第十話 報告
1日早くあげられましたが、読み返して内容に納得しなかった場合は後日修正します。
それでは第十話です。
よろしくお願いします。
『月の調停者』本部にある地下修練場に金属音が鳴り響く。そこでは一組の男女が模擬戦をしていた。
一人はツーブロックを隠すような髪型の金髪セミロングの美女で、年齢は30代後半に見える。もう一人は茶色がかった黒髪を短めにした男性で、女性よりもいくらか若い。顔立ちはなかなか悪くない。何より健康そうな男だ。
「いいよファルくん! その調子だ!」
「ふっ! はい!」
7年に及ぶ訓練のおかげでファルスはイーゼルの教えをすべて吸収することができた。
イーゼルのもつ素早さとそれに適合した戦闘技術、それを身につけたおかげで試験の一つである猛獣狩りも特に苦労することなく終えることができた。
しばらく模擬戦をしたあと、二人は休憩することにした。
「師匠、お水どうぞ!」
「お、ありがとう。ちょうど欲しかったんだよね」
訓練場の端にあるベンチに座るイーゼルにファルスは水を持ってきた。
イーゼルはファルスが差し出したそれを笑顔を浮かべながら両手で受け取る。
彼女はこういったちょっとした気遣いでも本当に嬉しそうにする。弟子としても彼女の反応はとても嬉しいものだ。
もう40前だろうに、相変わらずこういう仕草が似合う人だ
ついファルスもそんなことを思ってしまう。
一方イーゼルは弟子がそんなことを考えているとまったく気付かずに美味しそうに水を飲んでいる。
それを飲み干したところでイーゼルは座ったままファルスの方を見た。その目は彼を心配そうに見つめている。
「あとは実際に狩りに同行するだけだけど、やっぱり緊張する?」
「そりゃあしますよ。出会いが出会いですからね」
「そう。そうよね……」
イーゼルもここ数年の付き合いでファルスがすでに『獣』と対峙したことがあると知っている。それがどういう状況でだったのかも。彼が強い意志で『月の調停者』を目指していることは知っているが、それでもトラウマになっていないか心配になる。
そんな彼女を安心させるためにファルスは笑顔を見せた。
「ようやく皆を守れる力を手に入れられるところまで来たんです。絶対に生き残りますよ」
ファルスの言葉にイーゼルは笑顔になり答えた。
「……うん、その意気だよ!」
そして他愛もない会話をしていたところで、訓練場に一人の男が入ってきた。
その男は『月の調停者』の組織に所属する連絡員の一人だ。
「イーゼル様とファルアルス様、長がお呼びです」
そう声をかけてきた男性にイーゼルが応対しようと立ち上がった。
「へぇ、用件は?」
「存じ上げませんが、中央の間にお呼びですので恐らくそこで伝えるつもりかと」
中央の間とは作戦会議など何らかの話し合いをする際に使われる部屋だ。
その他に『月の調停者』や諜報員たち専用の私室や会議室もあるが、大きな決めごとをする場合はだいたい中央の間で行う。
「わかったわ。すぐに向かいます」
「ありがとうございます。では」
そう言うと連絡員の男性は修練場から出て行った。
「何だろうね。ようやく最終試験かな?」
「そうかもしれませんね、わかりませんけど。とりあえず行きましょうか」
二人は模擬戦で汚れた身体を軽く整え着替えてから中央の間に向かった。
「失礼します」
イーゼルがノックをしたあと室内に入る。ファルスもあとに続いた。
「来たか。適当に座ってくれ」
そう言ったのは白いシャツに白いコート、黒いズボンを身につけた50歳ぐらいの男性。灰色の髪を後ろに撫で付けており、これまた灰色の口髭が渋味を醸し出している。
彼の目は鋭く、ファルスが初めて彼と対面した時は大きく震え上がってしまったほどだ。
中央の間はなかなかの広さがあり、四角形のその部屋の四隅には室内を照らしている大きなかがり火をくべる巨大な燭台がある。高さは2メートルほどあり、直径は80cmほどか。豪華なものではないが実に力強い。
中央には円卓というのだろうか、丸い大きなテーブルが置いてある。そこに50脚ほど椅子が並べられてあり、真ん中の大きな椅子に彼は座っていた。
「じゃあ座りますね。それでご用件は?」
二人を代表してイーゼルがたずねた。イーゼルは長の対面に座り、ファルスはイーゼルの左隣に座った。
「ここから南東のランザス領を担当する狩人から報告が上がった。『獣』が出現したらしい」
