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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
派閥の葛藤

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リフレクト

「いかがいたします?副団長」

「できるだけここから離れて応戦する。お前はこの屋敷が被害を受けないように流れ弾を迎撃してくれ。行くぞ」

「そない簡単に……やります。やりますよ」


 話し合っている誰かと誰かの気配が離れて行くのが、寝ぼけた頭でも分かった。


 何かが起きている。


 俺は眠気に逆らって何とか上体を起こし、指で目を擦る。

 ここ、どこだっけ?

 ああ。

 ビスター卿の屋敷だった。

 ってことは、出て行ったのは……。


「コールマンさん?」


 呼んでみたが、やはり返事はない。

 ベッドから降りて、カーテンを開く。

 淡い月明かりが部屋の中に入り込んで、隣のベッドがぼやっと白く浮かび上がる。

 やはり、コールマンはいなかった。


 応戦。被害。流れ弾。迎撃。


 確かにそう聞いた。

 言葉の意味を理解して、俺は身の毛がよだつのを感じた。

 新たな追手が来たのだ。

 こんなにもすぐに隠れ場所が発見されてしまうとは。

 ガリュー宰相は絶対に俺たちを見つけ出して始末するつもりだ。


 どうしよう。


 ビスター卿やセリカを起こした方が良いだろうか。

 しかし、二人の寝所がどこなのか分からない。

 それに、歴戦のコールマンがその必要はないと考えたのだから、きっとそれが正しい判断なのだ。

 とりあえず、外に出よう。

 もしかしたら、先ほどの耳に残っている言葉は夢の中の話で、コールマンは月夜の散歩に行っているだけかもしれない。


 灯りのない大きな屋敷は玄関に出ることだけで一苦労だった。

 昨日の記憶を探りながら、途中からは当てずっぽうで歩いていると何とか玄関らしき場所にたどり着いた。


 頑丈な作りの大きな扉は玄関を外側から見た感じとそっくりだが、何故かその扉の手前に大きな家具が並んでいて扉が動きそうにない。

 太い(かんぬき)もしっかりとかかっている。

 この玄関を開けるのは無理だ。


 俺はどこか外へ出られる窓はないかと探し、結局自分の寝ていた部屋まで戻ってきて、その窓から外へ出た。

 裸足で小走りに玄関の方に向かう。その途中、夜空に火の鳥が赤い軌跡を残して飛んで行くのが見えた。

 向かう先には……火炎を吐くドラゴン。


 やはり、先ほどの会話は夢ではなかった。

 戦慄が体を貫く。


「起こしてもうたようですね」

「え?」


 暗がりの中、玄関の方に薄らと人影が見える。

 声は先ほどコールマンと話をしていた男のものだ。

 そして、この強い訛りに明確に聞き覚えがある。「シュバルさん!」


 シュバルはいつもの柔らかい笑顔を浮かべて俺に向かって軽く会釈をした。

 コールマンやビスター卿とは違って、親しみやすさが滲み出ている。


「ジャスパーはん、大変でしたなぁ。陛下のことは、ほんま残念でした。私利私欲に走ったガリュー宰相の思い通りにさせてはならんと悲憤している同士はようさんおるはずです。力を合わせて戦いましょう」


 シュバルは胸の前で拳を握りしめた。


「でも、お味方は……」


 辺りを見渡してもシュバル以外に人影は見当たらない。


「それなんですわ。私もあの時、執務の間の外で戦いましたけど、自分の命を守ることに精一杯で、何とか王宮から脱出して、お二人を追ってここまで来たんです。せやから、あの時の一緒に戦った他の仲間とはバラバラになってしもうて、みんな生きてるか死んでもうたか、分からんのですわ」


