第95話 ゴーレム、大地に立つ
一晩中、夜歩きに勤しんだ不良少年は、帰って来るなり倒れるように寝てしまった。
お騒がせわがまま娘も安心したのか、ムサシの横ですやすやと寝息を立てている。
サラスは二人に対して特にどうこう言うこともなく、ただ眠る二人の傍らに座って、まるで聖母のような表情を湛えながら見守っていた。彼女も一晩中起きていた、そのうちうたた寝でもしてしまうだろう。
ヨーダは我関せず。ムサシが帰ってきたと知れば「そうか」と一言だけ告げて、騎士団員に稽古をつけに向かってしまった。
そんなわけでカルナは一人、苛立ちを持て余しながら街に降りてきた。
苛立ちの原因はただ一つ、ムサシもパールもきっとお腹を空かせているだろうと、昨晩から気を利かせて作った料理が無駄になったことだ。パールの食欲がなくても食べれるように、がっつりしたものから軽いものまで腕によりをかけたが、彼らは朝まで帰らず、帰って来てもすぐに寝てしまった。
サラスが少しだけ手をつけたが、五人分として作った料理は当然食べきれるものではない。
季節は雨季に突入し、湿度も高い。昨晩作った料理は昼までには痛んでしまうだろう。そんなわけで騎士団の面々に頂いてもらったが、それでも食べて欲しかった人に食べてもらえなかったのは腹立たしかった。
パールが病気になってから、口ではなんと言おうが、それでも食欲の落ちた彼女でも食べやすく、かつ栄養のあるものをと考えて料理してきた。療養の基本は食事からだとカルナは考える。だというのに、その辺りの気苦労がどうにも伝わらない。パールは相変わらず食欲を言い訳にトマトを残す。トマト、美味しいのに。
思い返せば、少し前はムサシが調理場に立っていたが、最近はほとんどカルナに任されっぱなしだった。彼の料理の腕はまだまだと思う。生の卵をご飯にかけて食べようとしているのを見たときは正気を疑った。生魚が食べたいなんて不気味なことを言っていたこともある。そもそも海産物なんて滅多に手に入らないというのに。しかし調理の手間を惜しまないところは好感が持てる。小麦粉を小さい薄皮にしてひき肉を包むなんて面倒なことをよくやるものだ。ぎょーざとか言っていたあれをもう一度食べたい。
「……ムサシ……。――っ!」
自分自身の呟きに驚いて赤面する。
誰にも聞かれていなかったかと辺りを見回す。幸いにして近くに人影は見えず、カルナは安堵を漏らす。
自覚はある。きっかけに心当たりもある。
しかしサラスの騎士を目指す自分には無縁なことだと思っていたし――今でも無縁だと思う。
意中の相手は誰が見てもパールに夢中だった。こればっかりは相手が幼女趣味だったのだと諦めるしかないと言い聞かせるが、それでもふとした瞬間に彼のことを考えている。
「……不倫か……不倫ねぇ……」
昨晩の父の言葉が妙に生々しく頭に残っている。
カルナとしては、それさえも悪くないと思ってしまっている自分にそら恐ろしいものを覚えつつも、恐らく相手にそんな器用さも甲斐性もないことだけは信じられ、なんだか馬鹿馬鹿しくなって溜息をついてしまう。
「――お昼ご飯どうしようかしら?」
今度こそちゃんと食べてくれるかしらなんて考えながら、立ち止まって空を見上げる。
とてもとても穏やかな空だった。しかし雨季を甘く見てはいけない。どこからともなく雨雲はやってきて、何の前触れもなく豪雨をもたらすのだから。
「……揺れてる?」
立ち止まったことでようやく感じ取れる程度だったが、確かに大地が揺れていた。
緊張感が高まる。
カルナの知る限りで大地が揺れる現象なんて、一つの事象をもって以外でしか知らない。
それは魔法の杖が使われたときだけだ。
世界を滅ぼすに等しい爆発力でもって地面を抉ることで、大地は悲鳴を上げるように震えるのだ。
「―――――?」
しかしそれはカルナの知るものとは少しだけ違っていた。
