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マタギの孫をなめんなよ!【書籍化】  作者: ハーーナ殿下
エピローグ

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168羽:岩の名を紡ぐ


 密度の濃い森の中を縦列に隊列を組んだ戦士たちが進み、目的地である開けた集落に到着する。


 戦士団の凱旋の知らせに、大村の住民はその勇姿を一目見ようと集まり正門周辺はたちまち人でごった返す。子供たちは憧れの屈強な戦士たちの姿に真剣な眼差しを向け、未婚の若い女たちは艶っぽい視線を送り男どもの帰還を祝う。


 隊列中央の荷馬車には狩られた獣や魔獣が満載され、それがまた住民たちの歓喜の声を誘う。この大森林では獣の肉は貴重な食糧源であり、毛皮や牙骨は重要な生活物資へと加工される。特にその中でも魔獣は極上の素材であり、職人が加工した物は下界と取引で金銀と同等の価値がある。その金銀は下界から輸入される穀物へと変わり、腹を空かせた森の子供たちの胃袋に収まる。


 その屈強な戦士団の中でも先頭を進む男はひと際大柄で逞しい。革鎧の隙間から見える素肌には至る所に古傷が見え、それは彼が歴戦の戦士である事を証明している。


「あっ、大砦の『岩の矛』だ!」


 沿道の子供たちの誰かがそう叫び、彼に近寄りその逞しい筋肉を触ろうとする。赤子を抱いた母親たちは偉大な若き戦士に自分の子供の頭を撫でてもらい、その力の加護を受ける。


「手足がデカくて、いい赤子だ。将来いい戦士になる」


『岩の矛』はそんな子供たちや赤子を一人ひとり撫でてやり、優しい笑みを口元に浮かべる。


「大隊長、我々は先に城に行ってますんで」


 無骨な大隊長が実は子供好きなのは部下たちも知っていた。遠征の報告と獣の解体を行う為に部下たちは先に進む。


 群がる子供たちの相手をし終えた『岩の矛』は、戦士団から少し遅れて大村の通りを一人進む。頑丈な村の正門を過ぎると土を固めた大通りが真っ直ぐ伸び、それは小高い丘の上の城まで続く。


 大通りの両側はこの大村の中でもひときわ華やかに賑わい活気がある。以前見た下界の街とは違い大商店や宿屋などはないが、それでも道端に設けられた露店では季節の果物や焼き物が並び、行き交う人々の空腹を刺激し、大森林の各地の村で作られ名産の民芸品は村人たちの目を奪う。


 物々交換が基本の森の民だがこの大村では硬貨も一応使える。だが殆どの者は自分の獲って来た獣の肉や毛皮、特産品などと物々交換を行い、欲しい物を手に入れ自分たちの村へとまた戻る。


 数年前からは下界から持ち込まれた珍しい品も増え、特に装飾品や衣類などは元々派手な物を好むこの部族で人気を博していた。また交易により下界から大量の穀物や香辛料も持ち込まれ、それらを使った屋台料理も今やこの村で不動の地位を得ている。


 大森林の民は基本的には保守的な部族だが、一方で非常に合理的で、効果的な物や先進的な物は積極的に取り入れる風習が、それに拍車をかけていたのかもしない。


 “魔穴の決戦”の前に放置され荒廃してしまったこの大村だが、今はその面影も無いほど栄え生気がみなぎっている。


「オレがまだガキの頃に、あの辺鄙へんぴな村で毎日腹を空かせていたのとは大分変っちまったな・・・」


 少し寂しい気もするが、今も自分の後ろを魚の糞のように付いて来るガキ共のふくよかな顔を見ていると、悪くはない気分にもなる。


「さて、面倒臭せぇが、“白猫王”に報告に行かねぇとな・・・」


 『岩の矛』はやや重い足取りで丘の上の城へと足を進めるのであった。




・・・・・・・



「『岩の矛』、今回の魔獣狩りの遠征もご苦労であったぞ。詳細は先ほどお前の副官から聞いておる」


 大森林の全ての村を総べる大族長である王は、報告に来た『岩の矛』にそうねぎらいの言葉をかける。ここ“王の間”は下界とは違い、広い部屋の中に獣の毛皮を所々に敷いて直に座るだけの質素な間だ。玉座もなく部屋の中で一段高くなった壇上の豪華な毛皮に王も座るだけだ。


