第52話 水来たれて過去流れず
救援部隊の半数以上が引き上げられたのは、武蔵達がロボク村に入ってから実に一ヵ月半も経ってからのことだった。人命救助活動が終わり、爆発の余波で倒壊した家屋の瓦礫撤去や補強活動も目途が立ち、あとは病人の介護と自活できるまでのほんのちょっとしたお手伝いを残すのみとなり、これ以上駐留しても村人の生活を圧迫するばかりだと判断された。
あとは医療に精通しているサラスを中心とする衛生兵チームと、その護衛を兼ねた武蔵達を騎士団員数名を残すばかりとなった。
しかし、ここまでくると力仕事をメインとする武蔵達にできることも少なく、
「で、あんた、サラスになにしたわけ?」
結果的にカルナからのこうして執拗な追求をかわす手立てがなくなってしまった。
実にのどかな昼下がりの村はずれ。近くでパールとパティが楽しそうに武蔵が教えた影踏みに興じていた。やや離れたところでは、スタート直後に女の子二人に挟み撃ちされたシュルタが不貞腐れて座っていた。一緒に混ざればよかったと、今更ながら子供相手に遠慮してしまったことを後悔する。
「ナニしたわけっ?」
カルナがこうもしつこい理由もわかる。
武蔵がサラスの頭を触って以来、サラスは徹底的に武蔵を避けていた。半径十メートル以内に近付こうものなら、全力で逃げ出す。武蔵としても、サラスが完全に武蔵のことを意識してしまっているのがわかってしまった手前、彼女とどう話をしていいかわからなくなって無理に追いかけることもできないでいた。
お陰でサラスと話し合いをする機会が得られず、周りからは不審がられ、そしてカルナからはこうした責めを受ける日々である。
「オヤ、村ノ中央ガ騒ガシイナー」
時間が解決してくれる問題なのかもわからないが、かと言ってカルナに相談することも憚れた。
武蔵は半ば強引でもカルナと距離を取ろうと、ふらりとその場から立ち去ろうとする。
「ちょっと待ちなさいよ!」
しかしカルナも強情だった。サラスのことに関しては特にその傾向が強い。
カルナはずいずいと武蔵のあとを追随する。なまじ、先日、サラスに大見得切ってしまった手前、彼女本人から話を聞くわけにもいかず、ヨーダとも冷戦状態にあるため、カルナとしても追及の矛先を武蔵に向ける他ないのだろう。
「そうやって誤魔化すってことは、何かしたんでしょっ?」
「イヤ、本当ニ、何ガアッタンダロー」
「どうせまた非常識なことしでかして、困らせてるんでしょ? あんたいい加減、あたしたちの常識ってもんを身につけたらどうなの?」
図星過ぎる指摘に歩く速度も増す。勘が鋭いのか、カルナの言葉はちょくちょく的を得ている。当事者でもなければ武蔵も関心していたところだ。
そうして騒がしいとは言い難いまでも、ざわめき響く村の中心までやってきて、
「って、うわ、なにこれ!?」
ただ逃げる口実のためだけに物音頼りに訪れた場所には、想像だにしてなかったものが鎮座していた。
さすがのカルナも、それには武蔵への追求を一時中断さぜるを得なかったようで、驚きの声を上げていた。
どよめきもそれを囲った村人たちの戸惑いの声であった。
そこには全長が大人の身長の凡そ三倍はありそうな大きな桶のようなものがあった。
たった今運び込まれたばかりなのだろう、四頭立ての馬車に繋がれたそれは、武蔵は現実世界のトラックを思い出させた。
「はい、はーい、みなさーん、念願のお水の到着っすよー、新鮮でおいしいお水の到着っすよー。のどカラッカラッしょ。とりあえずここに置いとくっすよ」
その超巨大荷馬車を操っていた赤毛の少女が御者台から飛び降りて、その場で商売の呼び込みでも始めるかのように腕を広げた。
御者台に乗っていたのはその少女一人だけだった。つまりその少女が一人で四頭の馬を操って巨大荷馬車を運んできたということだが、それにしてはあまりに小柄で華奢な少女だった。長い赤毛を一本で編み上げているところも含めて、御者をするにしては幼過ぎる印象だった。
「これ、本当に全部水か?」
「そっすよー。あっ、いっぱいあるからって無駄使いしちゃだめっすよー。大事にするっすよー」
赤毛の少女の言葉とは裏腹に、その肯定の言葉に村人から歓呼の声が上がる。
これが何日分持つかはわからないが、それでも今まで運ばれて来た給水車とは一線を画する物量に、興奮を抑えきれないのもわかる。
「あーあー、みんな欲望に忠実っすねー」
そう言いながらも一仕事やり切った満足感からかニヤニヤした表情を浮かべていた。
赤毛の少女は御者台からこれまた重量がありそうな麻袋を取り出して背負うと、未だ桶を取り囲んで歓声に沸く村人をかき分けて武蔵達のところに来た。
「あー、ちょっとそこの夫婦さん、悪いっすけど、村長のところに案内してもらってもいいっすかー。この荷物も届けないといけないんっすよ」
「……って、誰が夫婦だっ!」
一瞬誰のことを言っているのかわからず、当たりを見回す武蔵だったが、それが武蔵とカルナのことを言っているのだと気付いて思わず突っ込む。
「あれ、違ったっすか? お似合いの夫婦に見えたんすけどねー」
「どの辺りを見てそう思ったんだよっ」
「あー、お兄さん、だったら早いとこ手つけちゃったほうがいいっすよ。こんないい女、なかなかいないっすよ」
言いながら赤毛の少女はいやらしい笑みを浮かべながら、片手で器用にひょうたん型を描いていた。
確かにカルナのスタイルのよさは身に着けているビキニアーマーのせいもあって丸見えであって、大分その恰好に見慣れた武蔵でさえも改めてそう意識させられると赤面してしまう。
――ただでさえ、今はややこしいことになってるのに、これ以上ややこしくするのはやめて欲しい。
そう思いつつ、武蔵はカルナを横目でちらりと確認してしまうのは、別にカルナのスタイルを改めて確認しようとしたわけではなく、ここまで言われても何も言い返さない彼女に違和感を覚えたからである。
カルナは、目を丸くして、口も半開きで、本当に驚いたという表情で少女を見つめていた。
少女もそんなカルナを怪訝に感じたのか、目を細めてカルナを見つめ返す。
「……アルシュナ?」
しばらくそんな見つめ合いが続いたかと思えば、カルナがぽつりと呟いた。
少女の顔がますます怪訝な表情に歪んでいく。
「――もしかして、カルナ?」
呼ばれたカルナはびくりと肩を震わせた。
「……へー、ふーん、そーかー」
赤毛の少女はカルナを値踏みするような目付きで、彼女の頭の先からつま先まで眺め回すように見つめて、そして、
「生きてたんっすね、カルナ!!」
感極まったとばかり、カルナに抱き着いたのだった。
武蔵は事態が把握できずに、ただただ呆けた表情で二人の様子を見つめるばかりだった。
一方、当事者のカルナは武蔵以上に呆けた顔をしていた。まるで本当にどうしていいかわからないというような、そんな戸惑いの表情だった。




