108 ゼベル・シビルフィズは愉悦に浸る
前回:勇者を搾りカスにしたので、次の略奪へ赴く宝箱一行
シビルフィズ領 領主の城
最高級の調度品を揃えながらも、どこか実務的で味気のない室内。
その部屋の主であるゼベル・シビルフィズは、ひとり優雅にワイングラスを持ち上げた。
なみなみと注がれたワインを見つめ、満足げに口角を上げて部下からの報告を待っている。
遠征軍が特殊区画で全滅していなければ、今ごろ勇者パーティがレインベルの領主を捕らえた頃だろう。
細工は流々。あとは果実が手元に届くのを待つだけだ。
できればボスの討伐に成功してから勇者に捕らえられてくれれば手間がなくて済むのだが。
レインベル領主がボスから生き延びたところで、自分本位な勇者が勢い余って殺してしまうかもしれないのが少々心配だが。
レインベル領主が生きていようが死んでいようが、ボスを討伐したのはシビルフィズ領の戦力ということになる。
どう転ぼうともレインベル領を手に入れられることは間違いない。
だが領主を捕らえ調教して手駒とできれば、後の展開が楽になるのだ。
愚かな領民は何も知らぬまま搾取され、無能なレインベル領主へ恨みを募らせることとなるだろう。
それはゼベルが領主となってから何度も繰り返してきた手だ。
強力な領兵と彼自身の知略によって、ゼベルの力は王族へも対抗できるほどに増大している。
もっとも、そのことに気付いている者は多くない。
静かに、強かに、ゼベルは人族を支配する機を伺ってきた。
全ては自分の意のままだ。
ゼベルはグラスを回す。手の動きに合わせて踊る液体が、彼の中でのレインベル領と、その領主だ。
ワインは空気に触れさせることでその性質を変化させる。
酸化し、より飲みやすくなるのだ。
上等の獲物を手に入れるにはひと手間かける必要があるのである。
今ごろあの若き領主は絶望に打ちひしがれているだろう。
度重なる不幸や裏切りに遭いながらもそれを乗り越え、身命を賭してボスの討伐を成功させたのならたいしたものだ。
だがその喜びに浸る間もなく、勇者に親しい者を皆殺しにされ、さらに暴行を受ける。
あの美しい顔がどのように歪むのか。さぞかし見物だろう。
「くくく、願わくば生きていて欲しいものだ」
ゼベルは、レインベル領主であるコレットのことを気に入っていた。
面識はほとんどないが、どのような人物であるかは詳しく調べさせている。
コレットは、ゼベルとは対極にある貴族だ。
あらゆる幸せを奪われながらも領民に身を捧げる気高き領主。
己の欲望を見せず、他者のために奉仕する。
派閥もその心意気も、何もかもが正反対。
しかしそれでいて、ゼベルの度重なる圧力にも屈しない強さを持っている。
それゆえに興味が尽きない。思いきり壊してやりたいとゼベルは思う。
「さぞ俺のことを恨んでいるだろうな」
ゼベルはレインベルへの嫌がらせを子飼いの貴族に行わせており、ゼベル自身はその陰に隠れていた。
最初は絶望したコレットに手を差し伸べて傀儡にするつもりのゼベルであったが、知恵ある魔物の出現により勇者の投入を余儀なくされた。
勇者とシビルフィズの関係は有名だ。
レインベル領主は、すでに黒幕が誰であるかに気が付いているだろう。
多少予定は狂ったが、やることは変わらない。
レインベルを陥れた黒幕であるゼベルの正体に気付かず、救われたと勘違いし平伏する女を合意のもとに蹂躙するか。
あるいは殺したいほど憎い存在を前にして、抵抗できず蹂躙される様を楽しむか。
それだけの違いだ。
どちらも自分の力を確認できる、素晴らしいひと時となるだろう。
全てを失い、なおも気高くいられるのか。領民を救うことを条件に何を要求してやろうか。最後にその領民すら失えば、どのような顔をするのか。考えただけで嗜虐心が満たされるようだ。
