第十五話 「思わせぶり」
教会の外では検問所にいた兵士たちが、一台のトラックを囲むように教会前の広場に集まっていた。
一体何が始まるのだろうか。
手錠を取り払ってもらったばかりのテッドも、ふらついた足取りながらにそこに向かう。すると教会の方から彼を呼ぶ声がした。
「隊長!」
「ああ、シウムか。本当に助かった、ありがとう」
テッドは頭を下げた。この短期間で二度も命を救われたのだから、感謝してもし切れない。
「えっ? いやいや、礼なんて……!」
驚いた彼女は両手でテッドを制止する。
――ん? 両手?
違和感に頭を上げたテッドは彼女の左腕を注視した。
「ああ。これ、作って貰っていたらしくて…… それで、これ凄いんですよ! 不自由なく今まで通りの撃ち方ができるんです!」
手のひらを広げたり閉じたりしてテッドに見せびらかせた。自慢しているかのようにさえ感じる。
「そうか……良かったな」
シウムの明るい顔を見て、胸の中のどこかでつかえていた不安が晴れた気がした。
テッドは微笑みかけたが、彼女の表情が一瞬だけ曇って俯く。彼女は息をついて、顔を上げた。
「……だから、私、まだ戦えます。隊長にご迷惑をかけてしまうかも知れま――」
テッドはシウムの言葉を遮って、彼女の背中に腕を回した。シウムの白い髪が触れる。
「――アホか、俺が迷惑をかけちまうんだ。俺はお前がいなきゃ生きていけないんだよ」
本音をぶつけた。正真正銘、彼の素直な気持ちである。
予想だにしない展開にシウムは驚き、テッドを見上げた。
「えっ!? それって……」
何も考えられなくなったシウムが言い淀んでいると、教会から走ってきた兵士に声をかけられた。
「――二人とも危ないぞ! こっちへ来い!」
「……“危ない”?」
テッドはその言葉に疑問を抱きつつも、その兵士について行きトラックの前までやってきた。兵士たちは談笑を楽しんでいる。
あの兵士がトラックの中に入っていった。その瞬間に兵士らは隊列を組んだ。中からトラベスが降りてきて軍隊に敬礼をする。
「ご苦労であった。これよりバルミア市街地の奪還を完了する!」
テッドは憂鬱な気分になってしまった。フォート・ゼンチに彼女がいるのをスターゲイザーに知られたこと。これはどう弁解したものか。
「隊長、どうかしました?」
「ああ、いや、なんでもない……」
浮かない顔の彼からは遠くで、意気揚々と彼女は手元のリモコンのレバーを握った。
「ピリオドッ!」
カチッという音は轟音に掻き消される。
テッドは振り返った。
耳を塞ぐより先に目を疑う。バルミア教会の中から土埃が吹き出してきたのだ。遅れてきた爆風に襲われた。
柱を失い、自重に耐えられなくなった教会は、呻き声をあげながら内側から崩れ始めた。あっという間に煙に包み隠され、音だけが響く。
やがて晴れゆく煙霧の中に瓦礫だけが残った。瓦礫たちは決して元の敷地をはみ出さない。まるで教会が膝を畳んで座っているかのようであった。
そしてそれは、テッドが伝え聞いたRDD本社の現状とまるっきり同じである。
「フフ……あー、スッキリした。フフフフ」
テッドの背後でトラベスが笑顔を浮かべる。シウムもおおー、と感嘆の声を漏らした。
「へ?」
対してテッドは鳩が豆鉄砲を食らったような顔。なんの目的で街の名所を爆破解体したのかすらも知らないのだから当然だ。
「おっと、これはすまない。フラッシュバックを起こしてしまったか? ああ、その目では見ていなかったんだったな」
彼女は笑いながら冗談を飛ばす。かなりゴキゲンのようだ。
「そうじゃなくて……どうして教会を?」
トラベスは口を尖らせた。
