13.お化け蟹カルキノス(上)
木箱の中身は、軽量化した革製ジャケット、黒のタクティカルブーツ、ツバ付きハット、小型ランタンや方位磁石、遠視用の単眼鏡など、高級感漂う冒険用具が並ぶ。
しかし、やはり目を惹くのは例の得物であった。
「ほう、これが両親の使っていた鉄剣か」
白い鞘に納められた鉄の剣。
それを手に取って鞘から抜くと、顔が反射するくらい煌めく刃が顔を現す。
「これは美しいな。柄のすり減り具合から相当使い込まれているのが分かるというのに」
それでいて美しさを保っているというのは、どれだけ武器を大事にしていたのかが伺えた。
「どうだろう、使えそうかな? 」
「充分だ。それと、こちらの小さい短剣は補助武器のようだな」
「あ、違うよ。こっちはお母さんが使ってたんだ」
「母親はダガーを主武器としていたのか。どれどれ……」
革鞘に納められたダガーを引き抜く。
こちらも鉄剣と同じく使い込まれている割には、充分な美しさが保たれていた。
「軽くて扱いやすい。柄が軽量化されたタイプで良いダガーだ」
手のひらでクルクルと回して遊ばせると、ストン! と華麗に革鞘に仕舞った。
「わっ、お姉さん恰好良い! 」
「ハハハ、そうか。しかしダガーは私のスタイルではない。こちらは大事に仕舞っておこう」
借りるのは鉄剣のみにして、ダガーは箱に入れ直し、木箱をベッド下に戻した。
「これで良し。ふふっ、鉄剣のおかげで明日はもっと奥に行くことが出来そうだな」
ルリアは鉄剣を高々と持ち上げ、夕暮れに焼けた陽に光らせた。
「明日からはもっと本格的な冒険ってことだね」
「そういうことだ。さて、今日はさっき採った晩飯を食べて、明日に備えるために早く休もう」
「うんっ。ボク、お腹すいちゃった」
―――こうして。
初日の冒険は幕を閉じた。
大きな成果は無かったとはいえ、生きる希望が見えた良い一日でもあった。
……それから、キノコでお腹を膨ませた二人。
ラファエルはベッドに横になると冒険の疲労感にあっという間に眠りに落ちる。
しかし一方で、ルリアはというと。
「ふう、今日も蒸し暑いな」
草木も眠る丑三つ時。
自宅近くの川でルリアは川で汗を流していた。
(せっかくアロイスに水魔石を貰っておいてなんだが、私はこうして自然に囲まれていた方が気持ちが晴れるんだ)
衣服を脱ぎ捨て、白い素肌をさらけ出した肉体に靡く銀髪は、月夜に照らされ美しく輝く。
(それに、やはり剣が身近にあると心が休まる)
岸に置いた鉄剣に手を伸ばして、鞘から引き抜いた。
正面に構え、しんっ、と目を閉じる。
(……ッ)
一本集中。
カッ、と目を見開くと同時に、右上から左下に一閃を描くよう思い切り振り下ろす。
「ふぅっ! 」
鋭い斬撃が風を斬る。
続いて、左上から右下へ、更に右胴、左胴と斬撃を繰り返した。
「ふっ、はあッ!! 」
盛り上がった胸も柔らかそうにふるふる揺れ動かしながら、何度も剣を弾けさせる。
周りには誰も居ない、何も気にすることのない真夜中。
今の彼女は全裸という恥じらいなど気にせず、むしろ心地良さすら感じていた。
その表情は悦びに満ちたように恍惚であった。
「ふっ、ふふふっ。ラファエルの父親は本当に良い業物を使っているようだ。今は亡き父上殿、しばしラファエルと私のためにこの剣を使わせて頂こうと思います! 」
数分ほど、弾ける肉体と剣技を魅せたルリア。
肉体を動かす欲望に満足したあと、岸の地面にズンッ! と、鉄剣を刺し沈めた。
(ううむ、最高に気持ちが良かったぞ。満足したぞ。さてさて、それでは家に戻って寝るとするか。明日も早いだろうし―――……んっ? )
帰ろうとした、その時。
何か背筋に冷たい気配を感じた。
沈めた剣の柄を直ぐに握り、引っ張り抜くと、目を向けた川の上流側。
そこに、得体の知れぬ巨大な影がモゾモゾと蠢めいていた。
(なんだ。あれは人では無い、異形のようだ。まさか魔族か……? )
剣を構えて相手を注視する。
すると、空の雲陰が晴れ渡り、月明かりが相手を照らした。
その姿を見たルリアは一瞬驚くが、直ぐに口角をせり上げてニヤリと笑った。
「ほう、なるほど。どこから湧いたかは知らぬが面白い。この時代にも巨大な魔蟹が居るとはな」
巨大な陰の正体。
それは、魔獣のうち魔甲殻類に分類される巨大蟹"カルキノス"であった。
かなりの巨体を持ち、脚一本のサイズが成人男性の身長よりも遥かにデカい。それ以上に巨大な両腕のハサミは大木をも切り崩す。
また、普通のカニと同様にそれらの脚が八本と、肉身は青色の硬い甲羅で覆われ、攻撃と防御に優れた魔獣である。
加えて縄張り意識が高く、非常に攻撃的な性格を持つため、古来より危険種にも指定されていた。
(フン、まあ恐らくは渓流辺りから私たちを尾行けて来たのだろうが。山の渓流とこの川はどこかで繋がっていたらしいな。川を下って私を追ってきたのだろう)
岸に置いていたバスタオルをそっと羽織る。
脇の下でしっかりと詰めて簡単に剥がれないようにセットしてから、剣先をカルキノスに突きつけた。
「どうやら、明日の朝は豪華な朝食を頂けそうだ」




