23:二日目の朝
――目が覚めた。
寝たまま枕元をまさぐり、スマホを手に取る。
朝の六時か。
今日は土曜日だ。普段ならこのまま二度寝するところだが、今日だけはそんな気にはならなかった。昨日のゲーム体験に脳を焼かれてしまったからだ。
「……ゲームしたくて早く起きるとか、子供かよ」
いや、仕方なかろう。
現実と遜色ないレベルで動けるゲームで、好き放題に剣を振るえて、その上ちょっと不思議なお姉さんまでいる。男子高校生の脳を焼くには十分すぎる出来事だったのだから。
「――っと」
スマホの画面をよく見たらヒバから反応が来ていた。
昨日の夜、寝る前に『AWA神ゲーだったぞ』とだけ送ってそのまま寝てしまったんだよな。ええと、なになに――
『了解。俺も買っておくぜ。けどやっぱり今週末は無理そうだから、参戦は週明けからになるなー。ので、引き続き味見しといてくれ。武器の浮気も許すから』
「浮気て。いやまあ、浮気か」
元々ヒバの小鍛冶家は江戸時代くらいまで如月家と本家の当主に刀を打つ役目を負っていた。それ以降も奉納という名目で刀を納めることは続けられていて、それが完全になくなったのがヒバの親父の代だった。
ヒバは小さい頃からオレの刀を打つことを使命だと言っていたから、それがけっこうショックだったらしい。結果、ゲームをやるとヒバが鍛冶職を取ってオレがヒバの打った刀を使う、というロールが自然と二人のお約束になった。
だから仮にヒバがAWAに来たらやっぱり刀鍛冶をやるんだろうけど、ジョブの概念がないゲームなんだよな。生産職がどういうシステムなのかオレにはまだわからないし。
「……考えてみたら戦闘職のことも何もわかんないわ」
思えば知らないことばかりだ。
だが、それが逆にワクワクする。早くプレイしたい。
「けど、まずは朝飯か」
朝食は必ず摂ること。それが我が家のしきたりだ。
布団を恋しがる体を無理やり起こしてベッドから脱出し、階段を降りて一階に向かう。
洗面所で顔を洗い、うがいをし、軽く寝癖を整えてからリビングへ行くと、すでに我が妹が澄ました顔で朝食を取っていた。
「――兄さん、おはようございます。今日は早いですね」
「おはよう、純恋。父さんたちは?」
「少し前に出ました」
「そっか」
台所に行き、オレも朝食の用意をする。
ご飯を盛り、味噌汁を盛り、冷蔵庫から小さな納豆パックを一つとラップがかかけてある小皿を取り出す。味噌汁のお椀の上に小皿を乗せ、その上に納豆パックを乗せて左手に、箸をご飯の上に乗せて右手に持ち、テーブルに運ぶ。
「いただきます」
今日の朝食はご飯、ほうれん草の味噌汁、焼き鮭、納豆だ。
朝食も和食なのが我が家の伝統で、パン食は滅多にない。これも古い家特有の伝統というやつだろうか。
「兄さん、昨日はずいぶん遅くまでノルンを使ってらしたようですが」
「ああ、ちょっと新しいゲームにハマってさ」
「珍しいですね。VRゲームは嫌いだったのでは?」
「それが新しいやつは今までのと全然違うんだよ。思ったとおりに動けるし、本当に現実みたいな感じでな。そういうわけで、しばらくノルンを独占したいんだけど」
「構いませんが」
オレが納豆をかき混ぜ始めると純恋が眉をしかめる。
我が妹はネバネバするものが苦手なのだ。美味いのにな。
「その代わり、昼食後に道場に来てくれませんか。久しぶりに稽古をつけてほしいのです」
「いいよ」
「ありがとうございます。ですが――」
「ん?」
純恋は食事の手を止めてじっとこっちを見ていた。
そんなにネバネバが気になるのだろうか。仕方ないだろう。魯山人先生も納豆は混ぜるほど美味いって言ってるんだし。
「なんだよ、納豆くらい食べさせてくれよ。お前に強要するわけじゃないし」
「そうではなく。VRゲームでは兄さんと一緒に遊ぶことはできませんね」
「ノルンは普通一家に一台だしな。なんだ、お兄ちゃんと遊びたかったのか?」
「べ、別に、そういうわけではありませんが……」
「なら父さんにねだってみたらどうだ? 父さん純恋にはダダ甘いからな」
「……考えておきます」
そんな会話をしながら、朝食の時間は和やかに過ぎていった。




