50:作戦会議
オレがナナセを知ったのはいつだっただろうか。
正直なところ記憶にない。当時のオレはゲーム系の配信者を片っ端から登録していて、そのときそのときで適当な配信を見ていた。
ただ、ナナセという人物を意識したきっかけは覚えている。それがトキシックリリーの実況配信だった。
トキシックリリーはインディーズの死にゲーで、敵の数や攻撃モーションがかなりキツめに設定されていて、界隈ではクソゲー扱いされていた。そんなゲームを実況するという配信に興味が湧いて覗いてみたのだ。
『ようお前ら。相変わらず暇してんのな。アタシも人のことは言えねーけど』
脱色した白髪にドギツい赤のメッシュをいれたナナセは、ラフな格好でゲーミングチェアに座っていた。
『今日やるゲームはコイツ、トキシックリリーだ。知ってるヤツいるかな』
彼女がそう告げた瞬間、案の定コメント欄がクソゲーで埋まる。
【聞いたことないゲームだな】
【クソゲーだってことだけ知ってる】
【ミストのレビュー見てきたけどめっちゃクソゲーっぽいな】
【ドパガキ全盛のご時世に死にゲーとか流行らないって】
それらのコメントを見たナナセは嘆息した。
『はー……お前らっていつもそうだよな。他人の評価をアテにしすぎ』
【でも、レビューの星は多数の人間から見た評価だぜ?】
【そうそう。個人の意見より信用できるだろ】
『その多数の人間の中にお前自身は入ってねーだろーがよ。評価基準を自分の外に置くんじゃねー。大事なのは自分にとって面白いかどうかだろ』
ナナセが鋭い目をさらに吊り上げてとがらせる。
『そうやって他人のつけた点数を鵜吞みにしてたら、出会えるはずだった自分にとっての神ゲーを避けて通っちまうかもしれねーぞ』
そう言って彼女はプレイを開始した。
序盤はアホほど死んだ。
彼女もコントローラーを投げそうになっていた。
しかし、ジャスト回避で周囲に毒をまき散らすというスキルが開放されたとき、空気が変わった。
『コレか――』
ペロリと唇を舐め、画面に顔を近づける。
そしてジャスト回避に関するスキルツリーにポイントを全振りしたのだ。
まず回避の性能向上にガン振りし、ジャスト回避時に攻撃力アップ、ジャスト回避時の毒の効果増大――それらを取った途端、ゲームが変わった。
【うお、またジャスト回避】
【ここまで上げるとだいぶ猶予があるんだな】
【敵の数が多いぶん、囲まれたときにどれかの攻撃に対してはジャスト判定が出るんだ。おもろ】
【ドーパミン出てます】
【ドパガキも見てます】
そうして彼女はたった一回の配信でリスナーのゲーム評価をぐるりと変えてしまった。
当時のナナセはまだ登録者も少なくて、結局トキシックリリーはさほど売れないまま埋没していったのだが、オレはそこから彼女の配信を追うようになった。
……まあ、さすがに配信や動画の全部を追えてるわけじゃないけどな。ナナセがAWAについてレビューしてたこととか知らなかったし。
しかし、そうか。
そういえばそうだ。レビューするなら当然プレイしているはずで、一度始めたらそうそう抜け出せないくらいには神ゲーなわけで、だとしたらゲーム内で会うことだってなくはないわけで。
それが実現して――あのナナセが目の前にいる。
なんて声をかけたらいいだろう。サインとかもらえないだろうか。
そんな風に考えたが、アポロニアでいきなりたくさんの人に囲まれたときのことを思い出した。あの焦りと緊張感を。
わざわざマスクをして別の名前でやってるんだ。それはつまり知られたくないってことだ。言及すべきじゃない。正直めちゃくちゃ語りたいしサインも欲しいけど、ここは我慢だ。知らないふりをするべきなのだ。
おれは なにも きづいてない。
よし。
「ハスキーくん? どうかした?」
「ああ、すいません。ちょっと考えごとしてました」
「お、戻ってきた戻ってきた。じゃあ、そろそろスフィンクスの攻略について話していくよ」
「はい」
本筋の会議が始まった。
