それが戦争
「言われたのよ。リーズラーンにだけは嫁ぐなって」
それは衝撃の発言だった。
急に問題の核心に近づいた気がする。
俺は思わず唾を飲み込んだ。
「誰に、です?」
ファミル皇女もここから先を離すことに抵抗があるようで、俺と合わせていた視線を落とした。
「オッフェランで内戦があったのは知ってるでしょ?」
「ええ」
「内戦で国は荒れてしまった。叩き壊された家屋。焼き払われた畑。積み上げられた瓦礫。今回、こちらに来る途中でもその爪痕は至る所に見ることができて、復興なんてまだまだこれから」
「お察しします」
「で、ある町で私の馬車に叫びながら向かってくる一団があったの」
「それは怖いですね」
「その人たちは、その町の住人だった。皇族の馬車を止めるなんて大罪だけど、それよりも私に伝えたいことがあったのよ」
「話を聞いたんですか?」
「それが、さっきの言葉よ。リーズラーンだけには嫁がないでって叫んでた」
「んー」
俺は声にならない声を漏らした。
リーズラーンにだけは嫁ぐな。
命を懸けて放ったというその言葉はリーズラーン王国に生まれ、暮らし、そして、リーズラーン王国しか知らない俺には辛く、悲しく、屈辱的な響きだった。「それは……、どういう理由からなのでしょう?」
「その人たちからの訴状によればね、この町の家々はリーズラーンの兵士に食料や家財道具、金品を強奪され、そして中には女性が……、その……」
ファミル皇女は言いにくそうに口ごもった「犯されたって。連れ去られて帰ってきていない者もいる。他国の人間に蹂躙され、陵辱されるぐらいなら内戦で死んだ方がましだって」
「っ!」
耳を疑った。
リーズラーン王国はオッフェラン帝国からの求めに応じ、援軍を派遣した。
そして、内戦を鎮め、オッフェラン帝国の国王から直々に感謝状を受け取って凱旋した。
その我が国の兵士が遠征先の同盟国で屋敷に押し入り、略奪し、女性をレイプしたと言うのか。
「私も信じられなかった。だから、周囲の者に調べさせた。で、調査の結果、その人たちの言ってることは、全部本当だったの。証人がいっぱいいるのよ」
「マジですか……」
俺は声が震えるのを抑えられない。
「マジよ。怖いわ。私、今からその国に行くんですけどって」
ファミル皇女の口調が砕けてきた。
「そうなりますね」
「怖いし、腹が立つし……。私の国で、私の民に何してくれるのってなるでしょ?それで怒ってたら、爺に言われたの。たしなめられたって言うか」
「何と?」
「それが戦争だって」
「んー」
俺は思わず天井を仰いだ。
それで説明がつくのか。
人の生命や財産、貞操はそんな簡単に奪われて良いのか。
「私、それで余計に頭に来ちゃって。陵辱されたのはその町だけじゃない。我が国全員が暴行されて、宝を強奪されたんだって泣いて手当たり次第にモノを投げつけたわ」
気付けば、ファミル皇女は泣いていた。
前をしっかり見据えたまま、何でもないように指で目じりの涙を払う。
「だから、あのような態度に……」
「亡くなった母にもよく小言を言われたんだけど、私、昔から思ったことを喋らず我慢するってことができないの。そういう性分もあって……、あの時は何だか普通ではいられなかったのよ。陛下の御姿をありのままに見ることが、陛下の御声を素直に受け入れることができなかった」
ファミル皇女は布団の上で拳を握りしめ、それを悔しそうに見つめた。
「あの時の態度、納得できました。皇女殿下のことも少し理解できたように思います」
「ありがとう。私、あの時の自分を後悔はしてない。そして、頭のおかしな皇女が奇行を繰り返したってことで幕を引くつもりだった。でも……」
ファミル皇女は頭を抱えた。「どうしよう、この先。私、どうしたら良い?」
急にファミル皇女の目に弱々しさが宿った。
困惑の色がありありと浮かんでいる。
「さ、さあ……」
そんなこと訊かれても困る。
もっと言えば、できることなら関わり合いたくない。「そう言えば、謁見の場での流れはこうなるってライガンさんから聞いていらっしゃいましたか?つまり、陛下は初対面の方とは御簾越しに会う。異腹の双子、私のことですが、そのような人間が陛下のそばにいる。謁見での返答は『大儀』のみ、ということを」
「それね。確かに爺からそのようなことは聞かされてたわ。でも、それではあまりに他人行儀で受け入れられないって抗議をしているから、修正してもらえるとも聞いてたの。それが、結局ちっとも変ってないから、余計に拒絶されている感じがしたのよ」
「ああ。そうなんですか……」
キュエル侍従次長とライガンとでどういう調整がされたかは分からないが、そこに誤解があったかもしれない。「多分、そのやり取りがうまくいってなかったんですね」
「でも、それは枝葉の話。私は我が国の民が陵辱を受けた悔しさをあの場で吐き出さずにはいられなかったのよ」
「皇女殿下……」
キッと壁を見つめて唇を噛む皇女は気高く見えた。
「お願いがあるの」
ファミル皇女は熱い息を漏らした。
赤い目で俺を見る。「やっぱり、陛下の側近であるジャスパー殿にこの状況を何とかしてほしい」
「ちょ、ちょっと、そんなの無理ですよ」
「私を助けてしまった責任があるでしょ?」
「えー。そんなことおっしゃられても、私に何の力もありませんから」
ファミル皇女はもたれていた枕を抱きかかえ顎を埋めた。
「いやあ、マジでどうしよう。最悪なのは、私の言動がきっかけで両国が同盟を破棄して、戦争になるってことなのよ」
「それは……。んー」
ないとは言い切れない。
マッコリーも、下手をすれば戦争になる、と言っていた。「それだけは何とか避けましょう」
「そうね。だとすれば、私が非礼を働いたのは事実なんだから、まずは私が陛下にお詫びするしかないでしょう?でも、何て言ったら?」
「そうですねぇ」
確かにそれは難問だ。「正直にリーズラーンの兵士の悪行について喋るかどうか」
「そんなこと、陛下や重臣の方に聞かせられないわ」
「じゃあ、触れないとすると……」
「こないだはすみませんでした。私、頭がおかしくて変なこと口走っちゃいましたって?」
「んんー。それだと、もやもやは残りますし、聞いている方が馬鹿にされた感じがありますね。少なくとも結婚話は立ち消えですかね」
「今となっては結婚話は仕方ないけど、どちらにせよ陛下の御機嫌を損ねるわね」
「じゃあ、別の口実を考えましょうか」
「それって、嘘をつくってことでしょう。それはしたくないわ。ばれたら、余計にまずいし」
「むむぅ。やはり洗いざらい話してしまうしか……」
やり取りが堂々巡りとなり、俺とファミル皇女はぐったり項垂れた。
「もう一度、爺と相談してみようかしら。ジャスパー殿も誰か信頼のおける方に……」
「分かりました。少し当たってみます」




