33-4羽:少年たち
「ふん!とりゃぁあ!」
昼下がりの宿舎裏庭に、気合の入った少年のかけ声が鳴り響く。
その光景を《魔獣喰い》ことオレは、建物の物陰からじっと見ていた。
少年騎士は真剣を正眼に構え、上下左右に規則正しく剣を振るう。
女騎士スザンナの剣筋と似ているところを見ると、恐らくはグラニス騎士の正式な剣術なのであろう。対人戦を前提としたお行儀のよい型だ。
少年は飛び散る汗に構わず、一心不乱に何度も型を繰り返している。
(へぇ……結構アイツ頑張るんだ、お坊ちゃまなのに)
物陰で見ていたオレは心の中で感心する。
一人で黙々と剣の鍛錬をしているのは、少年騎士ことレオンハルト・グラニス。
ベール王国の上級貴族の家に生を受けた、正真正銘の貴族だった。
(規則正しい剣筋の中に、時おり荒々しさがあるな……)
感心しながらも観察を続け考察する。
気合いの声も無駄に大きいが、少年騎士くんの剣筋は強引で荒い。
職業的には蛮族弓戦士に見られがちなオレだが、これでもけっこう剣術にうるさい。
何故なら将来は騎士の職業を目指す身だ。
幼いころからこの部族の様々な剣筋を観察してきた。
森の英雄《流れる風》オッサンに、班の副官イケメン剣士、それに戦乙女の生まれ変わりとも言われる剣姫《獅子姫》ちゃん―――様々な型の剣の達人がこれまで自分の身近にいた。
そんな彼らの剣術を観察しつつ、自分でも日々鍛錬していた。それ故に“剣”を見る目だけは自信があった。
まあ、オレの身体はまだ剣の実力が伴わないが。
(ん、でもコイツ……なにかが、おかしいな。身体のバランスかな)
意識を再び戻す。少年騎士は黙々と剣を振るい、自分の決め技であろう連撃を繰り出している。
確かに年頃の者の剣筋にしては鋭い。
でも何かが変だ。
「バランス……いや、違うな。“五体の精霊”に“変な混じり”があるのかな?」
「んっ!誰だ!?」
最後の言葉が思わず口から出てしまった。
稽古で五感が研ぎ澄まされていたレオンハルトは、こちらに剣先を向けて警戒する。
「あっ、オレだよ、オレ」
「なんだ、“魔獣喰い”か。ちっ」
極秘の自主鍛錬を人に見られたのが恥ずかしかったのだろうか。レオンハルトは間が悪そうな表情で剣を収める。
オレは両手を上げて笑顔でゆっくりと近づいて行く。
年ごろの少年ともなれば、人知れず努力で強くなりたいものだ。
自分も弓の稽古で密かに早起きしているの。
その気持ちはよく分かる。オレも仲間、同志だ。
「そう言えば、少年騎士くん……君さ……左半身に何か隠している?」
「な、なにを急に……それに僕は“少年騎士くん”ではない!レオンハルトだ!あっ、待て、勝手に袖をまくるな……」
さっきの稽古を見て――――いや、正確にはこの少年騎士くんを初めて見た時から違和感があった。それがずっと心に引っかかり気になっていた。
“コイツは左半身に何かを隠している”
オレは一度でも気になったから解消するまで、落ち着かない性分だ。
「ん……これは……痣……いや違うな、何かの呪印か……」
「くっ……」
どうしても気になり――――いや、本当は胸騒ぎがあったオレは、少し強引にレオンハルトの左腕の袖を勝手にめくり、その下に隠していた肌を確認する。
「これは……」
ソレを目にしオレは言葉を失う。隠していた左腕にびっしり何かの模様がある。入れ墨とかではない――――皮膚に同化しれいる文様か何かだ。
「放っておいてくれよ、“魔獣喰い”!僕は“呪われた子”なんだ!これは産まれた時からこの身体に刻まれた、呪いの証なんだよ!」
そう叫びながらレオンハルトは、上半身の服を脱ぎすてる。
