41.反抗期というやつか
「お、おお……かなり耕していたな。元々畑だった場所だし、決して悪くは無いと思うのだが。生憎、私は畑の知識が皆無なものでな。むう、こんな時こそネーブルのヤツが居てくれれば助かったというのに。今や二千年以上が経過して生きているわけもなし……どうするか」
ルリアは首を傾げる。が、すぐに何かを思いつき「そうだ」と手を叩いた。
「倉庫に積まれた本に、農作業に関する本があるかもしれないぞ」
「あっ、そうかも! お母さんとかも、本で勉強してたかもだし、探してきてみる! 」
そう言い残し、ラファエルは一目散に倉庫へ走って行った。
ルリアは「……やれやれ」と薄っすら笑い、朝日を前に、大きく背伸びした。
「んんっ……ふうっ。全く、興味ある事には本気で一生懸命なヤツだ。どれ、私は私で朝食でも用意しておくとか」
窓を閉めると、欠伸をしながらバスルームに赴き、身支度を整える。リビングに戻り、キッチンに立つと、昨日のうちに買っておいた丸パンとバター、加えてサラダ程度の簡単な朝食を準備した。
それらをテーブルに運んだところで、丁度、ラファエルが姿を現す。
「ただいま! お姉さんの言う通り、本があったよ! 」
「おかえり。やっぱり本があったか……って、キミ! 泥だらけじゃないか! 」
ラファエルは掘り返した泥土に、顔や衣服がドロドロに汚れていた。
「朝食の前に、軽くシャワーでも浴びて来た方が良い。本も埃だらけだし、こっちは私が玄関で埃を落としておくから……」
「う、うん。じゃあ、ちょっとシャワー浴びてくる」
「着替えはバスルームの戸棚に新しいのが入ってる。今日は剣術訓練をするから、冒険用の作業服を選んでくれ」
「分かった。いってくるね」
そう言ってラファエルは玄関で軽く泥を払ってから、バスルームへと消えて消えていった。
ルリアは玄関に落ちた泥土のついでに本の埃を払い、それらを外に履き捨てたあと、彼を待つ間テーブルに座って本をひろげてみた。
「……なるほど。もしかすると母親もゼロから畑を作っていたのか? 」
本の内容は、家庭菜園から小さな畑までの指南が書かれた初心者用の実用書だった。
事細かくゼロからヒャクまで情報が描かれ、辞書のような創りに大変分かりやすい仕様になっていた。
「ほう、やはり土を生かすには有機肥料が必要だったか。普通の土は酸性のため、石灰を撒いて中和だと? 錬金術分野に近い話になってきたな……」
思いのほか面白い内容に、ひとり頷きながら本に収集してしまう。
すると、バスルームで泥土を落としたラファエルが「ただいま」と戻ってきた。
「おかえり。この本は中々良いぞ。ゼロから畑を始められる仕様になっているようだ」
「うん、ボクも少しだけ読んでみて凄く良いなって思ってた。でも、お金が掛かりそうだね……」
「何を始めるにも初期投資は必要なものだ。が、一つ思ったのだが」
「なに? 」
「この本があったということは、もしかして有機肥料とか石灰も倉庫にあるんじゃないか? 」
「……あっ」
「革袋か何かに入っている可能性が高いぞ。クワがあったんだし、使い古しとはいえ肥料類だって」
「あるかもしれない! 」
ラファエルは意気揚々として外に出て行こうとしたが、ルリアはそれを「待て待て」と引き留めた。
「はやる気持ちは理解するが、まず朝ごはんを食べてからだ」
「……あ、そ、そうだね」
「それに今日は剣術鍛錬をするつもりだったのだが、その様子じゃ畑づくりに勤しむか? 」
「剣術鍛錬……。それは勿論やる! けど、畑も……」
ラファエルは悩んで表情を曇らせたが、すぐに顔を上げて、言った。
「じゃあ、畑は空いた時間にやれることをやる。例えば今日みたく朝早くとか、夕方でも」
「鍛錬終わりに畑仕事をするつもりか。きっと大変だぞ」
「体力がつくように、少しずつ出来るところからやってく。それとも、ダメかな……」
「……駄目とは言わんさ。やる気があるなら、私はそれを応援するさ。だが、な」
一応、念頭に置いて注意した。
「やるなら、とことんやることだ。どちらも中途半端になることほど、格好悪いことや性格が甘えに傾くことは無い。精一杯に鍛錬をやって、畑は自分の限界を越えない程度に抑えること。分かったか? 」
ルリアが言うとラファエルは「うんっ」と頷いた。
きっと、彼の事だ。
約束は守るだろうし、これ以上の注意はしないほうが良いだろう。
「よし。それじゃ今日はご飯を食べたら剣術訓練から始めるぞ」
「はいっ、先生! 」
ラファエルは片腕を上げて、素直にテーブルに腰を下ろした。
ルリアと二人、朝食を食べ終えると、一息入れ、庭先に出て剣術鍛錬を開始した。
「さて、やるか。畑の事は忘れて全力で挑むことだ。もし手を抜いたら鍛錬はそこで終了するぞ」
「分かってます! まだ二回目だけど、今日はお姉さんにアッと言わせるもんね! 」
「……やってみろ! 」
そして、ラファエルは宣言通り"全力"でルリアに立ち向かった。
ラファエルは父親の遺した鉄鋼剣を握り締め、相変わらずルリアは細い木の枝一本で相手に立つ。それでもケチョンケチョンに倒されてしまうほどラファエルは脆弱に非力であったが、それでも、ルリアが認めるほどに根性の限り打ち合った。
「はあ、はあっ! お姉さん、やっぱり強いや……」
「まだまだ私を脅かすには実力及ばずだ。しかし、根性ある動きは素晴らしいぞ」
「け、剣が重くて……。でも、心なしか初日より動かせている気がする! 」
「筋力と体力の限界を振り絞った果ての一太刀が、実力を一歩ばかり伸ばすんだ」
「じゃあ、ボクはまだ動けるよ……! 」
剣を地面に突き刺し、杖替わりにして体を叩き起こす。
限界を迎えて震える肉体を無理やり振り絞り、ルリアのもとに駆け寄って斬撃を放った。
だが、体力の底も抜けた斬撃は当然緩やかなもの。
ルリアは悠々と回避して、足下を蹴り上げてラファエルの身を地面に転がした。木の棒を首筋に突きつけ「私の勝ちだな」と笑った。
「……負けた。あ~、やっぱり無理だった。もう動けないよ! 」
「なに、初日より目に見えて動きは良くなっていた」
「本当に? でも、こっぴどくやられちゃったし、全然そんな気はしないんだけど……」
「私が言うのだから間違いない。どれ、立てるか? 」
「足がガクガク震えるけど、何とか大丈夫……かな……」
「肩を貸そう」
ルリアはラファエルの腕を自らの肩にかけ、支えるようにして立たせた。
「お姉さん、ご迷惑をおかけします……」
「構わんさ。ハハハ、それにしても、また泥だらけになってしまったな」
「あはは……またシャワーを浴びないとダメだね」
「そんなにフラフラで一人で浴びれるか? 」
「えっ。あ、浴びれるよ! それは大丈夫だよ!! 」
「そうか。思わず心配してしまったぞ」
「大丈夫だしっ! い、家までも一人で大丈夫だから!! 」
顔を真っ赤にして、ラファエルはふらふらと自宅に戻っていった。
最近、彼のどこかよそよそしい態度にルリアは腕を組んで「ううむ」と、首を傾げる。
(素直ではないな。う~む、あれが反抗期というやつだろうか)