断続的に訪れる振動は、一瞬の爆発によるものではなく、むしろ足音のようだった。
刹那、強烈な衝突音と共に、街のほうで砂煙が上がる。
「――えっ!?」
カルナのところには音と振動しか届かない。しかし何かが起きていることだけは間違いない。耳に届く音に、いつしか悲鳴のようなものが混じっていた。
腰に携えた剣がいつでも抜けるように手を添えて、カルナは走り出した。
◇
人々の逃走方向から逆走していけば、異常はすぐに見つかった。見逃すはずがなかった。
街が壊されていた。
かつて家屋だったそれらは、滅茶苦茶に吹き飛ばされて、残骸はさらに別の家屋に被害を与えていた。
初め魔法の杖が使われたのかと思った。
しかしカルナの知るそれはもっと無慈悲に凶悪なもので、こんな中途半端な破壊はしない。
次に像が街に侵入したのかと思った。
未だに絶えず足音のような振動は続いていた。しかし動物がやったにしては明確に破壊の意思があり過ぎる。例え獣でも、壁ぐらいは避けようものである。
そう考えている矢先――
「――きゃっ!?」
カルナのすぐ横の家が爆発した。
いや、中から何かが飛び出して来たのだ。
その衝撃で辺りに降り注ぐ巨大な瓦礫を、カルナは辛うじて躱しながら、
「――えっ……なに、あれ……」
それを見た。
粉塵に隠れながらも確認できる影は人だった。
「……機械人形? でも、それにしては……」
しかしその寸法は人のそれを遥かに凌駕していた。
身長が目算でもカルナの五倍はある。胴体が細い割りにに手足がやたらと太い。
「……大きすぎるし……それに……」
砂煙を割いて現れた姿は、今まで見てきた機械人形とはまるで違っていた。
それらはまだ人と遜色ない姿だった。人そのものだと言われても疑う余地もないほどだ。
しかし今、カルナが対峙しているそれは機械であることを一切隠していない。人を模しているが、明確に別の目的で作られたもの。
機械人形と言うよりも、ゴーレムだった。
「――おや? もしかして、カルナっすか?」
「――っ!?」
全く人だとすら認識していなかったゴーレムから声をかけられて、思わず恐怖から肩を震わせる。
しかしその声には聞き覚えがあった。
「……まさか、あんた、クリシュナ?」
「せいかーいっす。
いやぁ、こんな姿でも気付いてもらえるなんて、友達冥利につきるっすね。
まっ、友達だったのは姉ちゃんの方っすけどね」
「バカを言わないで! その中にいるんでしょ!? 出て来て話をしなさい!」
「んー……それは無理な相談っすね。
ウチは今からこれでお城をぶっ壊さないといけないっすから」
「――は? なに言ってんの?」
――これでお城をぶっ壊す? ……これで!?
そんなことをされたら一溜りもない。
城にはヨーダを初め総勢五十余名の騎士団が常時詰めているが、こんな規模の違う化け物と戦う準備なんてできていない。
「い、いいから、出て来なさい! あんたには話さなきゃいけないことがあるんだから!」
「んー? 命乞いなら聞いて上げてもいいっすよ?
あっ、そしたらカルナにもこれに乗せてあげるっすよ?
ヘイ嬢ちゃん、今度こそ乗らないっすか?」
「ふざけんじゃないわよ!!」
以前にも繰り返したやり取りに、つい乗っかってしまった。
失敗した。ただの売り言葉に買い言葉ではあったが、今は命乞いでもなんでもするべきだったのだ。
「ふ、ふふふ、ふふふふふっ。
残念っす。 あーあ! ホントに残念っす!
じゃっ、あの世で姉ちゃんによろしくっすね!!」
クリシュナの楽しそうな笑い声が響くと同時に、ゴーレムは手に持っていた戦斧を振り上げた。
それもまた馬鹿みたいに大きな戦斧で、それだけで辺りに風が巻き起こる。
――勝てるわけない。
カルナは死の予感から、全力で逃げ出した。
振り下ろされた戦斧は大地を抉り、撒き上がる粉塵と土石は容赦なくカルナに襲い掛かる。