 その時、夜空に閃光が走り、そしてすぐ後に轟音が響き渡った。


「うわっ!」


 コールマンとドラゴンの間で何かが破裂し、その破片のような無数の赤い光が四方八方に飛び散った。


「リフレクト!」


 シュバルが大声を張り上げて両手をコールマンの方に向かって突き出す。

 すると、そこに氷のような淡く透き通った壁が出来上がり、こちらに飛んで来た光の破片がぶつかって粉々に砕け散る。

 と同時に、シュバルの体が弾き飛ばされた。


「シュバルさん!」


 俺は全身でシュバルを受け止めたが、その勢いのまま扉に叩きつけられ、ずるずると地面に倒れた。「うぅ。いってぇ」


「あ、すんません。大丈夫でっか?」


 素早く体を起こしたシュバルが俺の顔を覗き込む。


「あ、はい。……大丈夫、です」

「やっぱ、えげつないわ」


 シュバルは上空を振り返った。「ドラゴンの火炎も凄まじいけど、副団長もそれを炎撃で応戦するって、あの人ほんまに人間かいな」


 言っているそばから、また閃光が弾ける。

「リフレクト!」


 シュバルが再び魔法の壁を構築する。

 しかし、先ほどと同じ結果となり、流れ弾は防ぐもシュバルの体は放り出され、屋敷の扉に打ち付けられる。

 そして、また俺の体の上に落ちてきた。


「ちょっ、うわっ!」

「あ、いたたたぁ。あー、えらい、すんません。また、乗っかかってもうた」

「い、いえ。リフレクトの壁を作っても弾け飛ばされるのは初めて見ました」

「ほんまに。私も初めてですよ。まあ、所詮、防御系が苦手な私のリフレクトじゃ、ドラゴンと副団長のパワーに対抗できるわけおまへんのや。弱ったな。この屋敷は絶対に壊すなって、副団長にきっつぅ言われてるんですけど」

「私もリフレクトは授業で習ったんですけど、下手くそで、それこそ何の役にも立ちません」

「いや。ないよりはましでっしゃろ。一緒に壁作ってもらえると助かります」

「でも、こんなのですよ」


 俺は恥と知りつつ両手を胸の前に突き出して、「リフレクト」と自分が作ることができる最大限の魔法防御壁を出現させた。


「ほほう。んー」


 シュバルは腕を組んで、俺が作り出した壁をしげしげと見つめた。「立派な魔法石をつけてる割にはちょっと、厚みがなぁ。魔法石の強さと思念の深さ。これが魔法には大事でっせ。頭の中で壁をもっと奥へ突き出すようなイメージをもってみてください」


 シュバルが王立学校の授業のようなことを言う。


「こうですか?」


 俺は言われた通り、イメージしてみる。


「ちゃう、ちゃう。それは壁が全体的に前へ出ただけですわ。壁の厚みを持たせるように、壁の手前側は動かさずに、壁の向こう側だけを奥へ広げるイメージ」

「えー。ちょっと難しいなぁ」


 そういうことを授業でも言われたような気がする。

 そして、イマジネーションを働かせろとも。

 言葉通りのイメージを頭に浮かべ、それを魔法に実践できる人はセンスがある。

 俺は色々言われても、それを頭の中で再現できないタイプの人間。

 つまり、魔法のセンスがないのだ。


「そんなこと言うてると、屋敷がボロボロになってまいまっせ。ほら、頑張って。これは授業やない。実戦なんですわ。やらな、やられまっせ」


 シュバルは俺の横に並んで、「リフレクト」と魔法の壁を構築した。「ほれ。壁に厚みを持たせて。頭の中でそういう風に強く念じて」


「こうですかぁ?」


 俺は必死に頭の中で壁に厚みを持たせるイメージを作り上げる。


「おっ。そうそう。そんな感じ」


 その時、また光が弾けて辺りを明るく照らす。「ほら、また来ましたで。足、踏ん、張っ、て」


 砲弾が落下したような轟音とともに両腕にのしかかってくる衝撃に肩が外れて、腕が飛んで行きそうになる。


「うわっ!」


 俺とシュバルは扉に叩きつけられた。


「早速これだ。くそがっ!」


 苛立った声とともに屋敷の陰から姿を見せたのはビスター卿だった。

 赤ら顔の仮面が闇夜に浮かび上がって、昼間の何倍も不気味だ。

 辺りが真冬になったような冷気を感じる。「屋敷に傷をつけたら、ぶっ殺すからな。役立たずの下手くそどもめ」


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