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第96話 二足歩行ロボットの夢

「ロマン!」

「実用性」

「ロマン!!」

「実用性」


 廊下まで響く喧嘩の声に「またか」と辟易した気持ちで教室に入ると、岸遥人きしはると倉知有多子くらちうたこの二人が押し問答の真っ最中だった。

 他のクラスメイトたちはいつものこととばかりに無視を決め込み、唯一、(かみ)ものりだけが「けんか、よくない、びーあんびしゃす!」と叫びながら仲裁に入ろうとしていた。はっきり言って地獄絵図である。

 しかし「びーあんびしゃす」は「ラブアンドピース」の言い間違いだろうなと気付ける程度には、武蔵も三人と仲がよかったので、これを放っておくこともはばかられた。教室中からもこの冗長と無用の交差点で起きたな事故のような騒ぎを止めてくれという無言の圧力も感じる。


「……で、これは何の騒ぎ?」

「あ、みやむー、おかえり。姫ちゃん、だいじょうぶだった?」


 ものりが聞いてきたのは、授業中に発作を起こした真姫のことだ。

 武蔵は保健室でうなされながら横たわる真姫を思い出して、もうしばらくは学校に連れて来るのは無理そうだなと考えながら「ああ、うん」と曖昧な返事を返した。


「それよりもこれはなんの騒ぎ? どうせまた下らないことだとは思うけど」

「下らなかねぇよ! 倉知がオレの将来をバカにしたんだ!」

「馬鹿にしたわけじゃない。実現性と効率性の問題」


 またしても倉知のいらぬ発言に遥人が食って掛かろうとする。

 ものりは割って入りながら「ふぁっく、ふぁっく」と煽っていた。このままものりに任せていたら収拾がつかない。即刻退場願う。


「将来をバカにした?」

「これのことだよ!」


 遥人が差し出して来たのは進路希望調査票だった。

 本日配られたばかりの用紙は、提出までにまだまだ時間があり、急ぎ書く必要もないのだが、遥人が見せてきたそこには大きな文字で「ロボットのパイロット」と書かれていた。


「……なるほど、これは倉知の地雷をピンポイントで踏み抜くな」

「んだよ、武蔵もバカにすんのか?」

「せめてロケットのパイロットって書けば、倉知も的確なアドバイスしてくれただろうに……なんでまたロボットのパイロット?」

「カッコイイだろ、ロボット」


 たぶん前日にロボットアニメでも見たのだろう。遥人はそういう影響を受けやすい人間だ。単純で、感化されやすく、だからこそ情に厚く、何事にも真剣で、武蔵はそんな遥人が好きだった。

 しかし今回は内容と相手が悪い。相手はものりから「はかせちゃん」と呼ばれるくらい機械オタクの倉知有多子だ。


「ロボットが格好いいのはわかる」


 ――わかるんだ。


「だけどロボットに乗る必要性がわからない」

「男の子なら乗ってみたいだろ、ロボット! なあ?」


 さも同意してくれるだろうと話を振られるが、武蔵としてはさして興味がないので、ただただ困る。


「うん、私、女の子だけど、乗ってみたい」

「そこ同意するの!?」

「え、女の子がロボット乗りたいって言うの、いけない?」


 なにが恥ずかしかったのか、やや照れた様子で武蔵の反応に首を傾げる倉知。武蔵としても争点を置き去りにした意見だったから驚いただけのことで、


「いや、別にいけないことじゃないけど……」


 と否定しておくと、倉知は少しだけ安心した様子で胸をなでおろした。


「だけど、人が乗るようなロボットは重機。岸がイメージしてるロボットとは違う」

「銃器? いやいや同じだって。武器の装備は大事だろ」


 微妙に噛み合ってない会話に、倉知は眉を顰めてから、さらさらとノートに描き出した。

 ものの数分で描き上がったそれは、紛れもなく二足歩行のスーパーロボットである。「へぇ、うまいもんだな」と賞賛の声を上げれば、倉知は「……うん」と再び照れたように俯いた。


