静寂の帰投
あの時、格納庫は妙な空気に包まれていた。
拍手もねぇ、ヤジもねぇ。
まるで“戻ってきちゃいけねえモン”が戻ってきたみてぇだった。
格納庫は静まり返ってた。
シュレーディンガーが帰ってきたってのに、誰ひとり口を開かねぇ。
拍手もヤジも、普段なら湧き上がる無責任な歓声すら、なかった。
まるで――異物が帰ってきたみてぇだった。
「おい……見たか? 一機で主力艦だぞ」
誰かがつぶやいた声が、反響するくらいの静けさ。
あぁ、俺も見たよ。
整備モニターで何百回と見てきた起動ログ。
でもあれは、なんつうか……見てる側の脳が拒絶するような動きだった。
まだ撃たれてないミサイルを“斬る”。
隠れてる敵を“いる前提”で撃つ。
空間ごと裂いて敵を消す――
あんなモンは“戦い”じゃねえ。“未来の編集”だ。
着艦ランプが点滅して、減速スラスターが焼け焦げの匂いを撒き散らした。
真っ白な装甲の塊が、音もなく帰ってきやがった。
寸分のズレもねえ、機械仕掛けの祈りみてえに。
ハッチが開いた瞬間――俺は、目を細めた。
中から出てきたのは、訓練生。
その時まで、ずっと名前が思い出せなかったんだ。
なのに――顔を見た、その瞬間。
「ああ……アレス・カインだ」
口から勝手に名前が出た。
何度も整備記録にサインしてきた。
整備士の性ってやつだ。名前だけは忘れねぇ主義だった。
けど、あいつだけは……なんでか、脳がすっぽり抜けてやがったんだ。
思い出した瞬間、妙な寒気が走った。
あいつは、機体から降りても無言だった。
汗ひとつかいてねえように見える顔で、こっちを見もせずに歩き出す。
静かに、音もなく。
影か何かが勝手に動いてるみてぇだった。
周囲の連中も、言葉を失って見送ってたよ。
ガキどもも、顔色真っ青にしてな。
「人間の動きじゃない」だの、「見たくなかった」だの。
心の中で思ってたことが、全部口に漏れてやがる。
それでも――技術士官のリリアだけが違った。
「君は……本当に“視えて”いたのね」
そう言って、満面の笑みで駆け寄ってきた。
けど俺には、あの笑顔が少しだけ……震えてるように見えた。
礼は言うさ、アレス・カイン。
お前がいなきゃ、ここに帰ってこれなかった連中が何人もいた。
だがな……
その“視えてる世界”ってやつが、あんまりにも俺たちとは違いすぎて、
俺はたぶん、また明日には――
お前の名前を、忘れちまう気がするんだよ。




