情報の臨界面
シェイドの一機が爆発し、火花を撒きながら虚空に沈んだ。
その一瞬、頭の中に、無数の“ありえたはずの未来”が焼き付いた。
けれど俺は、その全てを切り捨てた。
選ばなかった未来は、ただの幻だ。
わかってはいる。
それでも……俺には、それが見えてしまう。
「敵機撃破確認。座標B-17、敵反応消失。ノード沈黙を確認」
観測班の冷静な報告が届く。
パスファインダー部隊とシェイドの残存隊との戦闘はまだ続いている。
通信には、焦りや怒号、悲鳴が交じり、戦場が混乱していることがわかる。
『通信層、局所的に破損! 修復まで二十秒!』
『近づくな、やられる……っ!』
『識別子消えた……誰か応答してくれ!!』
目を逸らしたくなる現実だが、これが“戦争”だ。
この空間は、情報が断片化し、秩序が崩れつつある。
――そのときだった。
視界の奥、黒く淀んだ虚空を、一条の紅が裂いた。
音すら伴わず、ただ一筋の光が真っすぐ現れた。
ファントム・アポカリプス。
推進尾は剣のように鋭く、削れながら燃えていた。
まるで、進むために自らをすり減らしているかのような存在だった。
艦橋のデータベースにあったはずの構造モデルと、形が一致しない。
“あれ”は、明らかに進化していた。
俺はその姿を視た瞬間、息を止めた。
――視えない。
俺の能力は、未来を“視る”ことができる。
敵の動き、戦場の展開、最悪の結果すら事前に感じ取れる。
だが、アポカリプスの周囲には、“何もない”。
確率の流れが、見えない。
どんなに意識を集中しても、そこだけ霧がかかっているように感じる。
まるで、あの空間だけが、未来を拒絶している。
通信が割り込んだ。
「君が……アレス・カインか」
声は低く、感情が蒸発したような冷たさだった。
聞き覚えのない男の声だ。だがその瞬間、俺の名が観測され、未来の道筋がひとつ潰れたのを感じた。
――なぜ、俺の名前を知っている。
「名前を視ただけで、未来は確定しない」
俺は静かに返した。
誰かにこの言葉を返すのは、初めてだった。
でも、なぜか通じると感じた。
――この男も、“未来”を視ている。
俺の確信は、疑いようがなかった。
ゼファー・クロス――名乗っていないが、その名は記録にある。
そして今、確かにこの空間に現れている。
俺の〈シュレーディンガー〉が確率収束ブレードを展開する。
対するアポカリプスは、無言でヴァニッシュ・ライフルを構えた。
周囲の粒子がざわめき、一瞬、光が紙片のように潰れて視えた。
情報層に干渉が起きている。
この空間が、ふたりだけの“戦いの場”に切り替わった証だ。
俺は未来をめくり、一つの動きを選ぶ。
ブレードを突き出す――“そうすれば勝てる”はずの確率だった。
しかし。
――それすらも、相手は先に固定していた。
ブレードは空を切り、概念の力だけが反発して波紋を残す。
ゼファーは、俺が選んだ“未来”を、俺より早く手に入れていた。
通信層では、依然としてパスファインダーとシェイドが交戦を続けていた。
しかし、この空間だけが異質だった。
まるで戦場の中にぽっかりと開いた、別の“次元”にいるように。
アポカリプスの視線が、こちらに向けられる。
互いの未来を視ながら、未来の奪い合いをしている。
そんな感覚が、肌を刺していた。
これは、“戦い”じゃない。
“観測”そのものを巡る、深淵の争いだ。
俺は、もう一つの確率をめくる準備をしながら、静かに呟いた。
「……どうやら、簡単には終わらせてくれないらしいな」