その幾何学的な模様――――森の枝歯が複雑に絡まった痣は左腕ではなく、左胸部から腹部、そして左下半身までびっしりと張り巡らされていたのだった。
・・・・・・・
「すまない……取り乱して……」
少し落ち着き裏庭に一緒に腰を下ろした少年騎士レオンハルトは、静かにオレに語ってくれた。溢れた感情の言葉をこぼすように。
――――この奇妙な痣は自分が産まれたときにから、左半身にあったことを
“銘家グラニスに災いもたらす者”として、幼いころから恐れられていたこと。
それでも両親は溢れんばかりの愛情で自分をここまで育ててくれ、感謝していること
家臣たちの中には自分をまだ忌み嫌う者も少なくない。それで今回の“霊薬”の探索の任は何としても成功させたいともこと。
またこの刻印が原因なのか、自分の半身が思うように動かせないことを――――
「だからといって言い訳はしたくはない。僕自身がもっと強くなり、家臣に力を示せばいいんだ」
自分の身の上を終えレオンハルトは、グッとこぶしに力をこめる。
最初は女騎士スザンナや他の配下の騎士に、おんぶに抱っこで世話になりっぱなしな印象がコイツにはあった。
だが今の身の上話を聞いてしまったからだろうか。オレには覚悟を決めた立派な男の顔に見えてきた。
自分より年下なのに、逆境にめげずに責任感がある。コイツはいいやつだ。なんか助けてやりたくなる感じだ。
「よし、行こう」
オレは思い付いた。
「ん?ま、待て、そんなに強く引っ張って、どこに連れて行くつもりだ、“魔獣喰い”」
そして急に立ち上がる。
少し強引だが気にしない。
「その刻印と似た“モノ”を前に見たことがあるんだよね……とりあえず、精霊大神官の婆ちゃんに聞きに行こう!」
「なっ、勝手に決めるな――――おい、聞いているのか“魔獣喰い”」
聞こえているが、聞こえないふりだ。
この枝葉が絡まったような痣……それにオレは見覚えがあったのだ。この精霊の館にあった壁織物に。連れて行ってみて聞いてみよう。
(それに、もしかしたら、あの精霊神官ちゃんにも会えるかもしれないしね……)
これはあくまでも少年騎士くんのための行動だ。
決して自分が神官ちゃんに会いたいためのエサではない。
・・・・・・・・
「こりゃ、“制約の極印”じゃ。“災いと呪い”からこの子の守るための、精霊術じゃ」
この森の全ての神官の頂点に立つ大神官である老婆が、レオンハルトの半裸を眺めながらそう説明してくれる。
ここは大村の“元始の樹”と呼ばれる母樹の麓にある、精霊神官の館の一室。
普段は気軽に立ち入ることが出来ない場所だが、今回は下界からの来訪者の願いということで、少し強引に視てもらっていた。
「“制約の極印”……精霊術」
「恐らくは抵抗力の無い幼子を守るために、何者かが施したのであろう。身体もこれだけ成長していればもう無用の長物じゃ。なんならここで“開印”しておくか?」
「“開印”……えっ……無くすことができるんですか、これを!?」
大神官の婆さんの言葉に、少年騎士は喰らい付くように尋ねる。
まさか産まれた時から自分を悩ませていた痣を、こんな蛮族の集落で解決できると思っていなかったのだろう。
「まあ、これは加護の一種じゃから、それほど難しくない」
そう説明しながら婆さんは何やら準備をはじめる。
後ろに控えていた精霊神官たちの中から、一人の少女を指名しその“開印”の役に命じる。
(あっ……精霊神官ちゃんだ。今日も無表情で不愛想だけど、相変わらず可愛いな……)
スッと前に出てきたのはあの神官ちゃんだった。
「こんな年端もいかない女の子が、この痣を消せるのですか、大神官さま?」
