「男はあれだけじゃないし」(古参の話)
「愛」とは、わからないものであった。
闘技場に産み捨てられた古参にとって、失う以前に、得体の知れないものだった。
「……クソアマ、ァにしてんだよテメエ、んなとこでよぉ」
「酒場ですることなんて一つに決まってるでしょ、飲んでまーす。あんたも飲めば? 今日は1杯目、みーんなあたしのおごりよ」
「アぁ?」
「ここのお客の1杯目、ぜーいん、あたしが払うって言ってんの」
「ようねーちゃん太っ腹ァァ!」
「そんなに太くないハズだけどねあたしの腹!? でもまー、飲んで飲んでー!」
酒場は野次と口笛で大盛り上がり。古参はわけがわからない。とりあえず給仕に麦酒を注文し、席に着く。向かいの「クソアマ」はいつものザマタレで飲んでいた。隣の卓の酔っ払いの話を、何が面白いのか、けらけら笑いながら聞く。酔っ払いも聞き手がいるからウザイほど口が回る。このオンナはだいたいこんな感じだ。こうやっていろんなヤツラからいろんな話を聞き出すから、得体が知れない、と古参は思う。
城近くの集落にある酒場は今日も繁盛していた。このごろは山越えの隊商が多いという。馴染みの店主は「新しいご領主様はやり手じゃねぇか」と喜んでいた。古参や城の者たちが魔物をいつもブッ殺しているから、らしい。1回だけでなく、毎日毎回見回れば、その道から魔物はずっと消える。誰だって安全な道を通りたいから、皆その道を通る。そうすればここらに立ち寄る隊商も増え、酒場で酒を飲むヤロウも増える。くっそムカツク家臣やカネにうるさい商人が言っている意味が、こうして目の前で起これば、古参にもわかる。いけすかない「ご領主」サマの手柄かと思うと気にくわないが、店主に「よろしく頼むよ」と言われれば悪い気はしない。
「ずいぶん景気がいいじゃねぇか」
「まーね。どーせ在庫処分だから」
「ァあ?」
「こっちのお金、あっちじゃ使えないし。パーッて使い切ろうってわけ」
あんた知ってんでしょ?、と問われ、うっせぇクソアマ、と返す。
このオンナが出て行く、と古参が聞いたのは先日のことだ。何を言っているのか、最初はよくわからなかった。魔法を使えない能なしがココを出て行くという。魔法が使えなくてもやっていける、ココから。能なしの故郷ならそりゃ能なしでもいいのか、とは思ったが、それ以上に古参が驚いたのが、職を変える、ということだった。しかも、自ら申し出て。
職は、変えても良いのだ。
それが一番の衝撃だった。
闘技場の便所に産み捨てられ、魔力が多めにあったから拾われた。生きた備品として扱われ、食わせるからには当然だと人形に乗せられた。そんな古参にとって、それはひどい驚きだった。今とは違う方法でカネを稼ぐ、食っていく――そんなことは、考えたこともなかった。自ら変えていいのだとは、思ったこともなかった。
「あんたの口の悪さもこれで聞き納めかと思うと愛着が――」
「あれだろ? あのやろークワえこんでんのもアきたんだろ? あばずれババァ」
「――あ、うそ、やっぱわかない、ババァ言うな。もー人聞き悪いわねー。飽きたんじゃないってば、違う仕事しよっかなってだけ」
「男も乗りかえンだろ?」
「乗りかえるも何もしょうがないでしょ? もう会わないんだから。あっち戻って、……まぁ気が向いたらね、そりゃーまた探すわよ、男はあれだけじゃないし。あとババァって言ったらマジ蹴るから」
「クソバ――ッ、痛ーな蹴んじゃねーよババァッ」
「あんたほんっっとーにバカよねー……ほらほら、お酒来たし、飲め飲め」
古参と同じく、あの「ご領主」に従っているハズだったのに、オンナの都合で勝手に出て行く。やっぱ得体が知れねぇと思いながら、古参は麦酒をあおる。卓の料理をかすめ取る。
「ご飯代は半分払いなさいよ?」
「てめー持ち」
「ざけんなガキ。あ、オネーちゃん注文いーい? これ追加で、大盛り」
昔から、古参はよくオンナと同じ席で飲み食いをする。
