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第15話 ホラーロリータへようこそ

 初めて着た甲冑はとても暑く、全身の汗腺は最大限開き切ってしまったようで流れ出る汗は留まるところを知らない。

 夏場の剣道着もなかなかのものではあったが、そんなものは今後一切気にならなくなる程度には酷い蒸し風呂状態だった。


 ――脱水症状で倒れるぞ、これ。


 カルナやヨーダをはじめここの戦士がどうしてあんなにも露出度の高い恰好をしているのかわかった。


「カルナ、これ、取る」


「ダメよ。あともう少し離れなさい。また叩き落すわよ」


「――無茶言うなって」


 現在、武蔵はカルナが駆る馬に乗って草原を驀進中だった。


 ちなみに馬に乗ったことも初めてだった。


 出発前、ただでさえ重い甲冑でバランスが取れないもんだから、落ちないようにカルナにしがみ付いたところ彼女の胸を鷲掴みしてしまった。

 甲冑を着ていなかったらどうなっていたか、ボコボコに凹んだ甲冑が容易にその結果を想像させる。

 ちなみにアーマーの上から揉んだカルナの胸はとても硬かった。ボコボコにされるだけの得もない。


 ――まあ、でも、とても大きいのはわかった。


 これは口にすると本当に命に関わるので、武蔵は胸中だけで呟く。


「これ。場所。なに?」

「なんですって?」

「場所。行く。なに?」

「行けばわかるわ」

「時間。なに?」

「二時間くらいかしら」


 移動速度自体はせいぜい自転車で走る程度なので二時間で40キロくらいだろうか。

 この世界に来てから桁違いの遠征だった。


 行って帰ってくるで日の入り前に帰ってこれるかどうかだろう。


 ――まさか外泊ってことはないだろうな。


 辺りを見回してみても宿泊できるところはなさそうだった。


 それどころか日本ではまずお目にかかれないほどの壮大な草原だった。

 至る処に生える木々で地平線こそ拝めないが、起伏が少ない平坦な原っぱは童心に帰って走り回りたくなる。


 そして草原の遥か先に一際目につく大きな山が見えた。

 近くに比較できる山が見えないこともあり、その山は富士山を思い起こさせる。


 ――パールの持ってた絵本の山ってあれだろうな。


 記憶のなかに残っている絵本と山を重ねてみるが、ほぼ間違いなさそうだった。

 ついでに絵本に出てきた山を抱える女神様も一緒に想像してみて、そのあまりのスケール感に可笑しくなる。


 ――女神様、でかすぎ。


 絵本では伝えきれていない迫力がそこにはあった。


 そんな武蔵を観察しているカルナに気が付いた。


 カルナはいつの間にか険が取れて心なしか笑顔が感じられる表情を浮かべていた。

 たぶん自分も似たような表情をしているのではないかと武蔵は思った。


 普段知っているカルナの表情とは全く違うそれを、武蔵はとてもよく似合うと感じた。


 いつもそんな表情をしてればいいのにと、武蔵は思うのだった。




      ◇




「着いたわ。頭下げて」


 時計がないので二時間もかかったのかわからなかった。

 思ったより早く着いたと感じたのは、景色を眺めているのが楽しく感じていたからだろうか。


 平原を移動していたかと思えば、気付けば森に入っていた。


 草原が徐々に木々の密度を上げていき、気付けば森に迷い込んでいた。

 そんな印象を抱きながら森を進むことしばらくして、それは唐突に終わっていた。


「なんだここ?」


 森がなぎ倒されていた。


 それまで鬱蒼としていた木々は途端、枯れ木に変わり果てて無残に打ち捨てられていた。


 そしてそこから先にはなにもなかった。


 草木一つ残っていない。荒れ地が延々と続いていた。


 まるでなにかに薙ぎ払われたような突拍子のなさで、はっきりと森と荒野を分けている。

 そこはそんな場所だった。


 馬を降りると、カルナにすぐさま肩を押さえつけられて屈めさせられた。

 何かから隠れるように薙ぎ倒された大木の影に押し込められた。


「あまり頭は出さないで。ゆっくり向こうを見る」


 向こうとは荒野のほうだ。


 声を潜めて指示を出すカルナに、武蔵も異様なものを感じて無言で頷く。


 そして言われたとおりにゆっくりと大木から顔を出す。


 ――学校かな?


