【3話】従者たるもの
「大丈夫ですか? クオ様......」エーリヤの不安そうな声で俺は目が覚めた、念の為仮面とフードを取らなくてよかったと、ひとまず安堵した。どうやらかなり深く眠っていたらしく、昨日の昼から鳥のさえずりが聞こえる朝になっていた。
全身は汗で濡れ、呼吸は荒くなっていた。そんな俺を見てエーリヤは手に持っている小さな箱からハンカチを取り出し俺の汗を拭ってくれようとしていたが、俺は慌てて「いや、大丈夫ありがとう、自分でやるよ」エーリヤは少し驚いていたが俺にハンカチを渡してくれた。俺はエーリヤに対し「顔を見られるのは恥ずかしいから、すまないけど向こうを向いてて欲しい」と言うとそのままドアの方を向いて待ってくれた。バレないか不安だったが仮面を少しずらし、素早く汗を拭った「ありがとう、もう大丈夫」と言うとエーリヤは振り返りハンカチを受け取ろうとしていたので「汚いから触らなくていい、俺が洗って返すよ」と言うとエーリヤはムッとした顔で「そんな事ありません」そう言い俺からハンカチをやや強引に奪い取った、異性のしかもオークの汗がついた物なんてよく触れるなと感心した。エーリヤは改めて一礼をしてから「食事の用意が出来ていますので、持ってまいりますね 」とドアを開けエーリヤは出ていった。俺はエーリヤが完全にいなくなってから急いでドアを開け逃げ出そうとしたが、昨日と違って一人だとあまりにも果てしなく長く見える廊下に、俺は気が遠くなるのを感じた、冗談じゃない何も訳が分からないというのに、大人しくするしか俺には出来ないなんて、深くため息が出たが上手く回らない頭で軽く状況整理をする事にした。
まずここは夢でも何でもなくちゃんと異世界だという事、実際一日たっているからだ、次にここは恋愛ゲーム? の世界だという事、しかも俺はこのゲームをやった事が無い、色々ありすぎて忘れていたがこれから俺にはハーレムが待っているから、まあそこは良しとしよう、そして最後にこれが一番問題だ、状況がかなり危なく、そして全く分からない事だ、何の為にここに連れてこられたのか、俺がここに来るより前に何かしら知らない事を経験している事、そしてオークだとバレたら殺されてしまうであろう事、やっぱりおかしいって、何で皆が憧れる異世界転生でハーレムなのにオークでバレたら死なないといけないんだよと頭を抱えた、しかしドアのノックする音が聞こえると何とかグッとこらえ、モヤついた気持ちが残ったが大人しく椅子に座った。
エーリヤがドアを開け、その片手にはトレイの上に乗ったいい匂いのする暖かそうなスープが見えた。エーリヤはとても申し訳なさそうに「すみませんクオ様お行儀が悪くて、でもこぼしてはいないのでご安心ください」と、どこか誇らしげに言った。エーリヤは食事の乗ったトレイを机に置き「ユシウセーペとヨーゲレアとピンです、温かいうちに召し上がってください」と笑顔で言った。??? 呪文か? 今のは、思わず俺は聞き返してしまった「ごめん、さっきなんて言ったんだ」エーリヤはきょとんとした顔で「ユシウセーペとヨーゲレアとピンです、もしかして、お嫌いでしたか?」とエーリヤは申し訳なさそうな顔になった。俺は慌てて「い、いや寝ぼけてて、凄く美味しそうだ、すまないが、また後ろを向いててほしい」エーリヤは「わかりました」と言い再び後ろを向いた、俺は机に座って手を合わせて仮面を外しスープを見た、スプーンですくいキラキラとした黄金色を見つめていた、どう見ても普通の野菜スープだよな? ぐぅぅと腹の音が鳴り、我慢できなくなった俺は「いただきます」と言い俺はスープを1口飲みスプーンを持ったまま硬直した。俺が物音も立てずに何も言わないのかエーリヤはとても焦った様子になり「す、すみませんお口に合いませんでしたか、急いでさげます......」エーリヤは慌てていたが、俺が突然「美味い! 美味すぎる! 何だこれ手が止まらない!」と下品にも食器をガチャガチャとならす音と俺の声で呆気にとられていた。腹が空いていたのもあって、エーリヤに構うことも出来ずに食事を進める手が止まらなかった。
