第二話 妻の興味
これからファルアルスのことは基本的に愛称のファルスと表記します。
では、第二話です。
よろしくお願いします。
「なぁファルス、あの子かわいいと思わないか?」
「はぁ? 何だよ急に」
ここは町の中央広場にある大衆食堂。中央広場は多くの人が商売を行う場でもあり、若者が好みの女性を探す場でもある。町の中でも非常に活気のある場所として、ここでは人が絶えず行き交っていた。
その広場の端にありながらも、全体が見渡せる大衆食堂に2人の青年がいた。年齢は17か18歳、よくて19歳といったところだ。
ファルスは友人がこっそり指し示した先を、また始まったかと半ばうんざりしながらもそれでも軽く見やる。その先には3人の女の子たちが、広場の一角にある露天商で装飾品を楽しそうに見ているところだった。
なるほど確かに3人とも綺麗な子やかわいい子たちだ。ここは友人の肩を持ってあげようとファルスは考えた。
「気に入った子がいるならその場で声をかけるのがドラン流だろ? ほら、行こうぜ」
「よっしゃ! さすがだファルス! 成功したらおごってやるよ」
ドランと呼ばれた青年はファルスの付き合いの良さに感謝しつつ、喜び勇んで彼女たちの元へと向かった。
ドランはファルスが5歳になる前に町で知り合って以来の仲であり、悪友といえる関係だ。身長は180cm前半で、もうすぐ後半にも届くであろう長身で体格もいい。その体格に見合う豪快さもあり、短めの髪も合わさって爽やかな好青年だ。
対してファルスは170cmには届いているが体格も平均的。これは本人も自覚していることだが、女性に興味があるが恋愛経験などないので、女性を前にすると緊張して途端に口下手になる。
だからこういう場合はいつもドランに一任し、上手くいったら自分だけさっさとどこかへ時間を潰しに逃げるということを繰り返していた。
「なぁ君たち。」
ドランに呼ばれて3人のうち1人が気付いた。
「何かしら?」
その表情にはナンパを持ち掛けられていることに気付きながらも、余裕の表情が伺える。ずいぶん自信のある女性らしい。確かに綺麗なブロンドの髪だが、勝ち気な雰囲気を醸し出すこの女性は自分にはハードルが高いと感じるファルス。
「俺の名はドラン。こいつはファルス。」
ドランがそう自己紹介から入ってから3時間後、ある宿屋前
陽はもう随分と傾いてきている。
「よぉファルス、お前は収穫なしか?」
宿屋と見れる建物から通りに出てきたドランに、ファルスは苦笑いで返す。ファルスの周りに女性の影などなく、周囲にはわらを乗せた馬車や片付けに取り掛かっている八百屋などの商売人、それと何人かの通行人がいるだけだ。
ドランの隣には先ほどの勝ち気な印象を与えてきた女性がいるが、もはや先ほどの面影などなく乙女の表情をしている。ドランの手腕には舌を巻くばかりだと改めて思う。
「ま、生きてるうちにいい出会いがあるって」
「それを願うしかないか……」
「あぁ、今夜にでも月に願っとくといいな」
この世界では宗教などといったものは一般的ではなく、神という存在にすがる考えは人々にはなかった。
しかし月が神の代わりのような役割を担っており、何か想いがあればその都度月がその対象となっている。ファルスはさっそく今夜にでもと考えていたが思考が急に断ち切られた。
「おいクラリス、その男は誰だ? お前に兄弟はいないよな。どういうことだ」
唐突に声をかけてきた人物の方に目を向けると、ドランの隣にいる女性に話しかけている男性がいた。その顔つきはとても穏やかとは言えない。その後ろには他に4人の男がおり、全員で5人。どうやらやっかいな事になりそうだなと心中で考えるファルスをよそにドランは気軽な表情を浮かべている。
「なんだララ? 知り合いか?」
