第14話 はじめてのおるすばん
この一ヵ月、ほとんどの時間をサラスと一緒に過ごしてきた。
サラスはそれこそ家庭教師役として四六時中と言っても過言でない時間を武蔵に費やしてきた。
だから武蔵は、サラスが普段なにをしているのか気にしたことがなかった。
「私はしばらく出かける。ムサシはここにいる。留守番。留守番」
「留守番、留守番――えっ、留守番?」
意味を理解して、最後の「留守番」は思わず日本語が出てしまった。
「うん、留守番。ルスバン? ムサシはここにいて」
「何、時間?」
「一週間くらいかな」
想像以上に長い時間を言い渡されて愕然とする。
「なんで? 一緒に行く」
初めての留守番を言い渡された子供みたいと思ったが、武蔵の心境としてはそれと大して変わらない。
多少の会話はできるようになったけれども、それでも聞き取れない言葉はまだまだ多い。
サラスみたいに会話しようという意識でゆっくり繰り返し喋りかけてくれればいいが、大概の人はそんなに根気強く武蔵と会話しようとしたりしない。
他人とのコミュニケーションはサラスの仲介で成り立っている側面がまだまだ強いのだ。
「一緒はだめ。危ないところだから」
駄々をこねる子供を叱るように、サラスは武蔵の願いをピシャリと遮る。
しかしそれを聞いた武蔵としては余計に気かがりになる。
「危ない、から、一緒に行く」
「守ってくれるってこと? その気持ちはありがたいけど、守れるところでもないのよ」
――守れるところでもない?
不思議な言い回しに聞こえたのは、武蔵の語学力の問題か。
つまりは初めてはっきりと力不足を告げられたのだ。
それは武蔵としてはわかり切っていたことではあったけれども、少なからずショックではあった。
「それにヨーダも一緒だからね。こっちは大丈夫よ」
それは確かに安全だと思う以上に聞き捨てならない内容だった。
――え、師匠もいなくなるの?
「ここ、誰、いる?」
「あとはみんないるよ。カルナとパールとサティ」
「えー……」
思わず不満が口に出る。
武蔵がヨーダに剣の教えを請いだからか、サラスに次いでヨーダが二番目に武蔵のことを気にかけてくれていた。
それこそ武蔵からしたら、お母さんとお父さんのような感じだ。
その心の拠り所トップ二人がいなくなるとすれば、武蔵としても不安はさらに高まる。
「あ、こら、仲良くしなさいっていつも言ってるでしょ。
パールは……まぁ、難しいところはあるけど、素直でいい子なのよ。
カルナだって本当は面倒見がいいのに、どうしてムサシにだけツンツンしてるんだろうね?」
「俺が問題?」
「二人も問題だけど、でも仲良くする気持ちがなければ仲良くなんてなれないのよ」
一理あるけれどもそう簡単な話じゃないと心の中だけで反論する。
「とにかくいい子に、ルスバン、してね」
実はサラスも母親役が満更でもないのではと感じつつ、武蔵も「はーい」と拗ねた子供のような返事をするのだった。
そうして武蔵の初めてのお留守番がスタートした。
◇
サラスに言われたのもあって、武蔵はこの機会にほとんどコミュニケーションを取ろうとしなかった二人と仲良くしようと試みた。
差し当たり食堂でお絵かきに興じていたパールを見つけて声をかけてみた。
「ハロー」
「……………」
分かりやすいほど嫌な顔をされて、早くも心が折れそうになる。
「なに、描く?」
「――っ!」
描いていた絵を覗き見ようとすると、パールがその絵を慌てて抱き寄せて隠してしまった。
武蔵はそれに対して「なんだよ見せてくれよー」なんて馴れ馴れしくも無粋な手段を取らない。
それでますます嫌がられそうなのは目に見えていたし、なによりパールが描いていた絵を武蔵はしっかり見ていた。
「お母さん、好き?」
「……………」
フリフリの服装をした女の人と全く同じ服装をした女の子。
そんな絵がそこに描かれていて、一発でそれがパールとサティを描いたものだとわかった。
小さい子には好きなものの話を聞くに限る。
大人から小さな子供まで通う剣道場で培った武蔵の経験則だった。
しかしパールは伏し目がちで先ほどよりもさらに嫌そうな顔を浮かべていた。
「……お母さんなんて、大っ嫌い」
「えっ?」
珍しく聞いたパールの声は、それは怨嗟すら滲むような、そんな暗い声だった。
そしてパールは抱えた絵を放り出して、食堂から飛び出して行ってしまった。
「大っ嫌い?」
武蔵はパールが残した絵を拾い上げて、もう一度その絵を見る。
その絵の中では、サティもパールもとても笑顔で、仲良く手を繋いでいた。
「うまく描けてるじゃん」
大っ嫌いの意味に困惑して、武蔵は頭を傾げるのだった。
◇
「――と、そんなことがある。どう?」
「なにが?」
カルナの舌打ち混じりな返事は心底嫌そうで、武蔵の心はそよ風でさえもポッキリと折れるところまできている。
「パール、サティ、仲悪い?」
それでもサラスの「仲良くしなさい」を頭でリフレインさせて、武蔵は懸命にカルナとコミュニケーションを図る。
ただ話題が浮かばなかったので、思わず先ほどのパールとのやり取りをやり玉に挙げたの武蔵としてもどうかとは思った。
「仲悪そうに見える?」
溜息をついてからそれでもやや棘が取れた返事が返ってきたことに武蔵は少し驚いた。同じくサラスから「仲良くしなさい」と言われているに違いない。
「見えない」
「じゃ、そうなんでしょ」
カルナはこの会話はここまでとばかりに武蔵から離れるように歩き出す。
「あ、待って」
ただ武蔵としては思いがけずカルナが会話に乗ってくれたことが嬉しくて、ここで終わらせるのが惜しいと思えた。
「なによ?」
「二人のこと教える」
再び溜息をつくカルナだったが、それでも歩みは止めている。
武蔵が聞き取りやすいようにややゆっくり喋っている節も見られて、サラスが言う通り本当に面倒見はいいのかもしれないと思った。
「あたしも知らないわ。あの二人とは一年くらいしか一緒にいないし」
「そうなの?」
「一年前に突然サラスが連れてきたのよ。誰かさんと同じでね」
意外な真実だった。あまりにも自然に役割分担されているので古くからここで暮らしていると思っていたのだ。
ということは――。
――あの二人も、俺と同じでサラスに呼び出された可能性がある?
「ただ誰かさんと違ってあの二人は――」
そこでカルナは突然言葉を区切る。
口元に指を当てて、なにかを考えているようだった。
「あの二人は?」
「……あの服装。わかるでしょ?」
「メイドさん」
「メイドサン?」
「メイドさん」をここの言葉でなんと言えばいいかわからなかったが、そもそもカルナが求めていた回答はそれとは違ったようだった。
「本当にわからない?」
「――?」
――あの服装でメイドさん以外になにがあるのだろうか?
「――ちょうどいい機会ね」
カルナは武蔵の眼を真っすぐに見つめた。
凡そ初めて向けられたそんな眼差しには、今までのそれに含まれていた警戒感や嫌悪感というものがなかった。
だけど武蔵は別の意味で身震いを覚えた。
とても嫌な予感がした。




