確率の獣
「おいおい、何だってんだこりゃ。紙装甲どころか、カカオ豆の殻でも入ってたか?」
連合軍の中型量産機〈シェイド〉部隊が、壊滅したパスファインダー小隊の残骸を囲む。複数の味方機が破損した訓練機を蹴り飛ばし、無残に引き裂かれた装甲板を嘲笑した。
「これが“秩序の防人”だとよ。笑わせんな。あいつら、マニュアルも読まずに乗ってきたんじゃねえのか?」
「ガキどもにゃ荷が重いぜ、戦場はな」
だが、その嘲笑はすぐに空気へと溶けた。
レーダーが、ひとつの異常を検出する。
機影コードなし。IFF反応なし。
銀の鱗を纏った沈黙の閃光――ヴァリアント・シュレーディンガー。
「――来たぞ。あの銀の亡霊だ」
通信に沈黙が走る。誰もふざけない。シェイドのベテランたちは、数多の戦場を潜ってきた。冗談と死の距離を見誤るほど、若くはない。
「全機、散開。確率補正システムを最大値に」
「レベル4の干渉が来るぞ、視界の同期遅延に気をつけろ!」
だが、次の瞬間。
それは起きた。
銀の軌跡が一閃した。否、それは斬撃ではなかった。座標の「概念」そのものを抜き取るように、空間が裂ける。
「……何を見た?」
咄嗟に回避行動を取った機体のひとつが、応答もなく爆ぜた。損傷報告もない。通信記録すら残らないまま、ただ“存在”が消えていた。
「――一機、消滅!ログが……ない……」
「何言ってんだ!? 爆発ログがないだと!? ふざけ――」
二機目。光学視界に映るはずの味方機が、銀の残光の中で塵へと還る。
照準器が何も捉えられない。敵の位置は“常にズレている”。
「……座標が観測できねえ!? どこにいる、奴はどこに――!」
アレスはそこにいた。
自機と敵機の中間地点。通常なら絶対に通らない、最も危険な“交差空間”にその姿を晒しながら――微動だにせず、こちらを視ていた。
「馬鹿な、なんだその動きは……! トリガーを引いたのは俺の方が先だったのに……!」
一機が確率固定弾を撃ち放つ。が、アレスは避けなかった。
回避ではない。時間と確率の流れそのものを“調律”し、敵の弾道を先に“消した”。
「そんなのアリかよッ……!」
銀色の機体が動いた。
二歩で詰め、三歩で空を裂く。シュレーディンガーの右肩から展開された位相ブレードが、敵機のバイタルユニットを一閃。反応時間すら許されず、パイロットは断末魔すら上げられなかった。
「くっ……くそが……! 俺たちは数年、いや十年もこの戦場で生き延びてきた……!」
最後の一機となった男が、視界に映るシュレーディンガーへ自嘲気味に笑いかける。
〈敵とは思えねぇ。あれは“確率”の亡霊だ〉
機体が爆発寸前、彼は笑いながら、こう言い放った。
「――俺たちの時代は、もう終わりだ。あんなもんに勝てる奴、戦場にはいねぇよ」




