22.解体作業
「蹴りを受けた時は怖かったけど、全然平気みたいだったし、反撃して相手を倒しちゃうなんて! 」
「まあ、あれくらいはな。しかし、まだ終わりじゃないんだ」
戦いは終わったが、今から少し面倒ごとをしなければならなかった。
ルリアは腰に手を当て、オウルベアの遺体をジっと眺めて、それを言う。
「今からコイツを解体せねばならんのだ」
「か、解体……」
オウルベアは、余すところなく素材となる魔獣だ。
全身を覆う毛皮は防寒具として、両翼のピンと立った羽根などの装飾品。肉は食用になるし、内臓も高級ヒーリングポーションの原材料になる。
「解体はあまり気持ちの良いモノではない。小屋の中で座っていたほうがいいぞ」
十歳といえども、まだまだ幼いラファエルには目に毒だろうと注意する。
ところが、ラファエルは首を左右に振った。
「ううん。ボク、しっかり見てる。見たいから。ダメかな? 」
「……ダメだとは言わない。拒否はしない。だが、後悔するかもしれないぞ」
「じゃあ、見たい。しっかり見てる」
ラファエルは声を太く言った。
どうやら生半可ではない芯の通った覚悟で言っているようだ。
ルリアは彼の覚悟を汲んで「分かった」と答えた。
「そうか。なら、勉学として目に焼き付けるんだ。きっと、意味はあるはずだ」
そう言って、ルリアは山小屋に戻り、置いていたリュックをオウルベアの傍に置く。
中からタオルに巻いていた包丁を取り出すと、それを片手に、オウルベアの首筋に突き立てた。
「本当は前準備やら必要なのだが、今回は準備も無いしさっさと解体を進めていく」
ツプリ、と。
突き立てた包丁を軽く刺し込んだ。
そこから下半身まで一直線に切れ込みを入れ、その隙間から包丁を器用に動かして毛皮を剥いでいく。
「あ、あまり血は出ないんだね……? 」
「頸動脈を切った時に既に血は抜けているんだ。普通のヒグマはこうはいかないぞ」
「このフクロウクマだけってこと? 」
「そうだ。ちなみにこの魔獣は梟熊ではなくオウルベアというんだ、覚えておくといい」
かなり慣れた手つきで、説明しながら解体を進めるルリア。
会話をする間に、オウルベアの毛皮はすっかり剥がし終えてしまう。
そのあと、いよいよある意味で本番ともいえる解体ショーの幕開けである。
「ここから先は、本当に無理はしなくて良いからな」
……と、その一言を皮切りに。
オウルベアの四肢を捻じり切り、先ほどとは違い今度はお腹に突き立てた包丁を深々と突き刺した。
そして、ブチブチと繊維を切断する生々しい音を立てて、腹部からは大きい内臓が顔を出す。
「うっ……! 」
ひどい獣の臭いと血の臭いが辺りに漂う。
ラファエルは鼻を押さえて涙目になるが、決して場面から目を外すことは無かった。
「ここが心臓、胃、大腸だ」
「う、うん。うん……」
「一応、ミノは新鮮なうちなら刺身で食べることが出来るが――……」
「見ているだけで結構です!? 」
小話を挟みながら進行する解体作業。
かなりグロテスクではあったが、ラファエルは目を背けず、しっかりと見続けた。
そして、三十分後。
ようやく終了間際を迎えたところで、ルリアは血だらけの手を払いながら、言った。
「これで大体は終わりだ。内臓は高級ポーションの素材になるし、持っていく。鮮度が問題になるが、念のためポシェットに水魔石を持ってきていたんだ。革袋に詰めて水魔石で冷やしながら下山すれば大丈夫だろう。毛皮や羽根は丸めれば運べるし、脚や爪先も素材として売れる。だけど、問題が一つ。勿体ない話になるが、コレばかりはどうしようもないな……」
それは、積まれて山となった食用となる赤身や脂身などの生肉だった。
「昼食として食べるつもりではあるが、ちょっと多すぎるな。でも、これを捨てるには勿体無さすぎる」
オウルベアの肉は非常に美味で、高級食品として扱われる。
たっぷりと脂が乗った部位はトロ肉と呼ばれ、くどさが無く文字通りとろける食感が楽しめる。
赤身の部位は歯ごたえがあり、噛めば噛むほど旨さ溢れ出す、旨味の塊のような部位だった。
「ぜひ持ち運びたいが、こればかりは難しいな。食べるだけ食べて、他は棄てていく他はないか……」
腕を組んだまま、ため息を吐く。
すると、ラファエルは「お姉さん」と話しかけて、ある提案をした。
「この大きい毛皮に包んで持っていけないかな」
「……おっ? 」
「水魔石を入れれば新鮮なままだと思うし、下山までには間に合うと思うんだけど……」
「それは……良いアイディアかもしれないぞ」
ラファエルの言う通り、毛皮は非常に大きいため、肉や内臓をそれ一つにまとめれば運んでいくことは可能だった。
「ラファエル、そのアイディアを採用させて貰うぞ! 早速、毛皮を拡げて肉やモツを仕舞おう。それと昼食は家に戻ってからでも構わないか? 」
「うん、ぜんぜん大丈夫! それと、ボクも運ぶのを手伝うよ。リュックに詰められるだけ詰めてっ」
「そうか。それなら、その言葉に甘えるとしよう」
ルリアは優しく微笑んだ。
そして、拡げた毛皮やリュックに肉類を詰め込むと、二人は自宅に向かって下山を始めた。
(ふふっ、収穫にはなったな。これで、ある程度の稼ぎになると信じたいが―――……)
中継地点となり得る山小屋の発見や、新しい剣の試し切りも出来た。加えて、高級素材まで入手できるとは。
今日の探索は大きい価値あるものになったと、ルリアは心底喜んだ。
……やがて、下山から一時間後。
二人は裏山から自宅に到着したが、その足のまま、ある場所へと向かう。
そこは、時刻は午後三時前、二人が向かった場所とは、恩人アロイスの酒場だった。
「……大佐殿、おりますでしょうか! 」
古びた木造ドアの前で叫ぶ。
すると、中から「はいよー」と返事が聞こえ、ルリアはドアを開き、店内に足を踏み入れた。