「たぶん岸がイメージしてるロボットはこれ」

「そうそう! こんなんに将来乗ってみたいもんだぜ」

「無理。人が乗れるぐらい大きなロボットを人型で作る必要性がない。関節部分が壊れやすい。乗れるとしたら精々これ」


 一つ前のページを捲ってみせると、そこに描かれていたのは人間の下半身を戦車にしたようなロボットだった。はっきり言ってダサい。腕の部分がマジックハンドのようになっているのが、またさらにダサさに一役買っていた。


「これは主役機じゃねぇ! カッコ悪い!」

「これも恰好いい。丈夫。悪地走行可能。実用的」

「これにロマンは感じねぇ!」

「ものりはこれはかわいいと思うよ。お相撲さんががんばって正座してる絵?」

「ものりはもう少しだけお口にチャックしてようか?」


 どうやら先にこのタンクを描いて見せて押し問答になったようだ。

 改めて聞いていて、やっぱり下らないという感想しかない。


「でも、巨大二足歩行ロボットは姿勢制御が難しい。すぐに倒れる。

 これに人が乗って動かしたら乗り物酔いがすごい。遠隔操作した方がいい」

「んなもん、根性でなんとかなんだよ!」

「量子力学の実用化は、まだしばらくはかかる」


 というよりは、違う土俵の人間同士がなんの因果か同じテーブルで会食してしまったような不毛さとでも言うべきだろうか。


「……そこまで言うなら、遥人が作ればいいじゃんか。進路希望調査も『ロボットのパイロット』よりは『発明家』のほうが突き返される可能性は低いと思うぞ」

「はぁ? オレ頭悪いから無理だし。そういうのは博士の仕事じゃん。主人公は乗るの専門。戦うの専門。だから倉知が作れよ」


 この辺りの開き直りのよさは普段の遥人であれば持ち味なのだけれども、今は完全に難点となってしまっている。


「……倉知もさ、馬鹿げてるからってあんまり否定してあげるなよ。人がやりたいことなんてそれぞれなんだから」

「否定はしてない」

「ん? そうなの?」

「そう。ロボットは恰好いいから。

 でも作るメリットがない。特に人が乗る必要性がない」

「メリットがないと作っちゃ駄目なの?」


 ――もしかして、


「本当はロボット作りたいんじゃない?」

「ん……」


 肯定とも取れる思案の返事。

 どう捉えたらいいか考えあぐねていると、やがて倉知から、


「石黒先生みたいにヒューマノイドは作りたい」


 ”石黒先生”が誰なのか武蔵にはわからなかったが、それでも明確な意思表示を聞いた。


「だったら倉知が作っちゃえばいいじゃんか、ロボット」

「ヒューマノイドと巨大二足歩行ロボットは全然違う」


 その違いも武蔵にはわからなかった。

 

「でも、作りたいんだろ? ロボット?」

「……うん」


 言質は頂いた。


「おい、遥人、倉知が作ってくれるってさ、ロボット」

「――!」

「マジで!? やったー!」


 その一言で満足したのだろう。遥人は飛び跳ねて団欒の場から離れて行った。


「化かされた気分」


 倉知は拗ねた様子だったが、とりあえずこの場を諫めるのには成功。武蔵としては役目を果たしたと言えよう。


「ふぁふぁふぁふぁふぁ、ふぁふぁふぁ!」

「あ、もう、お口チャックはいいから」

「うん。あのね。楽しみにしてるから!」


 ものりの期待の言葉にも、倉知は憮然としたままだったが、やがて武蔵に上目遣いで尋ねる。


「……宮本も期待してる?」

「もちろん」

「じゃあ、頑張る」


 そうはにかむ倉知に、武蔵は親指を立てて返すのだった。




      ◇




 ――懐かしい夢を見た。


 久しぶりに熟睡できたと感じるほどに清々しい目覚めは、どこか胸をつつく様な切なさを伴っていた。

 昨晩珍しく真姫のことを思い出したからだろうと考えるが、しかしそもそも夢に真姫は出てこなかった。

 ただただ懐かしい望郷の念に駆られて、武蔵はその騒ぎに気付くのが遅れた。


「――ムサシくん?」

「……うん、なんか騒がしいね」


 その騒ぎでパールも目覚めたのか、それともレヤックの力が何かを感じ取ったか、不安そうに武蔵の服を掴む。


 城内はいつになく人の気配が濃厚だった。自室に籠っていても、それを感じられるほどに大広間のほうが騒がしい。そして何よりも不定期に響く振動は、武蔵にとっては二年前の出来事を思い出させる。


