第28話 発電機が止まっているのに
救助扉事件の終了から3時間後、美緒は玲華を整備コアへ呼んだ。葬祭室で治療を受けた負傷者の名前が、まだ報告書へ追加されている最中だった。
美緒は94秒間の配電点検記録を画面へ開いた。主発電入力は予定どおり低下し、補助発電機も作動していない。それなのに構造バッテリーの残余出力は、停電開始から20秒後に上昇していた。
「扉が開いた時点と同じね」
玲華が言った。
「扉の駆動に使った電力は、すでに除外しています」
美緒は灰色の曲線を拡大した。
「むしろ扉と照明が消費したのに、純出力が〇・八パーセント増えています」
「断電派が隠した発電源を使った可能性は?」
「熱、振動、電流流入の痕跡がありません。現場で押収した装置も、すべて消費機器でした」
出力は交戦が最も激しかった瞬間に頂点へ達し、患者と集会参加者が区画から出ると急激に低下した。美緒はその関係を説明しなかった。人の移動と設備の作動が同じ時間へ集中したため、どちらが原因かわからない。
黒鉄は道後の臨時拘禁と負傷者搬送を処理しており、ここにはいなかった。玲華は坂本へ出力原本を送った。数分後、彼は正規化していない下層活動記録を求めた。
「今回はフィルターを使いません」
美緒が言った。
「当然よ。あの人、自分のフィルターから疑い始めたから」
玲華の言葉に、美緒がほんの少し眉を上げた。彼女にしては珍しい反応だった。
構造バッテリー内部には、未分類電力を受け取る補助経路が何百本もあった。都市壁面の振動、配管の廃熱、昇降機の制動力など、捨てられるエネルギーを回収する回路だ。個別の入力は小さすぎるため、統合値でしか保存されない。
「残差がここへ混じった可能性が高いです」
美緒が言った。
「問題は、どの経路なのか確かめるには、区画ごとに一つずつ切らなければならないことです」
「都市を止めずに試せる範囲は?」
「整備区の作業線一本を、90秒ずつ隔離できます。それ以上は復旧日程へ影響します」
玲華は90秒の試験計画を作成した。人命上の危険がない区画、作業者本人の同意、医療班の待機。黒鉄の承認が必要だった。
画面の灰色曲線は、再び平坦になっていた。都市が正常へ戻ると、説明できない電力も消えた。何かが、停電と追跡、礼拝と交戦が起きている間だけ、構造バッテリーを押し上げた。
玲華は、その時間帯にいた人数も保存一覧へ加えた。
美緒は同じ時間帯の上層と中層の出力も分けて保存した。停電は都市全体で起きていたが、未分類上昇は葬祭室と隣接する下層区へ集中している。位置の違いが設備によるものか、人によるものかは、まだ分離できない。
出力上昇を事件の成果と解釈した文も、すべて削除した。何が入ったのかわからない状態で、良い電力と悪い電力に分けること自体が結論だった。
玲華は、その時間帯の負傷者数と移動者数まで保存一覧へ加えた。今度は落とさなかった。
坂本は洗濯店のサーバーを一台、そのまま整備コアへ引いてきた。公式網へ直接つながないという彼の意地のため、美緒は専用の遮断線を設置しなければならなかった。
「下層の位置信号は不完全だ」
坂本が言った。
「転出者も抜けた。断電派は意図的に切った。俺のフィルターも小さな値を消した」
「その不完全な資料で、何が見える?」
「一緒に動くかどうかだけ」
坂本は構造バッテリーの出力へ、昇降場の通行量、作業交代数、市場混雑度、医療呼び出し数を一つずつ重ねた。どれか一つだけでは一致しない。だが四項目を合わせ、人の移動と活動をおおよその曲線にすると、灰色の残差と形が似た。
美緒が時間軸を拡大した。
「出力が1.8秒遅れて追随します」
「通信遅延かもしれない」
玲華は市場の停電と診療所避難の時刻を別々に示した。どちらも活動曲線が上がり、約2秒後に未分類出力が上昇している。追悼式で人々が長時間立っていた間にも、小さな反応があった。
「人が多い時は設備も多く動く」
黒鉄が通信から言った。試験要求を検討中だった。
「換気、照明、昇降機の回収電力が原因である可能性が高い」
「だから対照試験が必要なの」
玲華が答えた。
「復旧労働者を実験対象へ使うな」
「同意を受けて、作業を90秒止めるだけ」
「拒否すれば寄与評価が下がると信じている人々だ。その同意を自由と呼べるのか?」