 荒野の先。

 ただひたすらに何もない平地に長方形の型物が見えた。


 コンクリートで建てられたそれは、武蔵には非常に馴染みのある形をしていた。


 側面がびっしりとガラス張りの窓になっている。ガラスの向こうには誰かいるようで、遠目に人影が伺えた。

 白い外壁はなんとなくお堅いイメージを持たせて、武蔵にはそれが学校、あるいは病院のように見えた。


 とても違和感を感じた。


 ――なんであの建物だけ現実的なんだ?


 すぐに違和感の正体に気付く。


 ここに来てから見かけた建物と言えば、目下武蔵のホームともなっている石造建築の寺院。その近隣の町々はすべて茅葺屋根の木造建築だった。


 武蔵からしてみれば凡そ古い時代に建てられたもののような印象があった。


 しかし今武蔵が目にしているのは、ふとすれば懐かしさすら感じられるほど馴染みのあるコンクリートの建物で、ここが日本であれば全く違和感がない。


 だけどここは日本ではない。

 だから違和感に感じるのだ。


「カルナ、あれ、建物、何?」


 疑問を口にする武蔵に対して、しかしカルナは首を振る。


 カルナが連れてきたくせにと思っていると、彼女は武蔵になにかを差し出してきた。


「望遠鏡?」


「ボウエンキョ?」


 カルナにその日本語は通じなかったが、筒状のそれは望遠鏡に間違いなさそうだった。


 受け取って覗き込む。


 武蔵が知っているそれらと比べると、なんとなく視界は濁っている上にぼやけて見づらかったが、それでも建物の中を窺うには十分だった。


「――メイドさん?」


 窓ガラスの向こうに見えた人影はメイド服を着た女性だった。


 パールやサティが着ているものと同じメイド服だった。


 ――ここってメイドさん養成所かなんかかな?


「カルナ、これ見る、わからない――」


 カルナに投げかけた言葉は、しかし彼女の視線で尻すぼみになってしまう。


 カルナはいつになく真剣に武蔵のことを凝視していた。


 それはなにかを見定めようとしているような目だった。


 武蔵がこれを見て、どんな反応をするのか、どんな小さい変化も見逃さない、そんな意思がありありと籠った目だった。


 ――これでなにかわかるのか?


 武蔵にはさっぱりわからなかったが、もう一度だけ望遠鏡で建物を見る。


 カルナが武蔵のことを見定めようとするように、武蔵もまたそれでなにがわかるのか探すように、建物を再度細かくチェックしていく。


 そして、気付く。


 人影はメイド服を着た女性たちともう一つ。


「なんだ、あれ?」


 俯き加減で、千鳥足の、酔っぱらいのような動きをしている人がいるのを発見する。


 ――いや、酔っぱらいというより、あれって、よく映画とかで見かける……。


 ふと、その酔っぱらいが顔を上げて武蔵のほうを見た。


 単に気付かれたわけではなく、ただの偶然だったであろうその動きで――


「――うっ!」


 武蔵はその人物の顔を直視して、思わす望遠鏡を取り落とす。


 あまりの気持ち悪さに胃から込み上げてくる酸っぱいものをどうにか飲み込む。


「か、顔がっ!」


 思い出してまた吐き気が込み上げてくる。


 その顔は、腐っていた。


 眼球はなくなり、顔の上半分はぽっかりと二つの空洞が占めていた。

 鼻は削げ落ちていてのっぺり平坦となっていて、

 口は閉ざす筋肉がすでに機能していないようで、異常なほど伸びた舌が垂れていた。


 ゾンビ。


 それは映画やゲームでよく見かける、ゾンビそのものだった。


 その建物は、メイドとゾンビが共存する、とてもメルヘンな場所だった。

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