「地震かな?」

「ジシンってなに?」

「大地が揺れる現象を日本語で地震って言うんだけど」

「ニッポンでは地面が揺れることがあるの?」

「ここではないの?」

「聞いたことない」


 パールの発言には気になるところがあるが、今はそれよりも何が起きているのかを気にする方が先だろう。

 この国の建物が堅牢そうには見えなかった。大した揺れではないが、それでも倒壊の恐れは高い。

 外に出て、そもそもこの揺れが何なのか、それを確認した方がいい。


「パール、歩ける?」

「うん、平気だよ」


 いざ倒壊が始まってもすぐにパールの上に覆い被されるように、彼女の肩を抱いて部屋を出る。


「うわっ!?」

「きゃっ!?」


 しかし衝突物は上からでは正面からやってきた。

 パールと同じ年の子供二人。

 二人は派手に武蔵とぶつかり、そのままの勢いで尻餅をついて倒れてしまった。


「ああ、悪い! ――って、シュルタとパティ?」


 一年も生活していれば城を出入りしている人間はだいたいが顔馴染みになっていた。だから知っている誰かだとは思ったが、それでも予想外の人物だった。

 入場制限が布かれているわけではないが、それでも城を生活拠点としていない子供が入ってくるなんて珍しい。


「あ――」


 先日の遭難事件の気まずさからか、パールは慌てて武蔵の後ろに隠れてしまう。

 事情は大体聞いている。二人に謝りたいとも言っていた。しかしその心の準備ができる前に出くわしてしまったからだろう。武蔵はそんなパールに、今、ちゃんと話させないと、この後益々気まずくなるだろうなと、隠れるパールを無理やり引っ張り出せば、


「あ、パールっ! よかった、無事で!」


 すぐにパールの存在に気付いて、パティが駆け寄っていた。


「もう熱はさがったのかしら?

 だめじゃない! 体調が悪いなら、先にそういってくれなきゃ!

 知らなかったとはいえ、あんな遠いところまで連れてったって、おかあさんに怒られちゃったじゃない。

 って、今はそれどころじゃなくて、早く逃げなきゃいけないんだっけ」

「――えっ? えっ?」


 矢継ぎ早に伝えられる情報は、パールが思っていたものとは違っていたのだろう。目を白黒させている。

 ただ何のことだかわからないのは、武蔵も同じだった。


「早く逃げなきゃ?」


 それに答えたのはシュルタで、


「でっかい化け物が街を襲ってんだよ! 街の人はみんな城に逃げて来たんだけど、ここも危ないから外に逃げるって団長が!」


 そうしゃべりながら今すぐにでも走り出したいという感じで、落ち着きなく身体を上下に揺らしていた。


「でっかい化け物?」


 いまいち状況が飲み込めずに繰り返せば、再び地震のような揺れが襲い、パティは短い悲鳴を上げながらもパールを守るように抱き締めた。


 ――今のシュルタの話が本当だとすれば、これは足音ってことか?


 俄かに信じ難い話ではあるが、しかしこの揺れは確かに地震と言うよりは地響きに近い。街から城までは遠いとは言い難いがそれなりの距離がある。これが足音だとすれば、相当な巨体だ。


「師匠は今どこっ?」

「見張り台のとこ! サラス様も一緒!」

「わかった! パールはシュルタたちと一緒にいて!」

「あっ! ムサシくん!?」


 事態の深刻さだけは察して、武蔵は全力で走り出す。


 地響きに足を取られそうになりながら、その発生源を推し量る。武蔵はどうしても先ほどまで見ていた夢と無関係だと思えなかった。


 ――巨大ロボット? まさか。


 そのまさかが的中していると知るのに、それほど時間はかからなかった。

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