「え、えぇ……」
クラリスと判明した名前の女性にいつもの調子で話しかけるドラン。クラリスは顔を青くさせている。
「お前! クラリスを気安く呼ぶな!」
「ふむ……お前がララが言ってた男か。悪いが彼女は俺がもらおう」
悪びれる様子もなく言うドラン。言いながらクラリスと距離を取り男たちの方へ向かう。
ファルスはやはりこうなるのかと諦めの色が浮かんだ顔のまま、こっそり近くの露天商まで移動し、そこで売っていた木製の小さな皿を4枚ほど購入する。
「クラリス! こっちに来い! 今なら許してやる」
「許す気なんてねぇだろ? お前の横暴さは彼女から聞いた。手を引いてもらおう」
「部外者が口を出さないでもらいたい!」
彼らから少し離れているのですべて聞こえる訳ではないが、どうやら相手の男は女性に対して横暴な人間らしい。誉められることではないなと思いながら、そういうことならドランの味方をしてやろうと思った。単に仲のよい男女の仲を裂いたのならドランに肩入れする気は起きなかったが、今回は宿屋でクラリスの話を聞き助けだそうとしているようだ。それなら喜んで手を貸そう。
万が一クラリスが嘘を吐いている可能性もないではないが、勘の鋭いドランを信じるとする。そうファルスが思い至ったところで事態は進む。
「おいソーマ気にするな、こいつ気に入らねぇ。やるぞ!」
そう言いながら後ろにいた4人のうち1人が前にでて、ソーマという名前らしい男の右肩に左手を置いた。そしてそのまま空いた右手で、ソーマのすぐ前にいたドランに殴りかかる。喧嘩っ早い性格のようだ。
ドランもそれは予想していたようで、一歩下がりながらその腕を引くと、引っ張られて体勢が前に崩れた男の額に勢いよく頭突きをくらわせた。
男はうめき声をあげながら仰向けに倒れ頭を抑えている。対してドランは獰猛な笑みを浮かべながら彼らを睨みつけている。
相当な衝撃だったようだなとファルスは1人のんびりと思った。
「ちっ。俺たちもやるぞソーマ!」
さらに3人が加わって4対1の構図となった。体格で勝るドランといえどこれでは分が悪い。ファルスは先ほど購入した小ぶりの皿を懐にしまいながら加勢に向かう。
「さっきこいつと居た奴が来たぞ!」
「おいガルア起きろ、大丈夫か?」
先ほどドランが一撃お見舞いした男もよろめきながら復活し加わる。体格のいいドランに3人が、残り2人がファルスに邪魔されないように向かってきた。
さてどうするか。そう考えるファルスだが、正面から2人とぶつかるのは得策ではない。そう判断するとファルスは近くの八百屋まで向かう。2人はこのままドランとファルスを遠ざけようと追ってくる。願ってもないことだ。
「おじさん! その林檎全部買う!」
「おう、持ってけ! 金は全部終わってからな」
状況を見て理解していた八百屋の店主に礼を言いながらカゴに入っていた林檎をぶちまけた。そう広くない通りいっぱいに広がった林檎を見て、ファルスを追っていた2人は足を取られないように動きが鈍くなる。そこへファルスが先ほど購入した皿を、2人が林檎に気を取られている間に一枚素早く取りだし、投擲した。
綺麗なカーブを描きながら飛来した皿に気付いた1人が避けようとしたが、皿が向かっていたのは自分ではなくその隣の男だった。彼は丁度足元に目を向けており気付かず、そのままこめかみに皿が激突し砕け散った。
「がっ! くっ……」
意識の外からの攻撃をもろに受け動きが止まる。彼とファルスとの距離は6メートルほど。そしてもう1人の男が追撃させまいと、林檎を蹴り分けファルスに猛然と走る。対してファルスは向かってくる男のななめ方向に走りながら、もう一枚皿を投げる。男はそれを手で払うが速度が落ちてしまう。と同時に林檎に足をとられ転んでしまった。