 だが、王の座るはこの大森林に巣食う魔獣の中でも最も凶暴な類の“赤熊の魔獣”の毛皮である事を『岩の矛』は知っていた。そして、それを直接狩った者こそ、その上に鎮座する新女王“白猫王”であった。


 この王は先代の“獅子王”の実娘であり、“大砦”の元司令官でもあった女戦士だ。昔から面倒臭さがりで気分屋な上官ではあったが、大族長になった今はそれも少し改善されたのだろう。公の場にいる限りは口調もこの通りしっかりしている。


 彼女のよく手入れされた長い髪は肩まで美しく伸び輝きを放ち、その整った美貌を更に引き立たせる。日焼けを好む森の民の中では珍しく、極端なほど日の光を嫌い常に長い服で身を包み、その為に微かに見える肌は透き通るほど白く美しく輝いている。そして豊満な女らしい身体つきとは対照的に長い手足は細くスラリとしている。


 初対面ならこんな華奢な女子おなごが大森林の村や戦士団を総べる事が出来るかと、疑念を持つ程の印象だ。


 だが、その傍らに立て掛けられている大戦斧は間違いなくこの女王の愛用の武具であり、それだけで彼女の尋常ならざる実力が伺える。『岩の矛』自身もこの森で屈指の膂力を誇る重戦士だが、それでもこの大戦斧をあれ程までに自由自在に操れるかは怪しいところだ。彼女が一度狩りや戦場に出たならばこの大戦斧を悪鬼の如くに振り回し勇猛果敢に戦い、そして勝利を勝ち取る。


 つまり彼女は実力を持ってして荒くれ共が集うこの森の民を総べているのだった。本来なら自分より弱い者を決して上官とは認めない『岩の矛』であったが、そんな彼をしても“白猫王”は戦士として王としての優れた資質を兼ね備えていた。


「部下共の怪我の治療と休養が済んだら、今度は経験の浅い若い戦士たちも連れてまた魔獣狩りに出発する」


 戦士団の仕事は獣を狩る事であり、魔獣を駆逐し森の民をその脅威から守る事だ。『岩の矛』は少しの休養を取り次第、次の出陣の連絡をおこなう。


「それにしても数年前に“魔穴の決戦”が終わったというのに、未だに魔獣はこの森の各地に現れる。ああ、面倒だな・・・本当にあの時、お前たちはちゃんと封じたのか?」


 執務的な報告会が終わり、室内には気心が知れた部下しか居なくなり気が抜けたのか、“白猫王”は面倒臭そうに素の顔でそう呟く。


「“白猫王”様、魔穴を封じ込めたと言いましても、この大陸には遥か太古から存在していた魔が混在し漂っております。元々集まりやすい地質風土もあるのでしょうが、この森にはそんな魔が吹き溜まるという話です。獣や魔獣を狩るのは我々森の民の使命・・・どうぞ諦め下さい」


 そう答えたのは“白猫王”の側に直立で控えていた男である。長身でスラリとした体形だがその身体つきに一切の無駄がない。一見すると隙だらけの立ち振る舞いだが、彼こそはこの大森林で随一の弓の使い手であり歴戦の戦士である『白狼の尾』であった。


 大砦時代から“白猫姫”の直属の部下であり、今は大族長となった“白猫王”を補佐する重要な地位につきこの大村で采配を振るっていた。


「諦めるか・・・口約束とはいえ、この大族長の座は可愛い妹から受け継いだ座だからな。私はこんな身体だから・・・そういう訳で実務はお前たちで頼んだぞ」


“白猫王”は大きく膨らんできた自分の腹を優しく撫で、自愛に満ちた笑みを浮かべる。


「そう言えば次月が出産予定日でしたか・・・前にも聞きましたが“白猫王”、その腹のガキの父親はどこのどいつなんだ?」


 人の家庭問題にどうこう口出しする趣味は無いが、大森林で最強位の女戦士であるこの女王を身籠みごもらせた相手が誰なのか、『岩の矛』もやはり気になってしまう。


「このお腹の子はな・・・私が自然と授かったのだ・・・そう、天から授かったのだ!」


 本気かどうか分からないが、当の本人である“白猫王”は演技がかりそう答える。


「そうか・・・北馬族の大族長“雷王テムジン”・・・そこにいる『白狼の尾』・・・はたまたアイツか・・・相手は知らないが血筋的に産まれてくるガキはいい戦士になるはずだ。王の子といえどもオレは遠慮せずに鍛える、今から覚悟しておいてくれ」


