30羽:捨て去りし 騎士の誇り
少年騎士レオンハルトは静かに語る。
大森林の外の世界のこと、自分たちがここに来た経緯を。
この森を一歩外に出ると平野や草原が果てしなく広がり、その地に住まう人々の作った国が点在しているという。
大きな王国もあれば、一つの街が“都市国家”を名乗る小さな国ある。
“人の和”を信じ平和を愛する国もあれば、領土拡大のために常に侵略戦争を企てたる危険な国もある。
そういった百国百様の体で、この大森林の外は長い歴史を育んできたのだ。
遥か昔から時代が止まったような暮らしをしている、この森の民とはまさに正反対である。
「僕たちは“ベール王国グラニス伯爵家”に属する者だ」
少年騎士レオンハルトの説明によると、この大森林と最も近いのが“ベール王国”という国だ。
そして彼らが所属するのが、大森林と直接国境を接する“グラニス伯爵家”だという。
「この方は現グラニス伯爵の第一子息、レオンハルト・グラニス様でございます」
「つまりこの少年は、国の地方を治める族長の息子ということか」
「ぼ、僕は少年ではない。レオンハルトという名がある」
《獅子姫》ちゃんは下界の話を聞きながら、要所で確認をして状況をまとめる。
暴れん坊なイメージのある彼女だが、その座学や状況判断の能力は一級品で、同期でも群を抜いて賢い。
一方で《魔獣喰い》ことオレは、途中までなら何とか理解していた。その先はチンプンカンプンだ。
現代日本で中学生まで義務教育を受けていた記憶があるのにおかしい。
“ベール王国”はこの大陸でも五本の指に入る大国だという。国土も豊かで気候は安定し、伝統と文化が花開く歴史ある王国だ。
その辺境にあるグラニス伯爵領も豊かな土地だという。
異国や辺境空白地帯に国境を接しているために、常に戦の危険に晒されているが、その分だけ獲得した新領土が増え活気に満ちていたという。
「戦の経験が多く、我ら“グラニス騎士団”は大陸屈指とまで言われていた……残念ながら今回は“訳”あって、その騎士団主力を連れて来られなかったけど」
「その“訳”というのが、お主の母上の“謎の病”に端を発した“内乱”というわけじゃな」
話を最後まで聞き、《獅子姫》ちゃんは状況を整理する。
何でもグラニス家の現伯爵、つまりは“レオンハルトの父親”がある日錯乱した。
地下室に篭り政ごとから一切その身を退き、止まったままの領内統治が乱れたという。
領内では盗賊たちが闊歩し治安は乱れ、誰も寄り付かない領土へと変貌した。
跡継ぎであるレオンハルトはまだ若い。
そこで別家に出されていた彼の叔父が急遽呼び戻され、今はグラニス伯爵家を代理で取り仕切っているのだと。
「だがその叔父上が問題なのだ。無能ならまだマシだった……奴は狂っている」
レオンハルトは拳を握りしめ、悔しさで身体を震わせている。
「お主の父上が変貌した理由……それがお主の母上の病が原因だというのじゃな」
「はい……ある日突然、母上は意識を失い謎の“眠り”につきました」
「それで“霊薬”を求めてこの森に来たのだということか」
「はい!母上さえ意識を取り戻せば、父上も必ず正気に戻ります……必ず……」
少年騎士レオンハルトは、自分自身に言い聞かせるように小さく呟く。
“霊薬があれば必ず成功するという確信があるのだろう。だがその理由を口にするつもりはなさそうだ。
「そもそも“霊薬”と何なのじゃ?聞いたことないぞ」
「困り果てて、我がグラニス家の医術書類を調べていたら出てきた名です。何でも三十年前に先代の伯爵夫人が同じ病にかかり、その時の息子……つまり僕の父がこの森の民に“霊薬”を分け与えられ、無事に回復したと記述がありました」
記述が本当なら三十年前に、森の民と下界の者が接触していたことになる。
「ふむ三十年前か……」
