160羽:【獅子姫 後編】
“獅子姫”の行動は早い
自分の持つ権限を最大限に使い『魔獣喰い』と共に旅し冒険に出かける様になる。大森林中を、そして下界の国々を騒動に巻き込まれながら駆け抜けていった。時には行き当たりばったり、そして父である獅子王から使命を受け、下界と大森林の橋渡し役と成るべく奔走もしていた。
“獅子姫”と『魔獣喰い』と仲間たちの旅は永遠に続く心地良い時間だと思っていた。
だが、ベール王都で“獅子姫”は“剣匠”の老獪な剣術の前に、完膚なきまで打ちのめされ自分の実力不足に気付いた。
(このままでは『魔獣喰い』の奴に甘えているだけで一生追いつけないのでないか・・・)
そう感じた“獅子姫”はあえて自分を追い込む為に『魔獣喰い』と距離を置き、下界での鍛錬に勤しんだ。だがそうした間でも諜報役から『魔獣喰い』たちの各国での活躍を聞き、一喜一憂していたものだ。
そんな『魔獣喰い』に負けられぬ。“獅子姫”は武の鍛錬を続け、尚且つ下界と大森林の発展の為の橋渡し役として奔走し、王国を揺るがす大きな戦でも手柄を立て彼に拮抗し追いつこうとしていた。
(今ならば私も『魔獣喰い』の奴と肩を並んでいても恥ずかしくはないだろう)
嬉しい事に久しぶり再会した『魔獣喰い』は更に成長し大きくなっていた。人間として戦士として、そして男性として。そんな彼の成長を“獅子姫”は自分の事の様に喜んだ。
だが、喜んでばかりもいられなかった。
何故なら彼の周りには多くの女性たちがいたからだ。
精霊神官“清い水”にグラニス家専属 “女騎士”スザンナ・デリス
この二人は昔からの仲間だから少しは許せる。何でも最近のスザンナは“聖騎士”ヘルマンの奴と懇意な間柄だという噂だ。スザンナがヘルマンに剣の教えを乞う間に親密なったのだ、と私は読んでいる。美男美女で清廉潔白な二人なのでお似合いの男女だ。まあ、ヘルマンの奴は少々、狂戦士化するクセがあるがな。
“清い水”は私がベール王都に残ってからも殆ど『魔獣喰い』と一緒に行動していた。諜報部員の話では帝都で“でーと”なるお出掛けもしたと言っていたが・・・羨ましい奴め。だが基本的に“清い水”は控えめで奴の専属の精霊神官になってからも、静かに付き添っていた。まあ、あの豊満な胸は決して控えめではないが・・・
更に増えていた女性の影は、何と自分の実姉である“白猫姫”、大砦の奴の上官である女戦士“黒豹の爪”、下界から来た研究軍師セリーナ、ベール王国の王女マデレーン、皇国の奇跡と呼ばれる聖女エレナ
随分と増えているな・・・
姉上は奴に期待して目をかけていた程度だと思うが、あれで猫の様に気まぐれな姉だ・・・未だに油断は出来ない・・・監視を強化しよせねば。女戦士“黒豹の爪”は最近では何でも帝国のあの大剣使いと夫婦関係になったらもう警戒対象から除外だ。監視からも外そう。
だが、研究軍師セリーナ、ベール王女マデレーン、聖女エレナ、この三人は要注意だ。セリーナは『魔獣喰い』に兄の面影を重ねているという話だし、マデレーンは初めて出来た同年代の友達だという言い訳だった。エレナは・・・謎だ。
まあ、三人とも私にとっても歳が近く気が合う仲間であり友である。三人とも見た目に反して気合いもあり私も大好きだがな。
とにかく奴はいたる所で女性を惹きつける鼻の下を伸ばしデレデレしていた。私も監視を付けて、これ以上は悪い虫が付かないように根回しはしていたが、それでも油断は出来ない。早く何か手を打たなければ・・・
そういえば、ある年の大精霊祭で大村に全員で集まる機会があり、女共だけで酒を飲む事にした。ついつい話が盛り上がり、朝まで飲んでしまったが本当に楽しいひと時だった。皆の『魔獣喰い』に対する本音も聞けたからの・・・
結果として女共たちの中には本気で『魔獣喰い』奴を好いている者もいた。こうなったら最終的に選ぶのは奴だが私には作戦もあった。聞いた話によれば大森林の部族では実力がある戦士は多数の妻を娶る事も珍しくはないという。優秀な戦士の子はやはり優秀だという事が多いからだ。本人は自覚していないが『魔獣喰い』の奴にはその資格が十分すぎる程ある。
大切な女友達と争う事は避けたい。それならば一夫多妻で『魔獣喰い』の奴に皆で寵愛を受けようぞ、という結論になった・・・ああ、女子だけで酒を飲みながらこんな話をするのは本当に楽しいぞ。
その後、私は亡くなった父の代わりに族長代理として部族をまとめ、『魔獣喰い』たちは下界に行き“敵”との戦いにおける極秘任務に携わっていた。相変わらずハチャメチャで騒動に巻き込まれる男だったが、仲間に助けられながら持ち前の力で切り抜けていたと聞いている。