「まず、スフィンクスの基本的な性能から行こうか。弱点は火属性、攻撃は主に地属性だから火属性武器と地属性耐性の防具がおススメだ。特に山風くんはジュピトリスを開放したばかりだから装備屋さんを覗いてくるといいよ」
「うむ。ヒュドラ戦でお金もだいぶ入ったので、適当に見繕ってくるのでござるよ」
オレは防具についてはほぼ選択肢がないから、整えるとしたら武器の方だが――属性武器が店売りしてるとも思えないし、ヒバの成果待ちだな。
「次にスフィンクスの攻撃について。スフィンクスは定期的に『風化の砂塵』という技を使ってくる。これはダメージを与えながらプレイヤーの武器の耐久力を削ってくる特殊な技だ。なので、武器は複数用意しておきたいね」
……となると、さすがにヒバは間に合わないか。
あとで店売りの刀を見てこよう。
「次にギミックだ。スフィンクスは謎かけをしてきて、答えられないと『風化の砂塵』の強化バージョンを放ってくる。正直私としては納得できない部分ではあるんだけど」
「納得できない?」
「スフィンクスには二種類いる。石像で男性型のエジプト型スフィンクスと、生身で女性型のギリシャ型スフィンクス。伝承では謎かけをするのはギリシャ型スフィンクスなんだけど、このゲームのスフィンクスのグラフィックはエジプト型のもので――」
「設定的なヤツかよ。その解説はいらねーぞ、タリア」
「おっとごめん。脱線した」
舌を出すウィスタリアさん。
「スフィンクスの謎かけだけど、最初に『誰誰に問う』ってプレイヤーを指定して、それから質問をしてくる。質問は『なぞなぞ』『知識』『自由記述問題』の三種類。『自由記述問題』は基本なんて答えても正解になるから必ず答えてほしい。ちなみに解答前に他の誰かがしゃべると不正解になる」
「答えを教えたりはできないんですね」
「そういうことだね」
「拙者、なぞなぞも知識も自信がないのでござるが……」
「失敗しても責めやしないよ。これはゲームだ。気楽にやろう。次にDPSチェックについてだ。スフィンクスが『汝らの力量を問う』って言って黒いオーラをまといだしたらチェック開始、1分以内に目標ダメージに届かないと大ダメージの衝撃波を放ってくる。後衛は下手すると即死だ」
「あの、オレも山風も布装備だから後衛同様たぶん即死なのでは……?」
「信じてるよ、ハスキーくん。がんばれがんばれ」
え、オレが火力を出すこと前提なのか!?
「アタシもいるから大丈夫だろ。心配すんな、犬っころ」
「ああ、リリさんは火属性でしたっけ。なら大丈夫か」
「リリとハスキーくんは適正レベルを超えてるからね。いけるいける」
そういうことならまあ……いけるのか?
「ダメだったらもう一回挑めばいいのさ。まだまだ時間には余裕があるしね」
「となると、本番はシスターが来れる金曜でござるか? それまでは偵察気味にやると」
「毎回倒す気でやるに決まってるだろーがよ」
「そりゃあ気負いすぎだよリリ。ゲームは楽しく――」
『ワールドアナウンスです』
「――ん?」
急にシステムによる音声が流れた。
同時に目の前に文字も浮かび上がる。
『第二の聖獣ガルグイユが撃破されました』
『撃破パーティのメンバーは『ウィルフレッド』『アロンダイト』『ゴールディ』『いよかん』『リンリン』です』
『エリアボスの討伐により、芸術の街ウェーヌスが開放されました』
「へえ、新しい街の開放か。そしたらそっちにも装備を見に行った方がいいですかね?」
システムメッセージからウィスタリアさんに視線を移す。
しかし彼女は答えなかった。少しだけ焦ったような表情をしていた。
そして告げた。
「ちょっとだけ――猶予がなくなったかもしれないね」
「おいおい。まだ間にピュートーンってのがいるだろ」
「ああ、第三の聖獣でござるな」
「いや、私の予想が正しければ――ピュートーンは飛ばされる。だから」
ウィスタリアさんは一同の顔を見まわし、宣言した。
「――スフィンクスの攻略を急ごう」