「なんだ、不服そうじゃないか。爆破解体アクションは嫌いか? うちにお子様向けのヒーローアニメは無いぞ」
そうじゃなくて現状が理解できない。木っ端微塵にするのはまともな思考じゃないとは思うが。
この状況を見兼ねたのか、トラベスと一緒にいたあの男が前に出てきてテッドに説明する。
「アジフライをまとめて封じたのです。手荒ではありましたが、意味はありました」
それを聞いたトラベスはビンゴ、と指を鳴らし、にこやかな顔で付け加えた。
「そう、その通りだ。もはやここを利用する人間はみな死んだのだ。この私が、本来不必要の“クソッタレ”の建造物に意味を持たせたのだよ」
彼女曰く『クソッタレ』、仮にも教会にである。
「そんな言い方は――」
「――壊したのは私だ。貴様になんの関係がある? たとえ、ちはやぶる神がいようともこの私から“幸せ”は奪えんさ。分かったら口答えをするな」
トラベスは声色を変えた。低く重い、冷徹な口調でテッドの抵抗心を刺し殺す。一体なんの恨みがあるというのだろうか。
思わずたじろいだ。しかし距離を取るテッドとは反対に、彼女は間合いを詰めてかかる。後ろ向きに歩くのには慣れておらず、簡単につまずいて尻もちをついた。
彼女の顔が、吐息もかかるほど近くまで迫る。
「隊長、早急に一つだけ訊いておきたい。“指揮者”はいたか?」
指揮者、つまりアジフライを操っていた者のことだろう。
「それなら、ス、スターゲイザーっていうのが……」
それを聞いたトラベスは満足そうな顔で立ち上がった。
「やはり、なるほど……ふむ」
彼女は近くに停まっていた軍用車に乗り込む。運転席では既にあの男がハンドルを握っていた。
「おっかねえ……」
シウムが駆け寄って手を貸してくれるが、腰が抜けたようで立ち上がるだけでも苦労する。
「早く乗らないか。時間は立ち止まらないぞ」
すっかり迫力を抑えたトラベスがちょいちょいとテッドを手招きをした。
「ありがとな、シウム。また後で」
テッドはシウムの元を離れ、車に向かった。
言われるがままに後部座席、トラベスの横に座す。
今の彼女は、多少小柄なこともあり、普通の女性という感じである。しかし、この狭い空間ともなると、息を詰まらせて死ぬんじゃないかとすらも思える。
「報告だ。基地に着く前に終わらせろ」
彼女は窓を開けて、無人の街を目で追い始めた。
――言い出すなら最初の今しかない、か。
深呼吸をし、腹を据えた。
「……あの、トラベス中尉のことが相手側にバレてしまいまして……」
流石のことで、彼女に少しだけ動揺が見られる。頭が少しだけ動いた。
「――フリーストーン少将か。そうか……アイツやってくれたな」
テッドが言うまでもなく、一人で彼女は納得し、髪を掻きあげて溜め息を漏らすだけに留めるのだった。
てっきり半殺しにされるかと思っていたテッドからすれば、拍子抜けでしかない。
「続きを聞かせろ」
最大の峠を越えたテッドは、RDDでの上司アルバートや、彼が飛ばした“伝書アジフライ”のこと、スターゲイザーのことも報告する。
時折、詳しく、と言うだけでなにも問い詰められることはなく、最後まで緊張し損だった。はっきり言ってしおらしい。
「あの……これで以上です」
「ご苦労。これからは古巣が敵となる。それなりの覚悟をしておけ」
不気味なほどに親切だ。裏を感じさせるが、彼女に思惑が無いことなんてあるのだろうか。思い切って聞いてみた。
「……浮き沈みが激しいですね」
一瞬呆気に取られた彼女は、姿勢を低くし上目遣いでテッドを覗き込む。
「フフ……変な気を起こすなよ?」
そのとき車がガタンと揺れた。
テッドは目を逸らし、顔を伏せた。
「まんざらでもないじゃないか……」