都合がいいのだ。オンナは美味い飯を食うが量は食べない。ガキの頃は余ったその残飯を狙っていた。そのうちオンナに声をかけられ、用事をこなしては駄賃代わりに飯をもらった。あの頃のオンナは今と違って「外法使い」とか言って、顔に薄気味悪い模様の化粧もしていた。他のガキや大人は怖がって近づかなかったから、古参には穴場だった。古参が人形に乗ってカネを稼ぎ始めるとオンナに飯代を取られるようになった(ムカついて殴ろうとしたらやり返された)が、それでも大したカネではない。
今の注文も、古参は遠慮なく皿を奪うつもりだ。どうせ少ししかオンナは食わない。ムカツク家臣にはたかりだなんだと言われるが、古参は気にしない。オンナも気にしていないだろう。気にくわなければ、オンナは「外法使い」たちの変な技を使って古参をたたき出すハズだ。
――そうしたいから、そうするの。
飯時だろうが、地獄だろうが、いつでも、どこでも、オンナはそうだった。
聞いたことがあった。
闘技場を出た後、落ちぶれがココの領主になる前、ワナにはめられた時だ。
一番強い落ちぶれが人形ごと貴族のヤツラに呼び出されて、こっちは魔物に囲まれた。抜け出すには落ちぶれの力が必要だ、けれども魔力持ちのやつは守りの魔法のために(古参を含めて)誰一人抜けられない。助けに行けない。そんな時も、オンナは言った。血の気の引いた顔で、震えた声で、それでも言った。
「じゃあ、行くわ」
からっきし魔力がないオンナは確かにうってつけだ。けれども、魔物の壁を抜けるのもヤバイし、抜けた先で落ちぶれが生きているのかもわからない。無駄死にかもしれない。どうして行くのか、古参にはわからなかった。
「なァ、怖くねぇのか?」
聞けば、人形の準備をしていたオンナは、顔も上げずに答えた。
「怖いわよー……もー、チョー怖い」
「バカじゃね? じゃなんで行くっつったんだ?」
「……まーあれよ、これ上手くいけば、あいつに恩が着せられるしねー。貸しは作れる時に作っとかないと」
「てめーバカだろ? 死んだら貸しも何もねーじゃねぇかよ」
オンナの声は、わらっていた。
「――あぁ、ほら、また新しいのが来るのよ」
「?」
「代わり。交代。……この場合は欠員補充かしら? とにかく、あたしの代わりがちゃんと来るから、こっちはあいつに恩が売れるってわけ。博士なんか増えればいいだけだし。まあ心配するこたーないわよ? あたしとおんなじように、あんたたちとやってけるヤツが来るだろーから」
「…………アぁ?」
ムカツいた。声が低くなるのがわかった。そうじゃねぇよバカ、と思って、そう言おうとしたが、古参の舌は動かなかった。そうじゃねぇ、そうじゃねぇと頭の中でぐるぐる叫ぶのだけれど、それをどう言えばいいのかわからなかった。言葉が見つからなかった。言葉を、知らなかった。クソが、とわけもわからず、心はめちゃくちゃだった。
ぐい、と頭を小突かれる。いつの間にか、オンナがそばにいた。
「そうしたいから、そうするの。あたし、こうしたいの」
そして、笑った。
「聞いてくれて、あんがと」
なぜ礼を言われたのか、古参は今でもわからない。
注文した料理が湯気をあげて卓に置かれる。ちらり、見れば今度は反対側の酔っ払いの話をオンナは聞いている。その横顔にかつての気味悪い模様はない。城に来てからオンナは模様を消し、「外法使い」とは名乗らなくなった。代わりに機械仕掛けの小さな人形を「外法使い」に仕立て上げた。新参者たちはオンナを単なる人形乗りだと思っている。闘技場によくいる、魔法の使えない能なしの人形乗り。部屋の鍵すら魔法でかけられず、頑丈な鉄のかんぬきをつけることしかできない最下層。いくらでも代わりのきく、使い捨ての、魔物への盾。
そんなものに、古参はなりたくなかった。何か、特別な何かになりたい。そう思っている。産み捨てた親はどちらかが貴族だったのか、古参の魔力は平民としては珍しく多い。強い魔力を持った人形乗り――まるでご領主サマのようだ! あれにできて自分にできないはずがない、と古参は根拠もなく思っている。
飯をかき込みながら、考える。
今回もそうしたいから――離れたいから、オンナはココを出て行くのだろうか? 置いて、いくのだろうか?
