第51話 乾き、ひび割れ、気付けずに
サラスに石を投げた犯人は見つかり、その本人もパールとの会話のなかで母親の死に対して何らかしらの折り合いがついたのか、今ではパールと一緒に楽しそうに会話している様子をよく見かける。
パールにも初めての友達ができた。それ自体も武蔵にはとても喜ばしいことだと感じている。ただ一人だけ納得していない様子のシュルタは憮然とした態度で、パティとパールが楽しそうにしているのを遠巻きに眺めていた。
「混ざったらどうだ?」
「なんか入りずらい」
「あー、その気持ちはよくわかるな」
真姫とものりとリオの三人でガールズトークを繰り広げている最中はどこか男子禁制な雰囲気を感じて距離を置いていた。どこどこの服が可愛かったなどの会話に付いていけないのももちろんだが、それ以上に誰と誰が付き合ってて別れてだの話しているのはなんとなく聞いてはいけない気分になる。
「なあ、変態」
「その呼び方を貫くなら、俺も道化少年って呼ぶぞ」
「……変態は、騎士団員なんだろ? 騎士団に入ったら、強くなれるのか?」
道化少年と呼ばれるのは構わない様子。年相応に反抗期っぷりにどうしたものかと溜息を吐きながらも、それでも武蔵はシュルタがなにを考えているのかわかった。女の子の前にカッコつけようとしてそうなれなかったことに拗ねている。その気持ちは真姫が見ている剣道の試合で盛大に負けてばかりだった武蔵には痛いほどよくわかった。だけど拗ねていても仕方ないこともわかるから、せめてどうにか強くなりたいと足掻きたいのだ。
「……俺は強くないからな」
「んなことわかってるよっ。
けどよ、今の団長は歴代で最強だってナクラが言ってたから」
「ナクラが?」
ヨーダを戦場から逃げ出したと責めている光景が思い出される。以前、ヨーダとナクラの間になにがあったのかはわからないが、もしかしたらナクラはヨーダのことを慕っていたのかもしれない。そんな慕った人物が戦場から逃げたと知れば、ナクラがヨーダに対して抱いている感情もわからなくはない。
「女神様に愛されてんだろ。勝利の加護っていうんだっけ? 羨ましいよな。オレも団長の下で修業したら、女神様の求愛を受けられるんかな?」
「―――――」
「なあ? どうなんだ?」
「――強いってのは、そういうんじゃないと思うよ」
「あん?」
「弱いことを自覚して、何が怖いことなのか知って、それでもなお強くあろうとすることが本当の強さだと思う」
ヨーダと、そしてカルナの姿を思い浮かべる。
武蔵に、そしてサラスに二人が語った姿は、決してシュルタが思う強さとは違うものかもしれないが、それでも武蔵はあの親子の姿が何より強いと感じられた。
「シュルタが、もし自分が弱いって思ってて、それでも戦う覚悟があるなら、騎士団に入ればいいと思う。
それだけでも、十分強さだと思う」
「そう、なのか?」
実感がないとばかりにぽかんとした表情をするシュルタに、武蔵は「そうだよ」と念押しをする。
そう、それだけで十分強いことだと思うから――武蔵はあえてヨーダに追求しないでおこうと考えた。ヨーダにも色々な過去があって、そして今があるのだろうから。それは武蔵が問い質すべきことではないと思った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ロボク村の子供たちは着実に災害から立ち直り、それぞれが前を向いて歩き出そうとしていた。
しかし一方で村を取り巻く状況はほとんど変化がなかった。サラスに石をぶつけてきたのはパティだけだったが、村人の幾人かはパティと同じような感情を抱くものも少なくはない。
何よりも村人が鬱積が溜まる要因となっているのは、水不足の状況にあることだ。
サラスが治めるムングイ王国は小さな熱帯の島国であり、一年を通しての降雨量が雨季と乾季で明確に差が出てしまう地域であった。人々は雨季に降る雨を貯水池に貯めて、乾季にそれを放流することで水資源の確保をしてきた。
魔王の杖を使われたのがちょうど雨季から乾季へと移り変わる境目であったことが災いした。放射能と言う存在を認識しているものはいなくても、国民の大概は過去の経験から魔王の杖が使われた地域の水は毒に汚染されるということを熟知していた。当然、ロボク村が確保していた貯水池も使用できないと判断されてしまったわけだが、しかしそれでは人々の渇きを癒す術は他所から補うしかない。
現状、近隣の村々にも貯水制限を強いてロボク村へ給水車がピストン輸送しているが、それでも追いつかないばかりか、徐々に近隣の村々だけでは補い切れない状況にあった。
「確かに潮時かもしれません……」
いつまでも維持を張っていられる状況にないことは、ナクラ自身もわかってはいた。
彼自身もいずれは一度村を捨て、避難せざるを得ない状況になるとは認識していた。しかし反王国意識を根底にして興した村の住民に対して理解を得られるには、いささか時間が必要だった。
