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1_13 「刑務所に行こうぜ」

<<おい、刑務所に行こうぜ>>

「すごいこと言うわね、あなた」



 領主館のある村へ戻ったあたりで、タヌキがそわそわと体を起こした。



<<約束だろ! 呪いで人が死んだのかどうか調べるって!>>

「はいはい、分かりました」



 一度領主館に戻ると魚を持ったトパースを下ろして、私たちは再度馬車で村へ向かった。



「でも私が刑務所を見せて欲しいって言って、素直に見せてくれるかしら?」



 何せ私の立場は公的にはただの一般人である。

昨日訪れた時の看守たちの不審そうな顔からは、とても協力的な態度は期待できそうにない。



<<あの神父なら手伝ってくれるだろ>>

「じゃあ教会に行きましょ」



 そういうことになった。



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 聞けば教会は、この地で最初にできた建物なのだという。

その頃はまだ刑務所もなく、人が寄り集まるようにしてできた寒村で住人が立てた本当に簡素な礼拝堂がその起源だそうだ。

それ以来増築を何度か経た小さな教会は、今現在も住人たちの心の拠り所である。



(由緒ある建物にしてはボロっちいのよねぇ……)



 建物を見てそう思わずにはいられない。

壁はところどころボロボロと剥がれているし、屋根板も応急処置に打ち付けられた木板が何か所もそのままだ。

こんな北の果てのへんぴなところまでお金が回ってこないのは宗教界も事情は同じらしい。



(神父様も大変だわ)



 内心で妙な共感を覚えながら、タヌタヌを連れて馬車を下りた。

敷地内に造られた学校ことあばら家の横を通って礼拝堂のある本堂へ向かう。

ついでマダマさまの様子を見て行こうかと思ったが、学校の中は静かだった。

おそらくはもう授業は終わったのか、生徒たちにせがまれて外に遊びに連れ出されたのかどちらかだろう。



「ごめんくださーい。神父様、いらっしゃいますか?」



 教会には修道士も修道女もおらず、アメシス神父一人で切り盛りしている。

取り次ぎは期待できないので大きな声で呼びかけた。

ごそごそと慌ただしい物音がしたあとで、奥からアメシス神父が小走りで表側へ出てきた。



「……ごきげんよう、レセディ嬢」



 落ち着かない様子だったが、神父様は威儀を取りつくろって挨拶してきた。



「ごきげんよう。もしかして何かされていたんですか?」



 急に押しかけてきて迷惑だったろうか?

一応確認してみると、神父様は顔を曇らせた。



「昨日亡くなった囚人の葬儀の用意を……」


 

