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33-2羽:旅立ちの支度

「よし、旅の準備はこんなところかな」


 下界への旅の準備を終え、《魔獣喰い》ことオレは宿舎部屋でひと息つく。


 荷造りといっても、毎回のことなのでだいぶ手慣れてきた。

 軽革鎧に短弓に矢筒、野営道具に手斧、そして愛用の剣で完成だ。


 それ以外にも常備食や革水筒などもあるが、食料は基本的に道中の森の中で現地調達。

 森の戦士たちは“軽装備高機動”を重要視している。


 手際よく準備は終えた。だが不安が残る。


「なにしろ今回の旅先は“下界”だからな……」


 目的地はベール王国グラニス伯爵領。

 今までの森の中での旅とは、勝手が全く違う。


 この閉鎖的な大森林を飛び出し、生まれて初めて外の世界“下界”に行くのだ。何が起こり必要なのか想像もできない。


「“下界”か……どんな世界なのかな……」


 下界から来た女騎士スザンナちゃんの話では、外の世界には“国”が何個もあるのだという。


 森を出た瞬間に広大な平地が広がり、農村や酪農集落が点々とする。

 直近だと女騎士ちゃんたちが使えるベール王国があり、王都を中心に栄えているという。


(王都……城塞都市……王様……騎士団……武器防具屋……)


 その時は興味がないふりをして聞いていた。だが内心で想像しただけで鼻血が出そうな言葉が盛沢山だ。

 木製と革製と土製品に囲まれたこの部族では、考えられないほどの高水準な生活なのであろう。


(この異世界にたった一人で転生してきて苦節十四年……)


 成人した今ではだいぶマシになったが、最初の頃の生活は酷いものだった。


 毛皮や植物繊維の服を着込み、幼少から危険の満ちあふれた森で木の実や山菜を採集に勤しんだ。


 少し成長したならば即座に鬼のような鍛錬を課せられ、狩りともなれば全身に泥草をまとい草木に潜みひたすら獣を狩る日々。


 お陰様で今なら生肉や生血だって有りがたく食べられちゃう身体に成長したよ、オレも。


(辛い原始的な生活だったな……)


 思い出しただけでも、本当に長い十四年間だった。

 だが、それがやっと報われるのだ。


 夢が脳内で無限に広がる。


「うーん、後の準備は……女騎士ちゃんにでも聞きに行こうかな」


 このままだと外の世界の妄想だけで、今日一日が終わってしまいそうだ。

 宿舎を出たオレは女衆用の宿舎を訪ね、そこにいる女騎士スザンナを訪ねることにする。




・・・・・・・




「グラニス領……下界への準備品ですか。大まかな物は我々グラニスの方で準備するので大丈夫かと思います、“魔獣喰マジウスい”殿」

「えっ、そうなのか……お小遣い……“お金”とか貨幣もいらないかな?」


 《獅子姫》の部屋にいた女騎士スザンナを訪ねたオレは、色々と準備の内容を確認する。

 彼女たちも女子ふたりで荷造りの最中だった。


「ほう、この森の“鉱貨こうか”を下界へ持ち込もうとするのか、《魔獣喰い》よ」

「えっ、まあ……何か買い物とかして、皆にお土産にできたら面白いかな~と思ってさ……」

「貨幣……交換……“交易”というヤツか……ふむ、確かに面白い話じゃ、検討しよう」


 “貨幣”という言葉に、下界への服選びに悩んでいた《獅子姫》ちゃんが急に反応する。

 独自な服装感性ファッションセンスを持つ彼女なだけに、他文化へのお出かけ格好は悩んでいたのだろう。


 だが、この物々交換しかない原始的な世界で“交易”という言葉に繋げるのだから、流石に彼女の頭の回転は速い。


「そう言われてみれば…猟師たちが偶然に持ち帰ったこの森の獣や鉱石などは、我がベール王国でも珍重されております。グラニス家のお家騒動が落ち着いたなら、交易は可能かと思いますが」

「ふむ、それではこの服選びが終わったなら、その話を詳しく聞こうではないか、スザンナよ」


 《獅子姫》ちゃんもよほど下界について興味があったのだろう。

 相談に来たオレをよそに、服選びと文化談義が始まり女性だけの世界へ入る。年頃の女子の会話に、男であるオレが入っていける空間はない。


(仕方がない……戻るとするか)


