやらか……なるほどな」
これは《獅子姫》と女騎士スザンナとの会話であろう。二人は出会ったときから仲が良く、女子らしい会話も多い。
(そういえばスザンナちゃんは、女性らしいふくよかな胸をしていたよな……)
生真面目な彼女は普段は騎士服を着込んでいる。でも鎧を外した後の胸や腰の膨らみは、服の上からでもはっきり分かるくらい女性らしいラインだ。
(ご、ごくり……)
着やせするスザンナの大人の身体の想像し、オレ思わず唾を飲み込む。
「“獅子姫”様も、高級な生地のようなきめ細かい肌が素敵でございます」
「この肌は母譲りで、一族に伝わる香油で念入りに手入れしておるからな。自慢の肌じゃじゃ。だがこの胸はな……」
《獅子姫》ちゃんは健康的な美肌が魅力的である。ベールの王侯貴族の貴婦人たちもうらやむ美しさで晩餐会でも大人気であった。
本人が気にしているように胸はやや小さめだが形良い。
(ご、ごくり……)
温泉の湯をはじく《獅子姫》ちゃんの絹肌を想像し、オレは思わず唾を飲み込む。
「それにしても巫女よ。前も思っていたのじゃが……その胸は本物なの?」
今度は《獅子姫》ちゃんは神官ちゃんに話しかけている。しかもまさかの直球勝負で気になる内容だ。
「ほんもの……」
同性である《獅子姫》ちゃんが聞くのも無理はない。神官ちゃんの胸の膨らみは常識を超えていたからだ。
もちろんオレは神官着の上からしか見たことがない。だがそれだけは断言できる……凄いと。
「《獅子姫》さま。殿方の中には小ぶりな胸を好む方もおりますよ」
おっ、この大人な声は伯爵夫人であろう。経験を生かして若い子にアドバイスをしている。
「ま、まて夫人……いきなり、直胸はまずいのじゃ……」
湯音に混じって《獅子姫》ちゃんの甘美で可愛い悲鳴があがる。
……何だ?
彼女の胸に何が起きたのだ!?
「《獅子姫》様の……可愛らしい……」
「誰じゃ!誰かが、我の胸を馬鹿にした者がいるぞ?どこじゃ!」
「まあ、皆様落ち着いて下さいませ」
「牛乳女が動くとお湯が溢れていくぞー」
女湯から女性たちの艶かで楽しそうな声が響く。
◇
くそっ、女湯でいったい何が起こっているんだ!?
湯音で聞こえなくなってしまった。
こうなったら実際に確認するしかない……温泉マイスターとして彼女たちの安全保障のために。
「《魔獣喰い》、どこに行く」
だがオレの行く先には前と同じように、獅子姫護衛の黒装束オジサンがいた。鬼のような睨みを効かせながら。
鋼のように鍛えられた肉体は傷だらけであり、歴戦の猛者のオーラを放つ。凄腕の戦士がオレの行く手に立ち塞がる。
「少しのぼせちゃって、用を足して……」
「こっちはダメだ。お前は得体が知れぬ」
相手は鞘を持っていた。
軽く剣を抜き、その刀身をチラリとオレに見せてくる。
刃が黒く濡れている。恐らくは猛毒の類であろう。森の民すら即死させる。
「そ、そっかな……オレはどこにでもいる、普通の青少年なんだけどな……」
「お前はもはや普通ではないと判断した」
護衛戦士は鬼のように鋭い眼差しで、オレを睨んでくる。
それと同時に周りの空気が殺気で揺らぐ。これは本気で怒っていらっしゃる。
……それでもオレは諦めないぞ。
隠密活動技術の全てを発揮しオレは必ず楽園女湯を覗くのだ!……そう決意して行動をおこす。
◇ ◇ ◇
オレは命懸け女湯を覗けるポイントにたどり着いた。本気の黒装束オジサンの追跡を振り切り。
覗く先に四人の女神たちは確かにいた。
良質の温泉の効果でその素肌が輝いている四人の美しき女神たち。
「ゆ、湯上り……だと……」
だが湯から上り彼女たちは既に服を着ていた。
オレがたどり着くのに時間がかかり過ぎていたために。
がくん……