「この者はワシの弟子の中で一番の才能の持ち主じゃ、安心せい」
レオンハルトの心配をよそに、神官ちゃんは手際よく“開印”を始める。
先端に宝玉を埋め込まれた神官の杖で、レオンハルトの全身に術を施している。
「この“極印”には……“優しさ”がある」
「優しさ”……」
「あなたを……か弱いあなたを守る、包み込む父子の想い……」
小さく神官ちゃんがそう呟くと、レオンハルトの身体が柔らかい光に包まれる。
陽の光――――夏の葉が暗い森を照られてくれるような、不思議な光だ。
(あっ、“何か”が抜けていく……)
その時、スッとだった。
少年騎士の身体から、何かが抜け天に昇っていったのだ。柔らかい煙のように。
「これで終わり。この痣はどうする……全部消すことも、少し残すことでできる」
「……少しだけ残してください、神官さま」
「うん、わかった……」
神官ちゃんとレオンハルトのそんなやり取りが済み、“開印”の儀式はあっという間に終わってしまった。本当に少しの時間の不思議な出来ごとだった。
「ふむ、見事なものじゃ。“極印”が無くなり、身体の自由が効くはずじゃ」
「そう言われてみれば……身体が軽くなったような。大神官さま、神官さまありがとうございます!」
自分の全身の動きを確かめレオンハルトは深々と頭を下げ、礼を述べる。貴族のお坊ちゃまなのにけっこういい奴なのかもしれない、コイツは。
「――――小僧、名は?」
「ぼ、僕ですか。レオンハルト……レオンハルト・グラニスと申します」
「ふむ、レオンハルトか……何の因果か運命か……定めに負けるではないぞ」
「は、はい、ありがとうございます、大神官さま!」
大神官の婆さんはポンと少年騎士の肩を叩き、意味深な言葉をかける。因果とか運命とか、何のことだろう。まあ、平凡なオレには関係ない話だろうな。
「なにが“平凡な”じゃ、《魔獣喰い》よ。お主が一番厄介なのじゃ……まあ、“霊薬”も明日の朝に完成する。下界への出発の準備をおこたるではないぞ」
またもやオレの心の声が外に漏れていたのだろう。ぶつぶつ愚痴を呟く大神官の婆さんに叩き出されるように、オレと少年騎士はその部屋を後にした。
・・・・・・・・
「いや~、それにしてもけっこう簡単に終わっちゃったね、それ」
部屋を出て神官の館を後にしたオレは宿舎に戻ることにした。特に準備をすることもないが最終確認でもしよう。
(それにしても、さっきの神官ちゃんは凄かったな……カッコイイというか、神々しいいというか)
先ほどの大神官の婆さんの話だと、数多いる弟子の中でも一番の才能の持ち主だと言っていた。
まだ十四歳である自分とそう変わらない年頃なのに、神官ちゃんは凄い。そして可愛い。
「なあ、“魔獣喰い”……」
「ん?」
ゆっくり隣を歩いていた少年騎士くんが、神妙な声で話しかけてくる。どうしたのだろうか。
「ありがとな――――じゃあ、先に戻る」
「へっ?」
最初の言葉を恥ずかしそうに小声で。そして逃げるように、いきなり走り去っていく。
(なんだアイツ……変なヤツだな)
その後ろ姿をオレは呆然と見つめる。刻印が消えたせいだろうか、その走る後ろ姿はどこか軽やかだった。
(まっいっか……それにしても、いよいよ明日には下界に出発か。気合い入れなきゃね、全力で!)
少年騎士くん位の年頃は気難しく、変な言動も多い。何を考えているのかよく分からない、思春期――――いや、中二病かな。
そんな奇妙奇天烈の筆頭候補である《魔獣喰い》ことオレは決意した。
いよいよ明日に差し迫った下界の王国への旅立ちに、心を震わせるのだった。
【下界と大森林】の章 終