 『岩の矛』はカマをかけて“白猫王”と関係がありそうな戦士たちの名を上げる。だが、この場に唯一いる『白狼の尾』は表情ひとつ変えずに視線を逸らし沈黙を守る。ふん、喰えねぇ男だ。


 まあ、誰だっていいだろう・・・強い戦士がこの森で産まれるのは大歓迎だ。だが、どんな原石も鍛錬に鍛錬を重ね磨かなければ決して輝く事はない。



・・・・・・



 報告を終え“王の間”を出た『岩の矛』は、次の出陣までの間にある休暇をどう過ごすか考えながら城内を歩く。休暇と言っても短い日数だ、武器の手入れをして鍛錬をしていたらあっと言う間だろう。大森林の精鋭が集まる“大砦”の大隊長に昇格したといっても、自分はまだ強くなる必要がある。どうしても決着を付けないといけない奴がいるからだ。


 それは数年前の“魔穴の決戦”の時にオレたちの行く手を最後まで阻んだ“黒騎士”・・・そうオヤジである『岩の盾』だった。


 あの時はヤツを倒すまであと一歩、というところまで追い込んだ。自分の持つありとあらゆる武技を繰り出した。お互いに満身創痍・・・止めの最後の一撃を繰り出そうとしたその時、『流れる風』の野郎が横やりを出し“黒騎士”ごと森へ消えて行った。


 勝負的には引き分けだったのだろうか・・・次こそは必ず黒騎士オヤジを超えてやる。



 そんな事を考えていた『岩の矛』の行く手を一人の若い戦士が遮る。自慢では無いが大砦の大隊長となった『岩の矛』の行く手を遮る者は殆ど誰もいない。余程の腕利きか命知らずの馬鹿だけだ。


 目の前の若い戦士はまだ歳の頃は十歳位だろうか、だが童顔の年齢に相応しく無い見事な体躯を持ち、その両眼には荒々しい力が漲っている。そしてその顔は自分も良く知る顔だった。


「そうか、お前もここ呼ばれる歳になったのか」


 少し複雑な心境で『岩の矛』はその若い戦士に声をかける。


「ああ、オヤジ・・・オレも十歳になりこの大村の訓練所に入る事になった。ここで腕を磨いてあと数年もすれば、アンタと同じ位の身体になるだろう。その時はアンタを倒してオレはオヤジを超える。それまで魔獣に喰われてクタばるんじゃねぇぞ!」


 自分の実子ながらも可愛げのないガキだ。オレが早くに結婚し作ったガキだから、もうこんな歳になっていたのか。嫁と子供には数年に一回くらいしか会いに行ってなかったから、急にデカくなっていたのも頷ける。そして放任していた自分を恨んでいる事も。


「そんな舐めた口は訓練所の地獄の鍛錬を乗り切ってから吐くんだな。それに、お前の年下には凄ぇ奴らがこれから世に出て来る・・・そいつらに足元をすくわれない無い様に精々頑張りな」


 この森から出た事が無いコイツにはまだ分からいと思うが、次世代にはこれから成長が楽しみな才能を持った戦士が続々と産まれてきている。


“赤髪”ガエルと『黒豹の爪』の間に生まれたガキに、“聖騎士”ヘルマンと女騎士スザンナのところの女子。まだ相手がいないみたいだが、グラニス家のレオンハルトの坊主や帝国の槍使いネロのところに子が出来ても面白いだろう。更にさっきの“白猫王”からも凄い戦士が産まれてくるに違いない。


 そして、極め付けはアイツ・・・『魔獣喰い』のガキたちは母親たちに似て行く末恐ろしい。いずれオレのガキのいい好敵手になるだろう。



「ああ、そいつらも全員倒し、必ずアンタを超える!」


 父親の言葉の意味を今は分からずとも、その本質を理解してくれた息子はそう宣言し、その場を立ち去って行く。


「やれやれ、子は親に似るというが、これはこれで面倒臭いものだな・・・」




 だが、悪くはない。




『岩の矛』はそう呟き、ひとり苦笑いを浮べる。





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