早く“敵”との決着をつけて『魔獣喰い』たちと昔みたいに一緒に旅でもしたものだ。いや、奴の子を産んで大森林でのんびり暮らすのも悪くはないな。年に一度の大精霊祭には皆の子を連れ合い子育て話で盛り上がりたいものだ・・・・
族長代理として忙しい政務と暮らしの中で日々そう思うようになっていた。
・・・・だが、あの日から『魔獣喰い』の奴は変わってしまった。
それは『魔獣喰い』が仲間たちとセリーナの生まれ故郷であるイスラマ皇都に行き、そこで行方不明の姉上と再会し呼び戻す事に成功した後であった。
『魔獣喰い』が変わったと感じたのは、皇都での任務を終えて大村に帰郷した時の事である。私は大族長代理として報告を聞き、姉上の帰郷にも喜んでいた。何だったら大族長代理の役も姉上に押し付けて、私はまた『魔獣喰い』たちと旅に出て、ついでに“敵”も全員倒してしまおうでないか・・・そんな妄想もしていた。
その晩の姉上と仲間たちの帰還を祝う宴の時であった。いつもの通りに大村を挙げて歌って飲むお祭り騒ぎが始まる。そして、私は他の女子共の目を盗み、部下に指示し特権を最大限に利用して『魔獣喰い』と二人きりで密会する事に成功したのじゃ。
いつもは他の女子に邪魔され先を越されてきたから、みんな悪くは思わないでくれ・・・私は目一杯のお洒落をし、華やかな鳥や珍獣の装飾で自分を輝かせ“女性らしさ”を表現した。これまで下界で習得した身だしなみ術を総動員だ。
だが、『魔獣喰い』の奴はおかしかった・・・
何が?と聞かれても答えるのが難しい位の違和感だった。顔も体も声も性格も前に会った時と全く同じだ。私の事を心配するように優しく話をかけてくる。だけども何かが自分の中で違和感を警戒していた・・・そう、“目”だ・・・
あの初めて会った時から、毎回この私の全身を射ぬく様なあの熱い視線が、この時の『魔獣喰い』からは感じられなかったのである。その日は何気ない世間話をして終わってしまった。あまりの違和感に、私は預けていた愛刀を返して貰い、“契”を結ぶ事すら忘れてしまっていた。
そうこうして原因が分からないまま月日が経った。
そんなある日、“魔”の発生源である“魔穴”が活性化し魔獣が大量発生する大事件が起きてしまった。私や姉上たちはすぐさま対策を練り実行に移った。大森林の戦士の力を結集し、下界の協力的な王国・帝国・皇国の軍団や騎士たちの力も借り魔獣と“敵”を追い詰めていった。
私や姉上、『魔獣喰い』の奴やその仲間たち、下界の騎士戦士や、精霊神官、古き王家の血が覚醒し結界術士としての能力に目覚めた王女マデレーンまで出張り“魔穴”を永遠に封じ込めようとした・・・
多大な犠牲を出しながらも何とか封印は成功し、“敵”は滅び、魔獣はこの森からいなくなった。その後は皆で夢の様に平和に暮らした・・・
・・・はずだ。
この辺りから何故か記憶が思い出せない・・・本当に封印に成功したのだろうか・・・
何かがスッポリ抜けたような・・・話が飛んだ子供の絵物語の様な・・・
私と、精霊神官“清い水”、研究軍師セリーナ、ベール王女マデレーン、聖女エレナの五人に何かが大変な事態が起きてしまったような・・・
・・・ダメだ、やはり思い出せない。
ただ今は『魔獣喰い』の奴を守るために、この大森林と大陸に“混沌と魔”をまき散らす最後の“敵”・・・この目の前の弓使いの“敵”を斬り殺さなればいけない事は確かだ。
予想外にも相手は得物である弓矢を捨て果敢にも稚拙な剣技で私に挑んできた。奇策や投げ槍か・・・だが、最後の“敵”、油断出来ない。何と改良に改良を重ねた必殺の“獅子突き改”を軽々と躱し、更に私の渾身の連撃を全て回避したのだ。
ああ流石は私のこの世でただ一人の尊敬する戦士・・・
・・・いや、目の前のコイツは『魔獣喰い』ではなく“敵”なはずだ・・・私は何を言っているのだろう・・・
混乱のまま自分を信じ精神を高揚させ再び精神を集中させる。
「獅子姫・・ちゃんも知っているかと思うけど、オレにはどうやら剣の才能は無い・・・」
こちらの連撃を全て躱し“敵”であるはずの男は静かにそう語りだす。その姿はあまりにも無防備で悲しげだ。今ならこちらが剣を繰り出したなら致命傷を与えることが出来るだろう。だが、“獅子姫”はその言葉に耳を塞ぐ事も、目の前の男の“瞳”から目を逸らす事も出来なかった。
「今度は、そんなオレの一撃を受けて欲しい・・・技も才能もない愚直な剣を」
男はそう語り終えると剣を正眼に構える。その瞬間、剣に注いてきたこの人生で、今まで感じた事がない至高の剣気を受け獅子姫は心の底から歓喜の声を上げる。
(ああ、この剣だ・・・この男だ・・・例えこれで死んだとしても、我が人生に悔いはない・・・)
こうして、その剣を受けた“獅子姫”の意識は消えてしまう。




