夜に奔る影
「もう夜が明けそうだな…… そろそろ帰らないと」
夜の平原の端、使い古した剣を手入れしながら若者が傾いた月を見上げて呟く。
魔物との戦いは幾度も経験しているものだが、今日の彼は少し入れ込み過ぎていた。
ハンター、力を持たぬ民の為に日夜魔物と戦う者をそう呼ぶ。
そして彼はそんな世界の片隅に籍を置く人間だ。
「まだまだ時間が掛かりすぎる…… もっと効率を考えないと」
彼らは魔物を狩る際に、一つの仕組みを考えた。
それは魔物の強大さをスコアにし、狩りながら決められた区間を走り抜けるレースだ。
この地を治めるマルク王国では正式にハンターを集め結成されたクランが存在するが、入団するためには試験や面接などをクリアしなければならない。
しかし、若者達にその決まりに従って入団するまで戦うなと言うのは難しい。
多くの若者は近場の地域で非正規のクランを結成し、勝手にコースを設定しタイムとスコアを競い合っている。
その活動が盛んなせいで、王国の正規クランが魔物の後処理係状態なのが現状である。
この若者もその一人、夜中に地元の平原に繰り出して魔物との戦い方を考えるのが日課の男だ。
いつもの練習と違ったのは、もう誰も残っていない様な時間に見慣れない二つの人影が通り過ぎたこと。
尋常ではないスピードで走り去り、途中で襲い掛かる魔物を斬り捨てて進んでいる。
「なんだったんだ、今のは」
一人は大剣を構え、重い一撃で魔物を斬る。
一人は直剣で魔物の急所を刺し、こちらも一撃で仕留める。
(なんだコイツ、初めての場所とはいえ俺が振り切れないなんて……?)
ゴブリン、ハーピー、リザードマン、どんな魔物が襲っても確実に急所を貫く。
大剣の若者は大振りの攻撃のせいか、やがて僅かに直剣のハンターにリードを許す。
それでも喰らい付いて走り続ける中、一際大きな何かが月に照らされ影を落とした。
毒と石化の息を撒き散らすバジリスク。
本来回復の術を整え、落ち着いて対処するのが常識の魔物だ。
しかし直剣のハンターは加速したまま走り続ける。
(バカが。バジリスクの正面から突っ込むなんてブレスの逃げ道が無い。全身に喰らって終わりだ)
彼がそう思うのは当然のことだ。
これまでの少なくないレースの経験が彼に危険だと判断させ、足を踏み止まらせた。
だがもう一人は違う。
身体強化の魔法が乗ったままのスピードで真正面から飛び込み、そのままスライディングでブレスの予備動作に入ったバジリスクの真下に潜り込む。
そして一切の迷い無く、その腹に剣を突き立てる。
(なに!?)
加速の勢いで掻っ捌き脇に飛び出し真上に跳躍、首の根本に追撃の一刺しを入れ、その巨大な体躯を踏み台にして走り去った。
月が照らすのは、鎧など纏っていない黒の軽装。
(アサシン…… “アサシン”だと……?)
その場に残ったのはバジリスクの死体と、呆気に取られ立ち尽くす大剣を構えたままの青年だった。
「君!! なんだコイツは…… 大丈夫か、怪我は?」
「俺は、悪い夢でも見てたのか……」
後から追いついた青年が心配して声を掛けるが、彼には怪我などよりも強い衝撃が走り、心はそれに囚われている。
「あんな直剣だけでどんな奴も仕留めるなんて…… 何者なんだ、あのアサシン……」
二人の青年は、それ以上言葉を発することが出来なかった。
「すげーよなぁ…! アサシンがウォーリアと互角に競って、その上勝っちまうなんてさぁ!! オレも見たかったなぁぁ……」
「なあレミー、それってそんなにすげーのか?」
「グリムお前何も知らねーな。そもそもアサシンは毒とか不意打ちが基本の戦い方なんだ。正面から飛び込んでくる魔物を斬ったりするレースと相性いいわけねーだろ!!」
魔物討伐の仕事をまとめ、クランの手綱を握るギルドは各地域に存在する。
その受付の一角で、暇な少年二人は雑談に興じている。
一人は拳を握って語り、もう一人は気の抜けた様な態度で返事をしていた。
「そもそもなんでレースするんだ? ていうか勝手に魔物って狩っていいんだっけ」
「それはまあ、ダメなんだけどさ。でも正規の王国クランに入らないと狩りが出来ないなんて戦う人間が少なすぎて明らかに人手が足りないだろ? だからまぁ王国も大々的に取り締まりは出来ないのさ」
