鬼火 第1話
数日後――。
警視庁・Mファイル室。
綾乃は前回の『電波事件』の資料を整理しながら、大きく伸びをした。
「やっと終わりましたね……」
「終わってないさ」
向かいの机でコーヒーを飲んでいた拓哉は、資料から目を離さずに答えた。
「Mファイルに終わりなんてない。」
「夢のないこと言いますね」
綾乃が苦笑した、その時だった。
コンコン――。
ノックと同時にドアが開く。
「拓哉、いる?」
明るい声と共に、美紀が部屋へ入ってきた。
片腕には分厚い書類の束。
しかし、その表情はどこか楽しそうだった。
「何か用か?」
拓哉が顔も上げずに尋ねる。
美紀は机に肘をつき、いたずらっぽく笑った。
「ねえ。今日の仕事が終わったら、一緒に飲みに行かない?」
「断る」
返事は一秒だった。
「相変わらず冷たいなぁ」
美紀は肩をすくめる。
そのやり取りを見ていた綾乃は、思わず口を挟んだ。
「秘書さんが来られたのは、お仕事のお話じゃないんですか?」
美紀は「あっ」と思い出したように額を軽く叩く。
「そうだった。」
抱えていた書類を机へ置く。
「総監からMファイル。」
その一言で部屋の空気が変わった。
拓哉の表情から笑みが消える。
綾乃も姿勢を正した。
美紀は書類の一番上をめくる。
そこには、焦げた現場写真が挟まれていた。
「昨日深夜、都内で男性が突然炎に包まれて死亡。」
綾乃は写真を見た瞬間、息を呑む。
「火事……ですか?」
「それが違うの。」
美紀は静かに首を振った。
「周囲に燃え広がった形跡は一切なし。」
「衣服だけじゃない。」
「道路も建物も無傷。」
「焼けたのは……被害者だけ。」
部屋に沈黙が落ちる。
拓哉は写真を一枚ずつ眺めながら、小さく呟いた。
「人体発火……か。」
美紀は頷く。
「警察も消防も原因不明。」
「だからMファイル行き。」
拓哉はゆっくり立ち上がる。
「現場は?」
「もう鑑識が待ってる。」
拓哉はコートを手に取った。
「行くぞ、神崎。」
綾乃は写真を見つめたまま、小さく息をのむ。
被害者の周囲には、まるで青白い炎が踊ったような、不思議な焦げ跡だけが残されていた。
その奇妙な現場を見た瞬間――。
綾乃はまだ知らなかった。
この事件が、"鬼火"と呼ばれる不可解な現象の始まりであることを。