野菜は柔らかいが煮崩れもなく歯で少し噛むだけで簡単にほろほろと崩れ、スープは旨みと甘みが凝縮され味がしっかりと濃く毎日毎晩これが飲みたいと言えるほどだった、パンは外はこんがり中はふわふわもちもちで柔らかくこれだけで腹が膨れるくらいボリュームがあった、しかも二個もある最高だ、パンやスープを個々で食べたり、浸したりパンを食べた後にスープを流し込んだり様々な食べ方で俺は堪能をし、最後にパンが一口分とヨーグルトが残ったのでまずはヨーグルトに手をつけた、特有の酸味は少しあったがとても甘みが強く濃厚だった、まるでチーズを食べているような感覚を覚える、これを最後にパンに乗せ俺はあっという間に完食をした。
俺は手を合わせ「ごちそうさま」と言い腹をさすった、生前の事は覚えてないとはいえ久しぶりにこんなに美味い飯を食べた気がした、俺は仮面を付け「凄く美味かったよ!また食べたいと思えるくらいに」と元気に言った、エーリヤは後ろを向いたまま「私が毎日ノア様や他のメイド様のご飯を作っておりますので、クオ様が大丈夫でしたら、私が毎日......お作りいたします」とぎこちなく言った。ずっと後ろを向き続けるエーリヤにハッとして「あ、もう食べ終わったよ、ごめん忘れてた......」俺フード越しに頭を軽くかき、あははと笑った、それを聞きエーリヤは振り返ったが、何故か頬を少し赤らめ顔をそらしていた、何かまずい事でもしたのかと思い「こんな美味い飯を今まで食べていたなんて、メイドさんやあいつが羨ましいよ」とエーリヤを慰めるつもりで言った、実際にそうじゃないかこんなに可愛くてしかも飯も美味いなんて最高すぎるなとニヤつきそうになったが俺の発言とは正反対にエーリヤは少し悲しそうな顔をして「私なんてまだまだです......兄や他のメイド様と比べたら大した事なんてありません」まるで独り言のように小さく呟いていた。疑問でしかなかった、だって俺より早くに起きて食事の用意、しかも複数人の用意をして他にも、俺か知らないだけでもっと色々な作業をこなしているというのに、こんなに君は凄いというのにどうしてだろうと思い俺は立ち上がり無意識にエーリヤの手を両手で握ってしまいながら「俺はここに来て右も左も何も分からないというのに君は優しくしてくれた、何だったかな、従者? とはいえ俺はそんなふうに誰かの為に頑張れたり仕えたりなんて出来ないから、君は凄いんだ誇れることだ」と仮面越しではあったものの、エーリヤを真っ直ぐに見つめて言った、するとエーリヤはさらに顔を赤くし目元と口元を緩ませ「そんな風に真っ直ぐと私を見て褒めて頂けたのはクオ様が初めてです......凄く嬉しいです」そしてエーリヤは握られた手を軽く握り返して「こんな私でもノア様や誰かの役に立てたら凄く嬉しいんです」笑顔でエーリヤはそう言った、握られた感覚で俺はハッとして慌てて手を離し「ご、ごめん!本当に! 」とエーリヤと同じく顔が赤くなっていくのを感じた、エーリヤは普段と違い深く一礼をし「......大丈夫です、すみません、お時間を取りすぎてしまいました、他の用事をしてまいります」と言いドアを開け、足早に出て行った。
やらかしたな最悪だ、絶対に気持ち悪いって思われたよな、ハーレムだというのになんでこんな思いをしなければならないんだとため息が出た。その後俺はふて寝でもしようと思い布団にくるまっていると勢いよくドアが開かれ「二度寝はダメです」とエーリヤに布団を引き剥がされた。
四日程こんな生活が続きある日、普段と違って彼女が来るよりも先に俺は目が覚めた、布団を畳み、カーテンを開け、朝日を浴びていた、朝日で照らされた自分の部屋、鳥のさえずりさえも、何もかもが素晴らしく映っていた、俺は晴れやかな気持ちでエーリヤが起こしに来てくれるのを待っていた、驚かしてみたかった、君のおかげで起きれるようになったと、もしかしたら彼女の自信がつくのではないかと淡い期待を抱いていた。しかしエーリヤはいつまで待っても来る事はなかった。




