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影武者ワンダフルデイズ  作者: 彩杉 A
王宮での生活

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これは王命である

「頼む。ボグス。今回の計画について、一切の責任は私がとる。貴殿に迷惑はかけない。事態は急を要するのだ。すぐにでも出立させてほしい」

「すぐに?今からということですか?」

「そうだ」


 コールマンは断言したが、すっかり暗い窓の外を見て、言葉を改めた。「と言いたいところだが、今日はここに泊めていただき、明朝、夜明けとともにお願いしたい」


「それは、いくら何でも急すぎますよ」


 ボグスはコールマンと心理的な壁を作るように背もたれに体を預け、腕を組んだ。「ドラゴンは繊細な生き物で、例えば軍事作戦の前には数週間かけて徐々に食糧や訓練を特別なものに変えて、その攻撃性を高めていくのです。眠りの深い生物なので、パフォーマンスを上げるには睡眠時間にも気を遣う必要があります。他にも、作戦に参加する人選、ドラゴンの装備、居残り部隊の非常時の態勢。決めなければいけないことがたくさんあります。迷惑はかけないとおっしゃいますが、人とドラゴンがそちらに割かれるのは迷惑以外の何物でもありませんね」


「ボグス……」


 コールマンは急に厳めしい表情となり、胸を逸らした。「これは王命である」


 王命。

 その言葉は非常に重く、みだりに口にすることも許されない。

 ましてやそこに虚偽が含まれていれば、重罪だ。

 当然、受けた方は命を持って遂行せねばならない。


「王命、ですか」


 それでもボグスは首を縦に振らない。

 王命、王命と独り言を言う。「失礼を承知で申し上げますが、副団長が王命とおっしゃるなら、こちらも王命。今、副団長が動かそうとされているのはカラスではありません。ドラゴンです。竜騎隊の戦力は非常に大きいが故に、その動員にあたっては必ず定められた手順を踏まなければならないとされていることは御存じのはず。この手順も陛下の名によって決められたもの。正規の手続きをすっ飛ばして、協力せよとはあまりに乱暴。それこそ王命に背く行為です」


「それは……」


 それは、屁理屈ではないですか。


 俺は思わず立ち上がりかけた。

 正規の手続きをすっ飛ばすためにレイがコールマンに託したのが今回の王命だ。

 レイが侮辱されたような感じがして、俺はカッとなって反論しようとしたが、こらえろ、と言うようにテーブルの下でコールマンが俺の膝を手で押さえた。


「貴殿。もしや……」


 コールマンは何か思い当たったような顔で目を細めた。「ガリュー宰相からの使者に会ったか?」


 そういうことか。

 すでにガリュー宰相からボグスには手が回っているとすると、二国の友好を保つために竜騎隊を動かすのは、かなり難しい。

 俺は急に目の前が暗くなった気がした。


「おっしゃる意味が良く分かりませんが、ガリュー様には良くしていただいておりまして、しょっちゅう手紙で気にかけていただいていますよ」


 ボグスはガリュー宰相からの使者に会ったかどうか、はっきりと返事をしなかった。

 手紙を持った使者はしょっちゅう来ているから、どれのことか分からないとはぐらかす。

 これでボグスがガリューに取り込まれている可能性はグッと高くなった。


「今回の動員は陛下の御意志そのもの。そこには一片の嘘偽りもない。とにかく今は時間がない。何度も言うが、問題があれば、私が責任を取る。何とか、動員を頼む」


 コールマンが深々と頭を下げる。

 拝み倒すしか道はないと考えたのか。

 俺もそれにならって、頭を低くした。


「これは頼む、頼まないとか、頭を下げたらどうにかなるというレベルの話ではないと思います」


 ボグスとの距離は一向に縮まらない。


「では……」


 コールマンは頭を上げて、居住まいを正した。「今から王宮に来てもらおう。コールマン副団長に従うべし、という王命に逆らうことの説明を自らなされよ」


 コールマンの最後通牒だ。これまでにない眼光の鋭さがコールマンの本気を物語っている。


 しかし、ボグスも無言でコールマンの視線を見つめ返した。

 脅しには屈しないとその目が言っている。


 コールマンに睨まれても怯まないボグスの胆力はすごい、と俺は舌を巻いた。


 だが、数秒の後、視線を切ったのはボグスだった。

 諦めたようなため息とともに腕を組む。


「明日から国境守備隊への支援を打ち切らざるを得ませんが。よろしいのですね?」


 ボグスが折れて、空気が一気に弛緩した。


 コールマンですら明らかに肩から力みが取れている。


「それは、私が自ら守備隊に説明をしよう」

「分かりました。では、早速準備に当たります。向かわせるドラゴンは早く眠らせないと。乗り手の人選は私に任せていただきますよ」


 ボグスはサッと立ち上がり、何かに気付いたように俺とエリゼを見た。「使者はこちらのお二人ですか?」


「いえ。使者はこちらのジャスパー様で、私はオッフェランの者です。道先案内を務めます」


 エリゼは恐縮して肩を狭める。


「女性の宿舎は隣の建物です。案内します」


 ボグスがエリゼを促し、部屋から出て行く。


「あのぉ……、コールマンさんは?」


 コールマンと二人になったところで、俺はずっと気にしていたことを恐る恐る訊ねた。


「俺は行けない」


 コールマンは即座に断言した。


「そんなぁ。困りますよ。一緒に行ってください!」


 恐れていた通りの展開になり俺は泣きそうな声で縋り付いた。


「申し訳ないが、それはできないのだ。俺は武官将校。事前通達なしに武官将校が国境を侵すのは国際法に反し、宣戦布告と見なされても文句は言えない。そして、今は事前通達をしている余裕はない。よって、軍人ではない貴殿が使者となるしかない」

「宣戦布告……」


 戦争を止めるためにオッフェラン帝国に入るのに、その行為が戦争を引き起こしては意味がない。


「了見してくれ」


 コールマンの声はこれまで聞いたことない優しさを含んでいた。

 大丈夫だ、と言うように俺の肩に手を乗せる。

 義手とは思えない、柔らかな触れ方だ。


「ガリュー宰相は私を許してくれますかね?」

「心配するな。貴殿にも陛下から、これを預かっている」


 コールマンは胸のポケットから紙片を取り出し、恭しく押し頂いた。

 そして、その紙片を俺に向ける。


「陛下から?」


 間違いない。

 そこには賢者の杖とドラゴンの羽。

 震える手で受取り裏向けると、「ジャスパーなら何とかなるよ」と書かれていた。


「今回の使者派遣は執務の間での議論を通していない陛下の御判断のみで行われる隠密的な外交だ。そして、それを陛下が託すことができるのは貴殿だけなのだ。陛下のそばに貴殿がいたからこそ、陛下はオッフェランとの和平に一縷の望みをつなぐこの作戦が実行できる。陛下の信頼を誇りとせよ」


 ギュッと俺の肩に力を込めたコールマンの義手が燃えるように熱かった。


 確かに、この世で最も信じるべきはレイだ。

 たとえどんな結果になるにせよ、レイのためになるのなら、異腹の双子として本望ではないか。


 俺は心を奮い立たせた。

 そうさ。これまでも何ともならなかったことはない。

 今回だって何とかなる。

 何とかしてみせる。


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