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169羽:帰還 フランケンの街


 領主補佐女官であるクリステルは管轄する城塞都市フランケンの街の中をめあても無くゆっくりと進む。


 フランケンは設立されてまだ街として若いが、至る所で新築や改装の工事が行われており、釘を打つリズミカルな音や職人たちの威勢のいい声が心地よく響き渡る。ようやく石畳舗装された通りは引っ切り無し荷馬車や材木を運んだ荷車がすれ違い、のんびり歩くのにもひと苦労する。


 元来この地域は帝国・皇国・ベール王国の三大国家の街道を最短距離で結ぶ要所として注目されていた。だがそれと同時に常に戦火に悩まされ、数多くの放火や略奪により荒廃していた。自分が十年ほど前にこの村の領主補佐官としてベール王国から派遣された時には、その現状を実際に目の当たりにし絶句したものであった。


 だが長年の苦労と革新な努力の成果もあってか、今ではベール王国の男爵領地として、交通の要所の恩恵もあり大陸でも屈指の発展上昇をしている。連日、多くの物資や人材が各地から運び込まれ商館や宿屋も大盛況だという話だ。


 改革直後、その旨味を知った交易商人が引っ切り無し訪れていたバザール広場も、当時の数倍もの規模で拡張され、大商人たちは豪華な商館や倉庫を増設し、それに付随する様に宿屋や酒場、靴毛・皮職人、仕立屋、パン屋、運搬屋、馬具職人、鍛冶職人、両替商、娼館など多く商売人や職人たちが近隣から一攫千金いっかくせんきんを狙いこの街に集まっていた。


 その負の影響として、不特定多数の人が集まる事により治安悪化も懸念されていた。だが逆に建設ラッシュによる人手不足で賃金相場は上がり生活困窮者が減った今では、女性一人がこうして街外れを歩いても安心な程だ。


 もちろん騎士としての訓練を受け、姉のスザンナ程ではないが剣の才能にも長けていたクリステルにとって、街のゴロツキ集団程度では相手にもならないだろう。だが、こうして女性一人でふらふらと街歩きが出来る事は、自分たちが行っている統治の方向性が正解だったという事を改めて認識させてくれる。


 街中を進んで行くと彼女の存在に気付き、強面こわもての巡回衛兵たちが無骨ながらも挨拶をしてくる。最上官である自分に対して正しい敬語の一つもまだ使えていないが、元々街のゴロツキや近隣の山賊たちを捕え鍛え直し、この街の戦士団に加入させていたのだから彼らに騎士儀礼作法などを期待してはいけない。


 そんな彼らとの付き合いも十年近くになるが、素朴で実直な兵士たちの事もクリステルは嫌いではない。几帳面で潔癖だった以前の自分なら、賊のたぐいは討伐や死刑の対象であった。だが彼らも元々は貧困や高税率に苦しみ、仕方がなく賊に身を落とした農民や市民が殆どであった。


 彼らを捕え・説き伏せ・“教育し”直し、衛兵や戦士団という職を与え、住処や賃金を与えたなら、真っ当な人間に戻す事が出来る・・・というのがこの街の領主である“彼”の考えであり、それは間違いではなかったと今でも再認識させてくれる。


(それでもアレを“教育”という生易しい言葉で表現するのも可愛そうになるけど・・・)


 クリステルはちょうど街外れにある戦士団の訓練所に辿り着き、野外の訓練場で地面にノビている新兵たちの様子を見つける。更にそんな彼らに容赦なく冷水をかけ怒声を落とす鬼教官の姿を見て、クリステルは心の中で新兵士たちに同情する。


「クリステル様、どうも、です」


 荒き牛の様に巨大で寡黙な教官の一人がクリステルに気付き声を掛けてくる。見事に鍛え上げられた彼らの素肌には至る所になじないの化粧が施され、より一層強者としての貫録をかもし出す。だが、クリステルにとってその姿は親しみがあり、見慣れた頼もしい姿そのものであった。


 それもそのはず彼はこのフランケンがまだ辺鄙な村だった頃に、自分と同じ様にここに赴任して苦楽を共にした森の民の戦士であり、この街の領主である“彼”の直属の部下たちであった。


 生まれた時から凶暴な獣や魔獣が巣食う大森林で生活していた彼ら森の民は、生き抜く事に厳しく長けている。そんな環境では生きる為には自分の力を信じ、また生涯鍛えていくしかないのだ。


 多くが口数少なく無骨な森の民だが、その実践的で野性味ある訓練方法は新兵たちの間ではおおむね好評だ。ああしてノビテいる彼ら新兵も、あと数か月したら立派な戦士として前線に立つ。


 噂では新兵の最終試験として、重装備のまま遠く離れた大森林の中まで行軍する訓練があるという。森の中で暫く生活して帰って来ると、新兵たちの顔つきは一気に戦士のソレに変化するという。


 森で“何か”があったのだろうか・・・恐らくは“貴重な人生経験”をしたのだろう。ソレが何なのか未だにクリステルは怖くて聞けないが。


 そんな教官たちを筆頭に彼ら森の民はこの街での存在感は大きい。あの“魔穴の決戦”の直後に大森林の“精霊の呪い”が解かれ、今や彼らは自由にこの大陸の各地に制約を受ける事無く移動し生活をする事が出来ている。それでも多くの者は森へ戻り再び以前と同じいにしえの生活をしているが、このフランケンの街の様に下界に移住している民も少なくない。