予想外に小細工が上手くいったことに驚きながらもファルスは次の行動に移る。
先ほどこめかみを抑えていた男に向かいもう一枚皿を投げる。男は今度は事前にそれに気付いたが、ちょっとした恐怖を覚えていたのか勢いよく屈んで避けた。彼が必要以上の動きをしているその間に男の懐に潜り込んだファルスは顎にアッパーをくらわせたあと、男の肩を抑えながらガラ空きになった鳩尾に膝蹴りをくらわせる。再び前屈みになった男の首の後ろにひじ鉄を見舞わせた。
男はろくに動けず意識を失い倒れる。それを見たもう一人は怒りを滲ませながらファルスに迫るが、今度はファルスは正面から向かう。それに驚いた男の足元に滑り込みながら足を払い体勢を崩すと、急いで起き上がろうとする男の顎の下を撫でるように殴る。
すると頭が揺れ目を回した男の後頭部を掴み、地面に落ちていた林檎目掛けて叩き付けた。
「ふぅ……」
皿が1枚余ったなと思いながらドランに目を向けると、彼も最後の1人に頭突きをくらわせているところだった。
「相変わらず喧嘩慣れしているな」
そう言うファルスも咄嗟の判断力や流れるように男2人を行動不能に追いやる手腕を見るに、喧嘩をしたことが一度や二度ではないことがわかる。
ドランは見た目通り力で押し切るタイプで、ファルスは機転と素早さを活かし優位にコトを進めるタイプだ。
「よぉっ! 楽勝だったな!」
ご機嫌な表情でドランがファルスの元へ来る。ファルスは八百屋の店主に林檎の代金を払いながら彼を見る。
力任せの泥臭い喧嘩をしたのだろう、身体中に擦り傷があり服は土埃で汚れている。額にソーマ達のものと思われる血がついているからあまり近付かないで欲しいと思いながら、彼が差し出してきた拳に己のをぶつける。
「しかしドラン、警備隊の人たちが来る前に移動した方がいい」
喧嘩など何らかのトラブルが起こると巡回中の警備隊が駆けつけて来る。どうやって問題が起きていることを察知するのまったくかわからないが、すぐに駆けつけてくることから優秀であることが伺える。
「確かにな」
「で、どうする? 俺はいつも通り逃げるがドランは?」
「ララの家に行くとしようかな、なぁララ?」
どうやらクラリスの家が近くにあるらしい。しかも姉と2人で暮らしているからドランが1日くらい泊まっても問題ないそうだ。
「えぇ、ぜひ来てちょうだい」
クラリスの方もそれは望むところのようだ。ドランの額についた血を懐から取り出したハンカチで機嫌よく拭いてあげている。
羨ましい限りだと思いつつファルスは近くの建物を非常に滑らかな動きで登っていく。身軽なファルスには建物を登ることは歩くことと何ら変わりはない。
建物を登り切ると、通りの角から警備隊の隊員が数名こちらの方へ向かっているのが目に入る。本当に彼らは仕事が早いと感心しつつドランを探すとちょうどクラリスの家に上がり込むところだった。
本当に家が近かったようで先ほど喧嘩したところから50メートルも離れていない。これなら問題ないだろう。
建物から建物へと軽快に飛び移りながらファルスは自分の家へと向かう。途中町の近くにある山の頂上に霧がかかっているのが見えた。
この辺りで霧がかかるのは別段珍しいことではない。
現在ファルスの住んでいる町は3方向が山に囲まれており、残る1方が海となっている港町だ。山からは多くの交易用の品が採れ、海からはそれらを求める船や、休息をとるための船が頻繁に寄る町でそれなりに発展している町だとファルスは思っている。
その町を海からの風が水蒸気と共に駆け抜け、山の上へ吹き上がることで急激に冷やされそれが霧となるのだ。
今日も気持ちいい風が吹いているな。そう思いながらファルスはある一軒の家の前へ降り立つと勢いよく入っていった。
「帰ったよ母さん!」