この国は王都を中心に北、北西、西、南西と順に円を描くように領地が置いてある。一つの領地には最低でも2人は『月の調停者』が配置されるようになっている。
そのうち南東の領地を担当する者たちから『獣』発見の報告がきたのだ。
『獣』がどういう条件で現れるのかは明らかになっていないが、『月の調停者』はそう遠くない限り『獣』の出現を察知することができる。
故にこの本部がある国だけでなく大陸中の国々に支部があり、至るところに『月の調停者』が散らばっている。彼らはいつ『獣』が現れても対処できるよう日々目を光らせている。
「国内に『獣』が現れたのね。それを私たちが討伐すると?」
「そうだ。ちょうど彼が最後の試練を待っていただろう? 今は他に見習いもいないから合同で行うことにはならないがな」
そう言いながら長はファルスに目を向けた。その鋭い眼光を向けられ思わず緊張してしまう。
「は、はい! 生還したら晴れて狩人となりますの! です!」
言動がおかしくなっている気がするがそれを気にしている余裕がなくなっている。
「ファルくん? この人はこわくないよ? ていうか前にも会ったよね?」
「わわわかってます! こわくないんですよね!」
明らかに緊張している。初めて会った時からずっと彼の空気に呑まれてしまっているのだ。
長の男性も渋味のある苦笑いを浮かべ、話を続けることにした。
「担当区の狩人3名のうちすでに2名が現地に居るようだ。彼らと合流し、連携をとり『獣』を狩ってくれ」
「わかりました、今から向かっても?」
「あぁ、それで構わない」
「じゃあさっそく準備します。失礼しますね、行くよファルくん」
「はい!」
中央の間を後にした2人は、それぞれ狩りのために用意した装備を身につけ合流した。
そしてファルスはイーゼルの装いが普段とまったく違うことに気付いた。
いや、この場合は気付かない方がおかしい。
普段から衣装持ちな彼女は様々な格好でファルスの前に現れるが、それでも今回はあまりにも目立っている。
「ん? これ? 私の勝負服だよ!」
そう言いながら両手を広げた彼女の服装は、明るめな服を多く持っているイーゼルにしては珍しく、暗い紺色を主としたものだった。
下に何かを着ているのだろうが、それは彼女が着ている、身体のラインが見えるほどに細身なロングコートに隠されていて見ることが出来ない。下に穿いているのは暗い紺色のズボンで、スリムなデザインながら動きやすそうな素材で出来ている。
それらの上から着ている膝下まであるそのロングコートはズボンと合わせた色で、素材も同じように見えるものだ。下半身の動きを阻害しないように出来ているのだろう、お腹のあたりまでしかないボタンをきっちり閉めている。
そして大きな運動をしても問題ないように下腹部の辺りからコートの先まで広く別れるようになっている。
余談だが、狩りの際にロングコートを着るというのは、初代『月の調停者』たちが狩りを行うときに必ず身につけていたことに起因しており、今でも多くの者が真似てそれを習慣としている。
なので本来なら別段驚くべき点はない。だがイーゼルがそれを着ているのをファルスが目にしたのは初めてだった。
そしてコートの上からベルトを閉めているのが見えるが、イーゼルが腰にどんな武器を提げているのかは見えなかった。
何故なら彼女のコートを更に胸の辺りから背中まで覆い隠すように黒い鳥の羽根で出来たマントのようなものがあったからだ。その羽根のマントの長さはコートと同じくらいで、膝下まである。
これも動きの邪魔にならないようにだろう、三股に別れている。
「勝負服、ですか……」
ファルスが見詰めているのはイーゼルの顔だ。
彼女は白いオペラマスクのような仮面で顔の上部を隠している。その口元は楽しそうに笑っている。
どう見ても怪しい。
そんな感想を抱いているファルスにイーゼルは明るいままに口を開いた。
「この装備は全部私が仕留めた鷹の『獣』を素材にして作ってあるんだよ。
この羽根はそいつの羽根で、仮面は骨だね!凄く頑丈に加工してあるよ!」
そう朗らかに言いながらその場で一回くるりと回る。
羽根で出来たマントがふわりと浮かぶ。
「なるほど。戦利品ですか」
「そうだよー。ファルくんもそのうち作ってみるといいね」
そう言いイーゼルは歩き出した。
「さぁ行こう、ランザス領へ。ファルくんの……私の教官としての最後の仕上げだよ」
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