・・・・・・


 剣を使い身体を動かす事も嫌いではないが、どちらかと言えば文官肌なクリステルはその荒々しい訓練所を後にして次の目的地へと向かう。


 郊外から街の大通りに戻り、中心街への方向へと進み街で一番大きな広場へ辿り着く。ここは大商人たちの商館が競うように建ち並び、その中でひと際群を抜いて大きな商館の中へとクリステルは入って行く。


「これはクリステル領主補佐女官様、お待ちしておりました。あるじは応接の間におりますのでこちらへどうぞ」


 顔見知りの礼儀正しい番頭に案内され、クリステルは奥へと案内される。


「クリステル来たか、お前にしてはギリギリに到着で珍しいな」


 部屋に入り席に着いた彼女に、先にこの席に付いていた男が声を掛けてくる。


「少し街の中を散策して遅くなりました」


「無駄を嫌うお前にしては珍しいな」


「あら、私だってたまには感傷に浸る事もあるのよ、あなた」


「ああ、そうだったな」


 かつては『魔獣喰い』マジウスに“イケメン剣士”と呼ばれ、今はこの街の副領主となった男は自分の最愛の妻にそう答える。先ほどの荒々しい教官たちとは違い、副領主に相応しく彼の装いは騎士服に近い。そして森の民である彼もまた口数が少ない。


 だがこの街の政務を一気に引き受ける自分の妻が、表向きは几帳面で不愛想な領主補佐官として恐れられているが、実は人情味に熱く涙脆い事を彼は知っており答えたのだ。


「ゴホン、副領主様、クリステル様、御機嫌よう。皆様お揃いとなりました、それではお話を始めさせて頂きますわ」


 そんな心で通じ合う熱々の二人に、早くも空気扱いされそうになったこの商館の女主レイアはワザとらしく咳払いをし話を進める。嫁に行き遅れて未だ独身であるレイアにとって、目の前のおしどり夫婦は目に毒だ。


「本日お二方をお招きしたのは、そろそろ間近に迫ってまいりました例の記念式典の詳細についてですわ」


 レイアは事前に二人に送っておいた書類内容について補足を説明し、今回の式典の概要を詰める。その内容に招かれた二人は目を通し、腹を割って話し合う。


 “魔穴”の出現時の武器の流通確保を行い、その決戦後は戦後復興景気で甚大な富を得て、今やこの大陸屈指の大商人にとなったレイアは、今でもこのフランケンの街の最大出資者でありよき理解者であった。そんな彼女が発起人となり今回のこの特別な記念式典を開催するに至った。


「新たに建設した式典用の会場や懇親会場など設備や人員・警備は準備万端です。帝国・皇国・ベール王国の三大国家には事前に招待状を出しており、王族皇族位の方々から参加の返事も来ていました」


 几帳面なクリステルは領主補佐官としての事前の段取りと準備関連を報告し、今回の開催に不動の安心感を与える。後は最後の確認と突発的な事後に対応していくだけだ。


「ホッホッホ、今回の記念式典と晩餐会は“魔穴の決戦”の勝利と三国同盟の周年事業を兼ねていますから、きっと賑やかで楽しい集まりになりますわ」


 話し合いもひと段落し、七色に輝くド派手な扇子で口元を抑えレイアはそう語る。もしかしたらその場で素敵な貴族や王子と出会いが、未婚の彼女を待っているかもしれない。


 だが、クリステルは知っている。


 きっとその晩餐会場では各国の姫君たちも舌を巻く豪華絢爛なドレスと、何重にも可憐に巻かれた巻髪のレイアの姿も見ることが出来るだろう。そして、各国の国家予算を超える金を動かし、大陸中枢の流通を牛耳る“金の女帝”とレイアが陰で呼ばれている事も・・クリステルは良き友人として、その事については未だレイアには教えるは出来ない。


「ただ・・・“あの方”からは、まだ返事が来ておりません」


 それを誤魔化す様に、参加者リストの最後に返事の無い人名を見つけクリステルはそう呟く。


「この方は・・・今回の三国同盟の立役者で記念式典の主役ではありませんか・・・副領主様これは一体・・・」


 発起人の一人であるレイアは心配そうな表情で副領主の表情を伺う。


「班長・・・マジウス領主なら大丈夫だ。返事は無いが、彼らは必ず来る」


「そうでしたわ・・・これまでもそうでしたね、マジウス様は」


 主賓から返事が無いという不測の事態なのだが、幼い頃の訓練所時代からの中まである副領主の言葉には説得力がある。それはこれまでの付き合いでクリステルもレイアも知っていた事であった。


「それにしてもマジウス様たちは、何処で何を致しているのでしょうか?」


 それでも少し心配なレイアはそう呟く。年に一度は必ず会えるのだがあっと言う間また出かけてしまう。


「きっとこの大陸の何処かで、困っている見知らぬ人の為に駆けずり回っているに違いないわ・・・そう、あの時の様に・・・」


「そうだな・・・班長には豪華な椅子で偉そうにふん反って座っているより、そっちが似合っている」


「望めばどんな地位や財宝も手に入るというのに、本当に欲の無い方ですわね」


 三者三様、好き放題に言いながら、窓から見える晴れ晴れした青空を眺める。あの空の向こうに彼がいるかと思うと、自然ともそれぞれの顔に笑みも浮かぶ。


「マジウス様が帰って来られるなら、ご馳走もふんだんに用意しないといけませんわね。何しろあの方は食いしん坊ですから」


 相変わらず領主の座は空位のまま・・・だがそれがいつの間にかこの街の習わしに・・・自由気まま座を空けているあるじの事を盛大に迎える為に、それぞれ宴の準備を進めていくのであった。





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