「お帰りなさい。今日も汚れてるわね、着替えてきなさい」
ファルスの母親が彼を見てそう言った。ファルスの家はこの町では何の変哲もない家だ。外から入ってすぐに台所と一緒になった居間と奥に寝室を含む部屋が3つある。
「今日もドランと遊んで来たのね」
「やっぱ見ただけでわかるよねぇ、困ったもんだよ」
「そうかしら?汚れて帰る度にイキイキとしてるわよ」
「え、そうなの?」
母親にそう言われて今まで知らなかった事実に軽く驚きながら、着替えをしに自室に向かう。すると居間から母の声が響いた。
「お父さんがそろそろ帰るそうよ、今日手紙が来たわ」
「ほんとに? じゃあその日の夕飯は豪華にしなくちゃいけないな」
久しぶりに父親に会えると聞いて先程よりも声が幾分か弾んでいる。そんな息子を微笑ましく思いながら母親が思い出したかのように言う。
「そうそう、帰ってきたときにあなたが居ないと寂しいから帰るまで出来るだけ家に居るようにって書いてあったわね」
その言葉を聞き何とも言えない顔になるファルス。それもそのはず、手紙は稀に送ってくるのでそう驚くことでもないが、基本的にいつもふらっと帰ってきてしばらくするとまたすぐ仕事に出て行ってしまうのだ。
しかも手紙の内容はもうすぐ帰るといった事務的なものばかり。それが珍しく手紙を送ってきたかと思えばファルスが居ないと寂しいと言ってきたのだ。何だか慣れないことなので気持ちが落ち着かないが、反抗する理由もないので父の望むとおりに過ごそうと決めた。
その日の夕飯はファルスの好きなシチューだった。母親に今日も自分は女性に話しかけることが出来なかったということを正直に話し、彼女にそれをからかわれるといういつもの日常を過ごした。
「あぁ、あの頃は確かに平和に生きていた……」
もう夜になり愛しい孫達は帰った。老人ファルアルスは自室の机に座り自身が記した日記を見ながらそう小さく呟いた。
部屋にはカーテン越しに光が薄く入っているが、それよりも机の上に置いてあるランプの光の方が部屋を明るく照らしている。透き通ったガラスで出来た窓は開いているのか涼しげな風がカーテンを揺らしていた。
あの頃の自分はドランにトラブルに巻き込まれることはあっても、それを嫌だと感じることなく充実した人生を送っていたと断言できる。
過去の自分に想いを馳せていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「入っていい。こんな時間にどうしたんだティアナ?」
ファルアルスの部屋に入ってきたのは彼の妻であるティアナだ。彼女はファルアルスのベッドに腰をかけると、机で座り日記を片手に持ったままのファルアルスの方を向き口を開いた。
「私と出会う前のあなたの話を聞きたいわ」
「む……」
ティアナの言う通り、ファルアルスはティアナに自身の過去の話をあまりしなかった。しかしそこに理由はなく、ただお互いが出会えたという巡り合わせに感謝し、それからの人生を幸福に生き続けられたからこそであった。
「そういえば話していなかったか、しかしどうして急に?」
当然何年も経った今になって過去の話を聞きたいと言う妻にファルアルスも不思議に思いそう尋ねる。
「いえ、今日エルと話すあなたを見て、あなたが若い頃はどう過ごしていたのか知りたくなったのよ」
なるほど、まだ幼く元気なエルを見てファルアルスの過去の様子を唐突に知りたくなったのだろう。そう納得した。
「君と会ったのは31の頃だからそれ以前の話か。まぁ構わない。今日は語り明かすとしよう」
そうして彼が口にしたのは先ほどまで思い出していた自身の何気ない日常と、それを失ってからの激動の日々だった。
感想、アドバイスあれば是非お願いします。
もしよろしければ評価も……。