 あ。そういえばそうだった。

監獄内で急死した囚人の葬式も執り行えるのは神父様だけだ。ヒマな訳がなかった。



「葬儀はいつ?」

「夏なのであまり時間はかけられませんが、ご遺族から連絡がないか待てるだけ待ってみるつもりです」



 世のやるせなさに少し疲れた顔でアメシス神父は答えた。

口では言いながら、おそらく葬儀の参列者はひとりもいないであろうと諦めているのだ。



「今日はどんな御用で?」



 何と言っていいか分からなくなった私に、神父様は少し無理に微笑を作って先をうながしてきた。



「あの私、受刑者が急に亡くなる理由が知りたいんです。ちょっと呪いだなんて信じられなくて」



 これは本当はとなりのタヌキの意志なのだが、私以外とは会話のできない彼のために代弁する。



「人が続けて急に亡くなる原因を調べて、改善できればと思っているんです」

「おお、それはそれは!」



 ぱっとアメシス神父の顔が明るくなった。

礼拝堂で呪詛しているなどという疑いをかけられている身としては、協力者が出てきてくれるのはまさに地獄で仏の心持ちだろう。

この比喩が宗教的にセーフなのかは知らないが。



「……受刑者が普段どんな生活をしているのか知りたいんですけれど」

「もちろん、喜んでご協力しましょう」



 神父様は嬉しそうに私の手を両手で握って謝意を表した。

優男の見た目に似合わず、手は荒れていてがさがさしていたのがちょっと意外だった。



「しかし事前に申し込まないと、監獄内に部外者が入るのは難しいでしょう」

「あ、そうなんですか」

「代わりと言ってはなんですが、労役をしているところならすぐ見学できるはずですよ」

「労役?」

「ええ、開放監にいる囚人たちが刑務所の外の畑で農作業をしているんです」



 意外なことを神父様は口にした。



「囚人って外で働いてるんですか?」

「そうですよ? 懲役囚は作業を行うのも刑罰のうちですから。禁固刑を受けている者や、素行が悪くて懲罰房に入れられている者は別ですが」

「刑務所内で何か作ったり印刷してるんだと思ってました」

「他の刑務所ではそういうところもあるようですが、残念ながらここでは作っても出荷できるようなものがなかなかなくて……」

「はぁ」

「それで囚人たちが自分たちの食べるものを作っているんです。その、国から出る予算が少ないのでそのままでは満足な食事も与えられない有様なので……」



 ここでも景気の悪い話が出てきた。

全く気が滅入りそうだ。



「と、ともかく実際行ってみましょう。私が一緒なら看守はすぐ見せてくれるはずです」



 神父様がそう言うので、馬車に同乗してもらってこの足でそのまま行くことになった。



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「へー、立派な畑じゃないですか!」



 見渡す限りの緑の畑を前に、私は嘆息した。

となりでタヌキがくんくんと鼻を鳴らして、大きな葉っぱが赤土から生えているのをしきりに嗅いでいる。



「刑務所の外にこんな大きな畑があっただなんて!」

「いえ、ここも刑務所の中なんです」



 少しだけ得意げにアメシス神父が説明を加えてきた。



「ほら、あそこに柵が見えるでしょう? あそこまでが刑務所の敷地です」



 神父の指さす遠方で、確かに小さな柵がずっと続いて畑が囲われているのが見えた。

反対側を振り返ると、これまた遠くにぽつんと例の四角い監獄があった。

こんな広大な土地が刑務所の中だとは。

てっきり監獄のあるところだけだと思っていたのに。



「確かにこんな広いなら、有効活用しないともったいないですね」

「そうでしょう。以前はここもただの空き地だったんですが、その、口はばったいのですが私が申請して畑として使えるように許可を取ったんです」



 自慢話と取られると思ったのか、ちょっと恥ずかしそうに奥ゆかしい神父は言った。



「これは何を植えてるんですか?」

「ダイオウです」



 見たことのない野菜だった。

かさの大きな葉が折り重なるようにめいめいに延び、下の土が見えないくらいである。



「この土地でも本当によく育つんです。株分けであっという間に増えるし、年に何度も収穫できるし、まさしく神の恵みです」

「へえ……」

「あとは寒さに強い芋とか、とにかく寒くて土地の良くないここでも作れるものを作らせています」

「あれ? 麦とかは育てないんですか?」



 見渡すと青葉や芋のつるばかりで、畑には穀物らしいものが植えられていない。



「ああ、背の高い植物は許可が下りないんです」

「? どうして?」

「囚人が脱走する時に隠れられちゃいますから」



 思ったよりも切実な理由だった。



「囚人の宿舎もご覧になりますか?」



 畑の区画の隣では、頑丈で飾り気のない木製の建物がいくつも並んでいた。

刑務所というより、戦争映画で見たことのある捕虜収容所といった感じだ。



「……ここでも人が死んでるんです?」



 小声でアメシス神父に尋ねてみる。



「実はですね、外の宿舎の方が急死した数は多いんです……」

「え?」

「急死した囚人のうち、30人近くが外で畑仕事をしていた囚人なんです……」



 ちょっと信じられなかった。

塀の中で閉じ込められているより、よほど健康的な暮らしをしているではないか。

看守の監視付きなところを除けば村人の生活とほとんど変わりない。

なぜこれでいきなり人が死ぬのだ?


 

「な、何かお気づきになられましたか?」



 おそるおそるといった具合で神父様が聞いてきた。

となりのタヌキに小声で確認する。



(どう? 何か怪しいものある?)

<<今のところ何も>>



 私は小さく首を振った。

神父様の顔が、みるみる落胆で強張っていった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 「私が申請して畑として使えるように許可を取ったんです」 「急死した囚人のうち、30人近くが外で畑仕事をしていた囚人なんです……」 おやおや?つまり……?
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