止むを得ないと、村人のプライドを捨てさせるだけの時間を稼ぐために、さらに被害を拡大させていると自覚しつつも、今の自分ではそれだけの訴求力もないこともまた十分理解していた。まだ弱い自分に悔しさを覚えずにいられない。
サラスの再三の避難提案に対して、ナクラはロボク村村長の顔色を伺いながらも、そう告げた。ロボク村の主な治世は、いくつかナクラに委任されてはいても、結局はその年老いた村長が握っているのだ。
村人のプライドも大事ではあるが、命のほうが大事である。皆が散り散りになったとしても、人がいればいずれまた村を再興することも可能だろう。しかしその命も尽きてしまっては、今後、再興の芽すら無くなってしまう。
「ならぬ」
「村長っ!!」
しかしそんな状況においても、未だ異を唱える村長に対して、ナクラだけでなく、その場に居合わせているサラスもまた声を合わせて彼に呼びかける。
「もう村人も限界です。これだけの病人を抱えているのに、生活用水が不足していては、よくなるものもよくなりません。いいえ、下手をすればこれからももっと病人が増えるかもしれません」
「決して悪いようにはさせません。ですから、どうか避難をお願いします」
「ならぬ」
「村長っ!!」
ここまで意固地になる理由が、ナクラにもわからなかった。
古くから生活をしてきた愛着のある土地というわけではない。せいぜい興して五年のまだまだ発展途上の村だった。確かにそれなりの苦労もあり、ようやく安定した生活ができるようになった土地でもある。それでもこうなっては、皆で新しい地に移り住むほうがよっぽどマシではないか。
まさか、本当に全員が滅びる日を待とうとしているのではないだろうかと、ナクラは村長が以前口にした言葉を思い出した。
「……水不足の問題なら、直に解決する」
「なぜです?」
「古い行商人の知り合いを伝って、大型の貯蔵水槽を積んだ馬車をこちらに運ばせている。それが到着すれば、全て無事に解決される」
初耳だった。サラスも内容の真偽を確かめるためか、ナクラに視線を送っていた。本当にそんなものが届くのか、そもそも問題は水不足だけ限らず、土壌汚染の問題やら病気を患ってしまった村人のこともあるわけだが、それでも村長がそう言うのであれば、それを待つ他ない。
「わかりました。それの到着を待ちましょう。しかし、それでもなお問題が解消されないようであれば、その際は――」
「そのときはお前に全て任せる」
「……わかりました」
数日前まで消え入りそうだった老人が、それでもここに来て力強い言葉を発するに、本当になにか策があるのだとナクラは考えた。今はそれを信じるしかない。
「サラス様、貴方も王城を離れて久しい。他の政もある身であることは重々承知してはおりますが、もうしばらく様子を見て頂けないでしょうか?」
「……わかりました。もうしばらく様子を見ます」
サラスは深々とお辞儀をした。こちらがお願いしている立場だと言うのに、まるでサラスの方が弱々しくお願いしているようだった。
治療痕の包帯が妙に痛々しい。数日前に怪我をしたと聞いた。それ以来どこかサラスの様子が心ここにあらずであることにナクラは気付いていた。しかし心労の原因となっている自分たちが気遣うのもおかしな話だと、なにがあったのか聞けず仕舞いだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
実際のところ、サラスはこのとき少しだけ安堵していたのだ。
何かしら事態が進展してしまったら、武蔵とのことをも何かしらの結論を出さなくてはいけない気がしていたのだ。
武蔵が、何の気もなしに自分の頭に触れたことは、理解はしていた。
武蔵はこことは違う、全く違う文化の国から来た人間である。サラスたちと習慣や価値観が違うことは、それこそ出会ったときからわかっていたことだった。
しかしそれでもである。それでも、将来、自分の頭を触れる人間がいるとすれば、それは生涯の伴侶となる人であろうと考えていた。それが誰で、どんな人であるか、考えて胸を弾ませていた。年相応に――いいや、それこそ周りに同年代の異性と呼べる人がいなかった分だけ、年相応以上にサラスはやや恋愛事に対してはロマンチックな幻想を抱いていた。恋愛事はそれこそ普通の女の子がするもので、自分から遠いところのように思っていて、だからこそ憧れだけは胸いっぱいにあった。このときはまだ恋に恋する女の子のような状態だった。
武蔵に頭を触れられた瞬間、もしかして、だって、でも、どうして、だけど、まさか、それでも――言葉にならない言葉で頭が破裂した。
今はそんなことを考えている場合じゃない。
国の象徴として、国民のことを第一に考えて、延いてはまずはロボク村の人たちのことを考えなくてはいけない。
そう思いながらも、サラスは武蔵のことばかり考えてしまっていた。
だからだろう、サラスはこのとき、大切な違和感を見逃してしまっていた。
サラスはすでに国中からありとあらゆる伝手を使って給水車を集めたはずである。では、村長は一体どこからそれを手配したのか。
サラスは、それを目にするまで、その違和感に気付けなかった。