玲華は前田結衣を思い出した。黒鉄の指摘は正しい。玲華は参加の有無を作業場の監督官が知れないようにし、参加しなくても交代評価へ影響しない条件へ変えた。志願者がいなければ、試験も中止する。
坂本が活動曲線から上層の資料だけを抜いた。上層の通行量が増えても、残差の変化は小さい。下層の活動量との相関がより強かった。
「設備の違いかもしれません」
美緒が言った。
「下層の壁面には、回収装置がより多くあります」
玲華はその言葉を記録した。階層ではなく、設置構造が原因かもしれない。まだ人間の身体と電力を結びつける根拠はなかった。
黒鉄が90秒試験を承認した。責任者欄には玲華、美緒、そして自分の名を並べた。
「結果が出るまで、外部公開は禁止する」
「結果が人間に関係していたら?」
「その時に判断する」
活動曲線に、人々の目的は表示されない。働いた者、逃げた者、患者を背負った者、制圧のため走った者が、同じ上昇値へ統合された。データは動きを示すが、その動きの責任や意思を区別しない。
黒鉄は活動曲線を、警備要員の配置とも照合させた。動いていたのは断電派だけではない。制圧隊も同じ時刻に走り、戦っている。未分類出力がどちらの行動から出たのか、分ける方法はなかった。敵と味方という分類は、電力値の中で何の意味も持たなかった。
玲華は答える代わりに、原本の自動保存を入れた。判断の前に、少なくとも数値を消させないためだった。
試験場所は、第39整備区の運搬ベルト作業線だった。志願者は十二人。監督官は誰が参加したのかわからないよう外へ出て、美緒が作業線の電力を独立計測器へつないだ。
玲華は作業者へ条件をもう一度説明した。
「90秒間、すべて止めます。不快に感じる人、不利益が心配な人は今出ても記録しません」
二人が退出した。残る十人は互いの顔を窺い、その場へ残った。一人の女が訊いた。
「止まっている時間も、寄与として数えますか?」
「そう処理します」
それを聞いて、ようやく肩の力を抜いた者がいた。選択を保証するには、選ばなくても失うものがあってはならない。
美緒が試験を開始した。運搬ベルトと冷却ファンは通常速度で動き続ける。作業者だけが工具を置き、表示線の後ろへ座った。最初の20秒、構造バッテリーの数値は変わらない。
32秒目、灰色の残差が下がり始めた。
「補助経路、〇・二パーセント低下」
美緒が読み上げた。
60秒目には〇・六パーセントまで下がる。機械電力と回転数はそのまま。換気も照明も変化していない。
坂本が低く罵った。
「一致するな」
「一回じゃ足りない」
玲華が言った。
90秒が終わり、作業者は再び立ち上がった。工具が壁へ触れ、運搬箱が動く。1.8秒後、灰色の残差が上がった。元の水準へ戻るまで15秒もかからない。
作業者たちも状態盤を見ていた。自分たちが動いた後に数字が上がる。その意味を理解したかはわからない。一人の男が不安そうに訊いた。
「私たちが上手く働いたからですか?」
美緒は、知らないことを知るふりはしなかった。
「現在、原因を確認中です」
玲華は同じ人々で試験を繰り返さなかった。不要な負担を与えないため、別区画と別の作業形態を探す必要がある。
試験終了直後、参加者の一人の手が震えた。医療班は疲労と緊張によるものだと判断した。作業を止めていた時より、再開直後に症状がひどくなった。
玲華は彼を交代から外し、賃金と寄与点数を維持させた。男は感謝より、不安を先に見せた。
「私が抜けたら、数値がまた下がりますか?」
「それは、あなたの責任ではありません」
言葉は断固としていた。だが玲華自身にも、その責任が誰にあるのかまだわからない。状態盤の灰色の棒は、十人が再び動く間、静かに上昇していた。
試験後、玲華は参加者へ数値と、まだわからない部分をそのまま説明した。自分の仕事が都市を救った証拠だと安堵する者もいれば、なぜ自分が動く時だけ値が上がるのかと訊く者もいる。同じ結果が、人によって別の意味になった。
美緒は試験を再現できるよう、機械速度、室温、参加者の休息時間を一緒に記録した。人の動きだけを残すには、他の変化から消さなければならない。
誰も、その上昇を好ましい側の誤差とは呼ばなかった。
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