「そんなもんか、なんかテキトーだな」
「それどころか優秀なハンターは正規のクランに引き抜きもされるらしいからな。頭ごなしに禁止って言われるよりオレはいいと思うぜ。オレもいつか、このギルドの『ナイトスターズ』に入りてーよ……」
「入れないのか? 王国のじゃないし、頼めば入れるだろ」
「ちゃんと自前の武器を持って戦えないと入れねーよ! オレまだマトモな武器持ってねーし、だから働いてるんだよ」
「あー…… 上を見れば結構値段するもんな」
日々際限無く現れる魔物を狩る為に、ハンターは万年人手不足だ。
そのため別にハンターに職業免許などは存在しない。
どの段階で名乗るのかは、その個人の裁量による。
要は“どこまで見栄を張る”か、というところが大きい。
「別に最初は取り回しとかを考えて安いのでいいんじゃないか?」
「分かるよ。最初から高いの買っても扱いきれないだろうとかさ。でも最初だから良いのを買いたいっていうのもあるじゃん」
「まぁ、そりゃあな」
「またハンターの話? 男の子って好きよね」
「アンジュか、仕事は?」
「グリム達と違ってちゃんと終わらせたわよ。そろそろ狩りの獲物が運ばれてくるんだから、準備しなさいよ」
「あ、やっべこんな時間か」
長引く雑談に、一人の少女が呆れた様に口を挟む。
遠くから聞こえる賑やかな声に反応し、少年達は外へ飛び出していった。
マルク王国の王城、玉座の間。
王城と呼ぶにはあまりに無骨で、装飾など無駄と言わんばかりの内装に王の人柄が現れている。
その玉座に座るは、正に質実剛健を体現したような白髪の屈強な老王だ。
「国王、今月の新規クラン入団者の名簿になります」
「うむ。しかしどうなのだ、実際のところ。目を惹く様な逸材はいるのか?」
「いえ、正直高い水準でまとまってはいますが、光るものがあるかと言えば……」
「こればかりはどうしようもないな。武器を扱えて初心者、魔法を組み合わせることが出来て中級者。その上の者は、どちらでもない要素で輝きを出す者だ。魔物の発生に有効な手を打つ為に是非とも手に入れたいが、鍛えて出来上がるものでもないからなぁ」
「一番の有望株は、ガルシア兄弟でしょうかね。彼らが所属しているクランも、全体のレベルが高い」
「あの兄弟か、一度声は掛けたがなぁ。兄の方がまるで興味を持たん」
「ああいった若者達ですと、引き抜きは夢だと思うのですが」
「あの小僧は自分の夢にしか興味が無いのだ。そしてそういった手合いこそ優れた者が多いというのも困りものだ」
国王は言葉と対照的に穏やかに笑う。
それは大きな夢を抱く若者の姿を、在りし日の自分に重ねている様に。
「引き続き各地域のレースタイムとスコアを気にかけておけ。逸材を見逃さぬ様にな」
日没が訪れしばらく経った頃、グリムは自宅へ帰っていた。
村から少し外れた場所に立っている小さな薬屋、それが彼の実家だった。
店の入り口では母親が長い黒髪に煙を纏わせ、タバコを吸いながらギルドの広報を眺めて立っている。
「お、おかえりー。メシは?」
「食ってきた」
「相変わらず愛想が悪いねぇ」
「お袋も人のこと言えねーだろ」
彼女は今日もぶっきらぼうに答える。
このやりとりが、この親子の日常だった。
「明日も配達あるんだからさっさと寝ときな」
「わぁーってるよ。おやすみ」
「おう、おやすみ」
数時間後、まだ夜中の域を出ない時間に彼女らは準備を始める。
母親のアマンダは仕上がっている薬を包みにまとめて荷物を縛り、グリムはいつも身に付けている黒の軽装を準備する。
「魔物から攻撃されるんじゃないよ、荷が崩れる」
「もう何回も聞いたよ。行ってくる」
「気ぃ付けてな」
陽が出る前に平原を突っ切り、最短で今日の分の薬を王国へ配達するのがグリムの日課だ。
魔物からの攻撃を受けると荷が破け、商品が台無しになってしまう。
だから彼は全ての攻撃を避け、王国に魔物を引き連れて行かない様に倒す。
時間を節約する為に、ロングソードで急所を一突きにして。
身体強化の魔法を自身に施し、今日の配達が始まる。
「さて……」
特に気合いを入れるでもなく、彼は今日も平原を駆け抜ける。
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