「申し訳ありません、私は何も存じていません。精霊大神官さまなら何かご存知かと」
《獅子姫》は自分の後ろに控えていた、黒ずくめの護衛戦士に視線を送る。年齢不詳であるが、そのやり取りから結構な歳なのであろう。
(《獅子姫》ちゃんは、これからどうするんだろう……)
何しろ下界も者たちは“災いを運ぶ者”として禁忌とされているのだ。
だが彼らをここに置いていったのなら、また凶暴な獣たちに襲われ今度こそ、いっかんの終わりである。
「よし、分かったのじゃ」
《獅子姫》ちゃんはポンと手を叩きそう呟く。
その顔にはイタズラ好きな、いつもの小悪魔の様な笑みを浮かべている。これは嫌な予感がする。
「少年にスザンナ、お主たちはこれから我と一緒に大村へ来い。そこで大神官の大婆様に相談じゃ」
「ですが、姫様……」
「黙れ。さあ準備をして出立するぞ、皆の者」
「はっ!」
やはりいつもの悪いクセが出た。
好奇心旺盛で何にでも首を突っ込む性分が。
経験豊富な護衛戦士の苦言も一蹴した。
(こうなったらヤルしかない……みんな……)
オレはイケメン剣士や牛さんたちと無言で顔を見合わせ、視線で会話する。こんな時の《獅子姫》ちゃんは何を言っても聞かない。
ただ従うしかないのだ。
だが内心オレは嬉しかった。
彼らの願いを《獅子姫》ちゃんが聞き入れてくれたことに。
「では行くとするか。だがその前に、少年に他の騎士たちよ。その金属鎧は全部脱いでここに捨ててゆけ」
「何だと!この鎧は騎士の」
「これは命令じゃ」
「くっ……」
今度は反論しようとする騎士たちを、《獅子姫》は鋭い眼光で黙らせる。
殺気のこもった眼力だ。
「そんな重い甲冑では“大村”まではたどり着けんし、獣をおびき寄せるだけじゃ。言っておくが、この先は更に恐ろしい“魔獣”も出る。エサになりたいのなら止めはせぬぞ」
結局、騎士たちはその全身の鎧をガチャガチャと外し始める。
“鎧は騎士の魂”と聞いたことがある。
それを捨てて行くのだから、かなりの屈辱的なことなのだろう。
だが《獅子姫》ちゃんの言っていることは正しい。そんな装備ではこの森では生き残れない。
「では行くぞ」
最終的な準備がようやく終わった。
オレたち“獅子姫隊”とグラニス家の騎士四人は、一路“大村”を目指すことになったのだ。
・・・・・・・・
オレたち一行は大村に向かい行軍していた。慣れない騎士たちを守るように、前後左右に縦長に隊列を組む。
訳あって志願し、オレは列の左翼を担当する事になった。
(よし、今だ……)
全神経を集中し左側の全ての憂いを消す。
これまで培った隠密技術の全てを使い、気配を消し隊列から離れていく。五感に優れた同僚たちでさえ気付いてないだろう。
そして消しながらの全力疾走。
今回はなんといっても“時間”の勝負だ。
「よ、よし……あったぞ……」
しばらく駆けて、オレは先ほどの場所へたどり着く。
目を付けていた破損の少ない、それでいて自分の身体にあった大きさの“鎧”を選び運び出す。
(ここなら暫くの風雨は凌げるだろう……)
密かに見つけていた穴、恐らくは“穴熊”が住んでいた古い横穴に、細心の注意を払って運び入れる。
(近い内に必ずちゃんとした所に保管しに来ます。それまでここでお待ち下さい……)
オレは穴の中で微かに輝く“騎士鎧”にそう語りかけ、急いで“獅子姫隊”の隊列へと何気ない顔で戻る。
“金属騎士鎧さま”
こうしてオレの念願だった一つ目の夢が叶う。
廃棄されたベール王国の“騎士鎧”の確保に、オレは成功したのであった。
《魔獣喰い》「”騎士鎧さま"~南無阿弥陀仏~なむなむ~」
鎧さん(僕を助けてくれてありがとう……この恩はいつか……)
《魔獣喰い》「ん?今なにか聞こえたような……まっ、いっか」