古参には、よく、わからなかった。
◆◇◆
真夜中の整備場には先客がいた。
見回りをしていた古参の明かりの先で、人形の乗り込み口が一つ、開いている。
明かりに輝く色は、白。真っ白ではなく、ぼんやりして、奥から光るような、白。それが機体の色。前に商人が「真珠色ですな」とか言っていたが、本当にそうかは知らない。古参はそんな高価な宝石を見たことがない。
ただ、違うことはその時、感じた。
特別な人形なのだと、強く感じた。
「ァにしてんだよテメエ、んな夜によぉ」
元落ちぶれ――領主は、ちらり、顔を出したがすぐに引っ込んだ、「すぐに済む」と言って。元落ちぶれは、領主になっても自分の人形を自分で整備する。最後は自分でやらないと気が済まないらしい。古参もそれはわかるから、仕方ねぇな、と他の機体を見て回る。
城は眠らない。
いつも誰かが起きている。
真夜中でも魔物に備えて不寝番をする。
古参は今夜の当番に当たっていた。面倒な話だが、サボると家臣がうるさい。他の当番は新参者で、お気楽にも居眠りをこいていた。蹴り飛ばして顔洗ってきやがれ、と放り出したから合流するにはもう少しかかるだろう。もっとシメっか、と古参は思う。いけすかねぇ「視察団」サマがいるってのにタルんでんじゃねーかよ、家臣にバレたらマジボコられんぞあいつ、ちっと軽くナデとくか……。
整備場の機体を一通り見終わる。
見上げた白い機体は、まだ口を開け、光をこぼしていた。明かりを落とした整備場は薄暗いからよく目立つ。もれた光の中で人影が動いていた。「視察団」が来てから、領主が警戒しているのは知っていた。こうやって人目の少ない夜を見計らって来るのだ、と頭ではわかっていた。けれども、気にくわなかった。
(ンだよ、何がすぐだよ、終わんねーじゃねーかよ)
古参は、何もかも気にくわなかった。
とっとと来ない新参者も、嫌みったらしい「視察団」のガキどもも。
けらけら笑いながら置いていくオンナも、引き留めようとしない元落ちぶれも。
結局、古参はオンナがココを去ることを、誰にも言えなかった。闘技場時代からのヤツラには言えば良かったのかもしれない。けれども、それでどうなるのか、それはしても良いことなのか、古参にはわからなかった。家臣に聞いても「それはお前が決めることだ」と返され、「使えねぇな」と唾を吐いたら殴られた、ムカツク……。
がちゃん、と音がする。見上げれば、白い機体の乗り口は閉まっていた。カッ、カッ、と響くのは領主の靴音だろう、昔から変わらない、早く強い音。
やがて古参の明かりに浮かぶ、金の髪。中央の貴族がつける冠のようにも見える。領主は、落ちぶれの時からこうだった。人形乗りのクセに、魔力が多くて、強くて、何でもできて、あっという間に闘技場をモノにした。領主にもなった。「視察団」のガキどもの嫌みなど何も気にかけていない自信。表情がなくとも、領主の緑の目を見ればそれはわかった。ピーチク騒ぐガキどもを眺める領主の目つきは、古参も昔に受けた、冷え冷えとしたそれだ。
そんなスカした領主のツラがどうしても古参は気にくわなかった。気にくわなかったので、顔に明かりを直接あててやる。
「何だ」
腹が立つほど領主はいつも通りだった。いつもの通り、何を思っているのかわからない声と顔。何を言ってやるか、古参は何も考えていなかったが、問われてみれば言いたいことなど決まっていた。
「あのオンナ、出てくんだってな」
「そうだ」
「わけわかんねぇ、ハッ、なに考えてんだかホントわかんねークソオンナだな。勝手に来て、勝手に出て行きやがって」
「契約通りだ。勝手ではない」
古参は――叫びたかった。違ぇよバカ、そうじゃねぇよ、そういうことじゃねぇよ。バカだな、ほんとクソだな、そんなもんどうでもいい、なんで出てくんだよ、置いてくんだよ、あのアマ、俺、たちを、闘技場のどん底から、引っ張ったクセに、なんで、こんないけすかねぇヤツんとこに置いてくんだよ、バカが、止めろよクソ領主、てめぇの女だろ。
叫ぶ心はわけもわからず、めちゃくちゃだった。
目の前の、クソないつも通りの領主に言いたいのか。
数日前の、いつも通りのオンナに言いたかったのか。
古参にはもはやわからなかった。わからないまま、苛立ちまみれに叫んだ言葉は――
「ハッ、勝手なオンナに決まってんだろ? 今ごろアイツ、かんぬき落として部屋で違ぇ男クワえこんでんじゃねぇの? なんたって男はあんただけじゃねぇとか言ってたぜ! ホントあばずれだな!」
――古参自身の背中を凍らせた。
領主が、領主の緑の目が、こちらを見ていた。
ぞっとするほどその緑の目は輝き、気味悪いほど明かりの光を跳ね返して、古参を見ていた。背中から、足下からゾクゾクゥっと寒気が走る。股の間がキュウと締まったのがわかった。なにか、鋭い何かが、首筋を、ツゥ、這ったのも。その見えない刃先が、古参の喉を、スィ、引っ掻いたのも。
「――――ほう」
それだけだった。
領主の言葉は、それだけだった。
それだけの言葉で、古参は、口の中がカラカラに干からびた。守りの魔法を唱えたくても、舌が喉に張りついて、できなかった。
動けない古参の横を、領主は通り抜けた。
カッ、カッ、と靴音は響き、そして整備場から出て行く。
やっと追いついたのだろう、新参者がぎゃあぎゃあと大仰なあいさつを領主にしているのが通路から聞こえて――ゴクリ、古参はやっと、唾を飲む。
足にちょっと力が入らないが、気のせいにする。手もちょっとぷるぷるしているが、これも気のせいにする。別に怖くねぇし、なんでもねぇし、そう言い聞かせて、古参は白い機体に手をつく。新参者はまだ領主としゃべっているが、もうすぐ整備場に入ってくるだろう。下手な姿など見せられない。とっとと落ち着かせたかった。
アホなくらい脈を打つ体も。
めちゃくちゃに震える心も。
ホントわけわっかんねぇ、とうめきながら、古参は白い機体を殴った。




