第57話 異世界からの来訪者
「どうしてあんたがここにいるのよ?」
「あらあら、せっかく久しぶりに再会できたと言うのに、そんな態度を取られると、わたくしも悲しくなってしまいますわ」
「相変わらず白々しいわね! あんたがここにいるってことは、どうせロクなもんじゃない!」
「まるで疫病神のような言われ方ですね。わたくしは貴方方のためを思ってここに来たのですが、気が変わってしまいますよ?」
わざと可愛らしく頬を膨らませるサキ。武蔵から見て間違いなく年上ではあるはずだが、そんなあざとさがまた似合っていて、ますます年齢不詳感を強める。
ただ同性のカルナからしたら、そんなあざとさが気に障ったのか、青筋を立てて今にも斬りかかりそうに柄を握る手に力が入っていた。
「カルナっ、ちょっと待ってくれ! この人は敵じゃない!」
武蔵は慌ててカルナとサキの間に割って入る。
武蔵からしたらサキは、ウェーブに誘拐され牢に入れられた際に助け出してくれた恩人でもある。カルナとはなにかしらの因縁があることだけはわかったが、サキ自身に戦う意思も見られない。だったら争う必要はないように思えた。
「はぁ!? あんた、こいつが何者なのか知ってんの!?
こいつは魔王の嫁よ!! こいつほどあたしたちの明確な敵はいないわよ!!」
木槌で頭を殴られたかのような気分だった。
カルナが言っていることが、武蔵は一瞬理解できないでいた。
「は……えっ……魔王の……嫁?」
あえてそのことをオウム返しのように口にするも、それでも理解が追い付かない。
武蔵はそう呼べる人物をもう一人知っている。しかしその人物は、今はもう亡くなり、その人物に似せて作られたアンドロイドも、ムングイ城の一室で動かないままになっている。
どういうことだとサキを見ると、彼女は染めた頬に手を当てて、微笑みを浮かべて告げた。
「やっぱり嫁なんて言われると年甲斐もなく胸が弾んでしまいますね。ただ、わたくしとしては奥さんと呼んでもらったほうが、もう少し可愛らしく感じて好ましいのですが」
「あんな殺人人形を生み出して、魔法の杖で虐殺行為を繰り返してるやつが、可愛らしさを求めるなんて、反吐が出るわ!」
「―――――」
武蔵の疑問を肯定するような発言に、もう言葉も出ない。
疑問は確かにあった。
あの着物姿の日本人はどうしてあの病院のような建物にいたのか。
そしてアンドロイドたちがどうして日本語を喋ることができるのか。
答えは実に簡単だった。着物姿のあの日本人女性が魔王の関係者だったわけだ。
「――ムサシっ!
あんたは団長とサラスに魔王の嫁が来てることを伝えなさい!
あたしがここであいつを足止めするわ!!」
「―――――どうして?」
「どうしてですって? 敵の親玉みたいな人物が目の前にいるのよ!」
恐らく、カルナは武蔵の様子がおかしいことに気付いたのだろう。
だから武蔵をここから一旦離したほうがいいと考えて、そう武蔵に指示したのだ。
「――俺が戦う」
「えっ?」
「俺には”勝利の加護”がある。
戦うなら、俺が戦うべきだ。カルナが村に戻って」
「あんた――」
帯刀した刀を抜き、サキを向かって構える。
刀を向けられたサキは不思議そうに小首を傾げている。
恐らく、サキは武蔵が戦う意思なんてまるでないことに気付いているのだろう。
武蔵はただ、サキと話がしたかった。だけどカルナはそれを許さないと思った。家族を殺した憎き敵の側近が目の前にいるというのに、冷静に話なんてできない。
「――ああっ、もう!!」
「……えっ?」
そう思っていた武蔵だったが、しかしカルナは剣を鞘に戻しながらも、その場に留まった。
そしてイライラした様子で、久しく眉間に皺を寄せながら、武蔵を睨みつけていた。
「……カルナ、早く師匠とサラスのところに――」
「行かないわよ」
憮然と、腕を組んで、梃子でも動きませんとばかりに胸を張っていた。
「ムサシ、あたしはね、初めて会ったとき、あんたが魔王の仲間なんじゃないかって思ってたわ。
だからあんたをあの動く死体がウロウロしてるあいつらのアジトに連れて行って、どんな反応するか見てたのよ」
「……………」
それはもしかしたら当たらずとも遠からずなのかもしれないと武蔵自身思っていた。
日本語が話せるアンドロイドの存在に手掛かりを感じて、すでにサラスに対して脅しのように裏切りを示唆してみせた。核兵器すら使うような連中のところに行くことに対して警戒心を持ったことと、何よりサラスを裏切りたくないという気持ちから一度は捨てた考えだったが、それでも帰る方法を探すことを諦めたわけではない。
それが魔王のところにしかないのであれば、武蔵は魔王のもとに向かわないとは言い切れなかった。
「それは今だって変わらないわ。あんたは相変わらず得体の知れないやつよ。
だけど、それでももうあたしたちは今日までのあんたは知ってる。あんただって今日までのあたしたちを見てきたんでしょ。だから今更、見境なくすんじゃないわよ」
信用しているとも、信用していないともとれない不思議な言葉だった。
だけど、そう言ってカルナは敵前で剣を納めた。それは武蔵の立場を思いやり、温情をかけてきたということに他ならない。
カルナに感謝しつつ、武蔵もまた刀を納めて、それでも相対するようにサキの正面に立つ。
「話し合いは終わりましたか?」
両指を合わせて、いじらしさを装いながら、じっと待っていたサキは、向き直った二人に対して微笑んだ。
確かに敵対するような素振りは微塵も見えないが、それでも武蔵は自分を言い聞かせる意味合いも含めて、改めて口にする。
「あんたらが核兵器を使ったってのは、事実なんだな」
「――はい。わたくしとしても、不本意ではありますが」
サキに初めて憂いのような表情が見えた。
それは本当に口にした通りに感じているからだと言うような表情だったが、それは被害者にとっては逆撫ですることに他ならない。
「不本意っ!? 不本意ですって!? あれだけのことをしてるのに、あれがあんたたちにとっても不本意だって言うの!? それでいったいどれだけの人が死んだと思ってるの!?」
「本当に、申し訳ないことをしていると思ってます」
剣に手をかけて今にも襲い掛かろうとするカルナだったが、それを歯を食いしばって耐えている。
憎くて仕方がないのに、それでもこの場は譲ると決めた彼女の気持ちが痛いほど伝わり、武蔵は話を急ぐ。
「異世界転移実験ってなんだ?」
サキがますます暗い表情を浮かべる一方で、サキ以上に反応を示したカルナ。いぶかしそうに見つめてきていた。恐らく彼女には初めて聞く言葉だったのだろう。
「あんたらがそのために核兵器を使っているって聞いた。そのための実験なんだって。
じゃあ異世界転移って、なんだ?」
「――そうですね。やっぱり武蔵君にとっても他人事ではないのですね。
わたくしも武蔵君には聞いておきたいことがありました。ですから、ここで一つ、お互いの置かれている状況を確認しましょう」
その言葉はすでに武蔵には確認に迫る言葉ではあった。
それでもサキがあえて口に出して確認しようとしているのは、武蔵が先ほど核兵器を使用したかどうか聞いたのと同じ理由だろう。
「――武蔵君は、この世界とは別の世界から来たのではないですか?」
わかり切っていた質問内容ではあった。それでも思わず息を飲んでしまう。
サキにもそれが答えだとわかったのだろう、ただ「どうして」と呟いていた。




