(7)三日目
それからの二日間は、嵐のように過ぎ去った。
無人ミサイル発射艇の格納庫で、ロルガンと通商組合の技師がミサイルから爆薬と、重なり崩壊装置を外した。ダグが、外した爆薬を安全区画へ運び、モリーがミサイル発射艇に破壊能力が残っていないことを確認した。
リッカとピアが、ソロシップに積んでいた超小型高次元ドライブを通信艇へ組み込んだ。リッカが指示を出し、トウマ、ダグ、モリーがドライブを機体に固定し、配線をつないだ。ピアが三通りのピアポイントへの確率計算を、ドライブコアに入力した。
シオンは結局、組み込み作業は手伝わずに、帝国調停局、通商組合、家族会の三者での、『最後の救難通信実施要項』の合意文をまとめた。
ネリカは一人で通信文を録音し、それを受け取ったピアはドライブの通信ユニットに組み込んだ。
三日目、最後の救難信号が発せられた。ピアは星図タブレットで、発信地点が予測していた確率の三番目のポイントだと知った。
「ポイント3(スリー)だよ。——ライラ、あなたの言う通り、ギャンブルしないでよかった」
ライラはほっとして頷いた。
「ロルガン。お願い」
全員の視線がミサイル発射艇、改め、緊急通信艇の遠隔操作卓の前に座るロルガンに集まった。
ロルガンが発射ボタンへ手を置く。
「昔の船へ。百年遅れの返信だ」
通信艇が発射され、高次元に入った。あとはピアが設定した自動制御で進む。できることは何もなかった。
予定時刻を過ぎ、救難信号は静かに途絶えた。返信がアステラ号に届いたかどうか、成功も失敗も何も分からなかった。
しかし、ネリカの顔には、もう涙はなかった。わずかに明るさの戻った顔でライラたちに礼を言い、ピアに返信が届いたかどうかは尋ねなかった。ピアも断言はしない。
「計算できるところまでは、やった。あとは船長の時間」
航路管制は封鎖解除を行うことにした。ロルガンは待機していた医薬品輸送船を最初に通すように頼んでいた。
トウマはライラと並んでスピカ号に戻ろうとしていたが、駐機場で、ピアのソロシップの前で、ピアとリッカが言い争いをしているようだった。
「どうしたの?」
近寄ってライラが声をかけると、リッカが心配そうな顔をして言った。
「ライラからも言って。この子、予備のドライブだけで、帝都に帰ろうとしているんだよ」
ピアはばつが悪そうな顔をしている。
「教授に三日間って言った。もう帰らないと」
「絶対だめ。もしもドライブ事故が起きたら、予備ドライブがなくてあなたが遭難しちゃう」
リッカは原則どおりに言っている。
「では、こうしましょう。トウマに頼んで、このソロシップごとスピカ号に乗せてもらうの。それで帝都星まで送ってもらう。ね、トウマ、いいでしょう?」
「そ、そうだな。——今回の調停は絶対に高得点のはずだ。モリーが報酬をはずんでくれるだろう。迂回分の燃料費も問題ないはずだ」
「トウマ、しみったらしいこと言わないで」
そう言ってライラは笑った。
ピアは、笑っているライラの横顔を、しばらく見ていた。
「ライラ。……ボク、本当は無理だと思ってた」
「何が?」
「あなたが皇帝になること。お兄さんとお姉さんが、優秀すぎるから」
「ちょっと。何よ、急に」
「でも、この船の人たちと一緒にいるあなたなら、なれるかもしれない。……予算とは、べつに」
ライラは口を開きかけて、閉じた。それから、そっぽを向いた。
「……当然でしょ」
声が、少しだけ上ずっていた。
「では、船長。お願いする」
ピアは生真面目に礼をした。
これが、ピア・ノットがライラの調停を手伝った最初になった。
* エピローグ *
アルヴァンはブリッジの警報音が耳障りになり、コンピューターに指示して音が鳴らないようにした。静かになったが、船体がギシギシ軋む音と、どこか遠くで警報音が鳴っているのが聞こえた。
さきほどまでの、運搬アームを使って避難艇を切り離したのは、上手くいったと自負していた。ここで自分自身の心配が頭をもたげたが、心拍が早まる一方で、この事態を冷静に見つめる自分自身がいることにも気がついていた。
静かにはなったが、立体モニターには、赤い枠で点滅して出てくる警告が複数表示された。宇宙船としての深刻な状況は、細かく読むまでもなかった。
アルヴァンは救難信号を発した。最初は通知のみ。応答はなかった。次に彼自身の声でも発信することにした。
「SOS SOS 私は、医療輸送船アステラ号、船長のアルヴァン・セイル。……全避難艇の離脱を確認」
そこまで言って、横にあるモニターに映し出された赤枠の情報が目についた。
「……主機関が……崩壊? 嘘だろ……。救難信号を受信したら至急救助願う。こちらはアステラ号。頼む……」
アルヴァンは、高次元通信からの救難信号が、すぐには受信されないことが多いということを聞いていた。
信号のスイッチを切り、彼は背もたれに深くもたれかかった。モニターにはもう時間がないことを示す秒数まで表示されている。
小さな通知ランプが光り、アルヴァンはスピーカーから流れて来た声に耳を傾けた。若干のノイズが混じっていたが、女性の声が聞き取れた。
「アルヴァン・セイル船長。あなたが逃がした人たちは、生きました。子どもを育て、仕事をして、けんかをして、何度も笑いました。あなたの命令は届きました」
アルヴァンにはどこか懐かしい声のように思えた。
「——私たちはここにいます。ありがとう、船長」
この通信によって、アルヴァンは、自分が避難させた全員が無事に帰れたことを受け取った。あまり細かいことを考える時間は、もうなかった。
アルヴァンは壊れかけた通信機に手を置いた。
「アステラ号船長。アルヴァン・セイル。了解した。……ありがとう」