 オレは一人寂しく部屋を出て、自室に戻ることにする。


(寂しいな……でも、この森のモノは下界では価値があるのか…それはいいことを聞いたぞ)


 この大森林では基本的には貨幣は存在しない。


 なぜなら、食料や道具は全て村全体の共有物となっているからだ。

 お前の物は皆の物、皆の物はお前の物……かな。


 そんな中でこの“大村”にだけには、“貨幣”という概念があった。

 何しろこの大村は人口一万人とも言われている大集落であり、物々交換だけでは物が回り切れないからだ。


(貨幣……“鉱貨こうか”か……)


 それが先ほどの会話にあった“鉱貨こうか”だ。

 見た感じは金色と銀色の中間っぽい色をしている謎の金属製。大森林の山奥にある武器用の鉱山で掘れた金属を加工し、鋳造しているという話だ。


 この“鉱貨こうか”により、若干ではあるがこの大村にも“買い物”という概念はある。

 それでも基本的にこの森の民の考えは“部族共有論”だ。


 商人などの職業は発生せず、特にこの“鉱貨こうか”に執着せずにみな平等に暮らしていた。


 そんな欲少ないこの森の民の中の異端児が《魔獣喰い》ことオレだ。


(ふふふ……何を隠そう、オレには"貯金"があるのだよ)


 この大村にきた四年前から、自分にはコツコツ稼いだ“鉱貨こうか”の貯金があったのだ。


 大村で“鉱貨こうか”を稼ぐ手段は一つしかない。割り振りされた"魔獣"狩りの量を越えた余剰品を、“鉱貨こうか”に交換するのだ。


余談だが”魔獣"は自然の生態系外の獣であり、駆逐する必要があるから個体数を心配する必要はない。


 とにかく自分のいた狩組でも、他の者は“鉱貨こうか”に興味がなかった。そこで交換した“鉱貨こうか”や貴重な“魔獣”の牙皮などの素材はほぼオレが所有していた。


 班長特権というやつだ。


(あっ、そうだ……“鉱貨こうか”だけじゃなくて、“魔獣”の皮や牙骨とかもこっそり持って行ってみよう、下界に……)


オレは“鉱貨こうか”以外にも、自分たちで仕留めた魔獣の素材も貯めこんでいた。


 こんな原始的な部族の“鉱貨こうか”や野生獣の死骸が、文化都市である下界の街で通じるかどうか分からない。

 だがひと通りは一応全部持って行って反応を見てみよう。


(ふふふ……もしかしたら、相手にとって掘り出し物があるかもしれない……そうしたら一攫千金だ……)


 以前から計画していたことだが、今回の旅ではオレ市場調査も予定していた。


 “森の外には平野があり、石の壁で囲まれた集落がある”


 幼いころに聞いた大人たちの話から、それをオレは“国”と推測していた。


 更には女騎士スザンナたちに出会い何気なく話は聞き出していた。


 その話から自分の予想通りに、外の世界では貨幣万歳な経済社会なのだという。

 

 商人たちが幅を利かせ、一攫千金の夢見て切磋琢磨している。

 更に大商人ともなれば借用時には、王でも頭を下げなくてはいけない強大な存在だという。


 金貨、銀貨、宝石などがふんだんに有れば、この世の中の全てが動かせると言っても過言でない世界だろう。


(ついに……オレの時代がくるかもしれない……)


 前世の義務教育で培った自分の知識が、ようやく発揮されるかもしれない。


(大商人“魔獣喰マジウスい”……第二部開始といったところかな……えへへ……)


 妄想と共に気合いが入る。この旅は何としても大成功に終わらせなくてはいけないのだ。



・・・・・・



 そんな大金持ちになった妄想に浸っていたオレは、いつの間にか女衆の宿舎から表に出ていた。


(ん?)


 裏庭の人影に気付く。

 

誰かが一人で剣の鍛錬していたのだ。

一生懸命なのか、こちらにはまだ気付いていない。


(あいつは……)


 そこにいたのは一人の少年だった。


 少年騎士ことグラニス伯爵家の嫡男であるレオンハルト・グラニス。


彼が険しい顔で一人黙々と剣、を振るっていたのであった。






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