ゼベルにとってコレットは、大事に熟成させた最高級のワイン。
どのように味わうべきか。ゼベルはほくそ笑む。
これだから、力を求めることは止められない。
シビルフィズ領の領主というだけで、ここまでの甘露を味わえるのだ。
もしも人族全てを支配すれば、いったいどれほどの愉悦を得ることができるのだろうか。
ゼベルは王になりたいのだ。最も強く、あらゆる理不尽を強要できる王になりたいのである。
ゼベルが気分よくワインを口に含もうとしたとき、廊下から足音が聞こえてきた。
部下の足音で間違いなさそうだが、どこか慌ただしい。
何か不測の事態でもあったのか。
「ゼ、ゼベル様、侵入者です。第8保管庫に賊が押し入りました!」
ノックもそこそこに部屋に入ってきた伝令が報告する。
「第8保管庫だと。賊がなぜそんな場所を。そこには金も食料も…いや、待て」
ゼベルは一瞬感じた嫌な予感を理性で抑え込む。
「…例の遠征軍から奪った物資を保管していた場所か。被害はどうなっている」
「はい、警備員は全員無力化、物資もすべて奪われました。騒ぎを目撃した者の話によると、保管庫の中から賊が現れたということです」
「中からだと?まさか最初から物資の中に潜んでいたとでもいうのか。傭兵の偽装が見抜かれていたと」
「い、いえ、傭兵から物資を受け取った際に、中身の確認をしております。それに奪った物資には、高位のポーションなども大量に含まれていました。ボスを倒した後の応急処置のために必ず必要なものですので、奪われることを承知で置いておけるものではないと思われます」
「ふむ…。そうだな、仮にこちらの策略に気付いたのだとしても、手を回すのが明らかに速すぎる。知恵ある魔物とはいえ、特殊区画攻略の直後に勇者と戦って無事に済むはずもない。無関係の賊の仕業と考えるのが妥当か。…それで、その後の対応はどうなっている」
「はい、それは…」
バンッ
伝令が答えようとしたとき、扉が開いて新たな伝令が入ってきた。
最初の伝令以上に慌てているようだ。
「ゼ、ゼベル様、勇者様の屋敷が消滅しました!突然跡形もなく消え失せたとのことです」
「な、なんだと!?」
あまりにも予想外の報告に驚くゼベル。
「馬鹿な、寝ぼけているのか。屋敷が跡形もなく消滅とはどういうことだ。そんなことがあるわけ…なぁっ!?」
「うわ、なんだ!?」
「お、落ちる!」
ゼベルは最後までしゃべることができなかった。
足元にあったはずの床がいきなり消滅したからだ。
急な浮遊感、次いで地面に打ちつけられる痛み。
「ぐ…」
身を起こしたゼベルが目にしたのはむき出しの地面。
まるで巨大な城が立ちそうなほどの広さの、何もない地面だ。
周囲にはゼベルと同じように、急に足場を失った者たちが呆然と周囲を見回している。
知っている顔ばかりだ。城で働いている兵士や侍従たちである。
「こ、これは、いったい何が…。転移か?いや、迷宮の外で転移などありえないか」
小高い丘の上にいるようだ。遠くには一面の麦畑と、見慣れた建物が立ち並んでいる。
シビルフィズ領だ。
それも、城から見える風景に相違ない。転移したわけではないのか。
身体の無事を確認し、知っている場所であることに安堵しかけ、ゼベルはそこにあるはずのものがないことに気付いた。
「いや、待て、ならば我が城はどこへ…」
「ごきげんよう、ゼベル殿」
「…これは、レインベル領主のコレット殿ではないですか。いったいどういうつもりですかな」
背後からかけられた聞き覚えのある声に、大方の事情を察したゼベル。
動揺する内心を必死に押さえつけ、努めて平静に振り返る。
振り向いたゼベルの前に立つのは金髪の少女。その手には青く輝くレイピア。
レイピアより濃い、意志の強そうな青の瞳がゼベルを真っすぐに見据えていた。




