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1_14 「ボクは赤ちゃんです」

 気まずい空気のまま神父様を教会に送り。

領主館に戻ってきたころには、もう辺りは薄暗くなってきていた。



「結局今日も成果なしか……」



 税収アップにつながる道は見つからないし、刑務所内の不審死も原因は不明のままだし。

一日中駆けずりまわって何も進まなかった。

徒労感を覚えながら領主館の中へ入る。



「ん?」



 領主館の中は暗いままで、明かり一つついていなかった。

誰も帰って来ていないのかと一瞬思ったが、小さなせき払いや足を踏み変える音などなど、人の気配はする。



「え、どしたの?」

 


 何事かとリビングに入ると、妙な光景がそこにあった。



「……」



 テーブルにはマダマさまが一人かけている。

天板に組んだ腕の上に顔を乗せ、突っ伏していた。

その後方にベリルとトパースの二人が立っている。

気まずそうに距離を置いてもじもじとしているが、テーブルにうずくまる少年に声をかけようとはしない。



「た、ただいま……」



 事情がつかめないまま声をかけると、二人の顔が少し明るくなった。

どうやら少年に声をかけてもいいらしい。



「あの、マダマさま?」



 怒っているのか。泣いているのか。それとも機嫌が悪いのか。

顔が見えないままでは全く分からなかったが、ともかくマダマさまに声をかけてみた。


 

「話かけないでください……」



 返事をされたことにちょっと安心する。

こういうとき一番難しくて面倒くさいのは、意思疎通を拒絶されて貝のように呼びかけに反応されないことだ。

反応が返ってきたということはコミュニケーションが成立するということである。

少し安心しながら探りを入れてみた。



「何かあったの?」

「ボクは赤ちゃんです!」



 いきなりどうした。



「えぇ……?」

「バーブ―!」



 テーブルに突っ伏したままでイ●ラちゃんのような声を出されてはこちらとしてもそれ以上追及することもできない。

どういうことかとベリルに目で尋ねると、困り顔で説明してきた。



「レセディ嬢がお帰りになられた後、例の子供たちにせがまれて殿下は遊びにお付き合いされることになったのです」

「ああ、あの三姉妹ね」

「それで、一番下の子の提案でままごとをすることになったのですが……」

「うん」

「殿下は赤ちゃんの役をさせられてしまったのです」



 思わず吹き出しそうになった。

ぴくりと少年が肩を震わせたのが見えたので、慌ててこらえる。

ここで下手なことをすれば傷ついたプライドに塩をすりこんでしまいかねない。



「こ、公爵様が赤ちゃんの役をやらさせられたの?」

「王族の嫡流の血を受け継ぐ殿下が、です」

「あの子たち大物になるわ……」



 唖然とするべきか、感心するべきか分からなくて、私はため息をついた。



「ベリルは止めなかったの?」

「子供たちが起こすことには、いかなる不敬罪も大目に見るように殿下から仰せつかっておりますので」



 子供のすることは大目に見ろ、とあらかじめ言ってしまっていたわけだ。

マダマさまとしては付き合わされるまま赤ちゃん役をやらされるしかなかったのだろう。



「ボクは赤ちゃんです……」



 羞恥と屈辱に肩を震わせていたマダマさまだが、こらえきれずに震える声で言った。

 


「赤ちゃんだからオムツを替える真似をさせられたり、ミルクを飲む真似をしました」

「……プッ」

「今笑いました!?」

「笑ってない、笑ってないわよ」



 マダマさまがばっと顔を上げる。

涙をいっぱい貯めた目が見えて、慌てて手を振って否定した。



「で、殿下。ままごとの中のことですからお気になさらずとも……」



 ベリルが気休めを口にしたが、ガラスのナイフと化したマダマさまは警護官の言葉に噛みついた。



「ベリルはお父さんの役がやれて良かったですね!?」

「あう……」



 どうやら巻き込まれたベリルはもっと良い役を貰えたらしい。

ひょっとしてマダマさまも父親役がしたかったのだろうか?



「人に当たるんじゃありません」



 たしなめながら『正直すっごく面白そうだ』と思った。

できるなら私も参加してみたかった。



「どうせボクは赤ちゃんですよ!」



 顔を真っ赤にしたマダマさまは再びテーブルに突っ伏した。

それが少年にとっては最大の抗議と不満のアクションらしい。

育ちと生来の人の良さで、大声を上げたり暴れまわったりすることは思いつきもしないのだろう。

なんていじらしいやつだ。



「そんなに自分を卑下しないで」

「……いいえ、どうせボクは赤ちゃんバブ!!」

「ままごとはもう終わったんだから役に入らなくても良いのよ」



 どうやら姉妹たちによる厳しい演技指導があったらしい。



「……本当に赤ちゃんみたいなものです」

「えっ?」



 思うことを吐き出して少しは気が済んだのか、ややトーンの下がった声で少年はつぶやいた。



「ボクが一番みんなの役に立ってません」

「で、殿下。そのようなことは……」

「えらそうなこと言ってオズエンデンドに来たのに、領地のことは全部レセディに任せてるし……」



 片目でちらりとマダマさまはこちらを見上げてきた。



「せめてと思って学校を始めたのに、子供たちに教育することだってまともにできてません」

「ずっと気にしてたの?」

「情けないです、頼りきりの赤ちゃんと変わりありません」



 それまで黙って成り行きを見ていた、床の上のタヌキがぽつりと言った。



<<一家の大黒柱としちゃあ稼ぎもないしなぁ>>

(アンタには言われたくないわよ、マダマさまだって)



 そういう自分は、興味のあること以外は食っちゃ寝食っちゃ寝のタヌキ生活を謳歌しているくせに!



「……マダマさま。誰だっていつもうまくいくとは限らないのよ」



 そっと少年の華奢な肩に手を置く。



「役に立たなかったのは私だって同じよ。今日の成果なんてイワシが何匹かもらえただけだもの」

「イワシ?」

「でもね、腐ってても良いことないわ。魚で例えるなら、不漁だからってふてくされてたらいつまで経っても魚は獲れないでしょう?」



 あまりうまい例えではなかったが、少年は静かに話を聞いてくれた。



「それにね、誰か一人が全部やる必要はないの」

「え?」

「私たちはマダマさまについてこのオズエンデンドにやってきたんだから。私たちが何かできたとしたら、それはマダマさまの成果だと思っていいのよ」



 今のところ私たちも何の成果もあげられていないのだが、とりあえずそれは脇に置いておいた。



「……」



おためごかしはやめろと言われるかと一瞬ヒヤヒヤしたが、マダマさまは椅子の上で体を起こした。



「ごめんなさい、ボクが軽率でした。折角みんなに来てもらったのに、一人で不機嫌になって……」



 しゅんとうなだれながら反省している。

悪びれもせずに、良い子だなぁ……。



「できることを一生懸命やります」

「そうね、がんばって」

「いえ、一生懸命バーブー」

「でも嫌なことは嫌って言わなきゃダメよ?」



 努力の方向性を間違えかけた少年に慌てて釘を刺した。



 少年に言いながら、私も心の中で自分をふるい立たせる。

頑張らなければならないのは私も一緒だ。

このままでは毎年借金で足りない分を補う不健全な財政の領地経営が待っている。

自分から押しかける形でついてきたのにそれではあまりにも情けない。

なんとかして領地の収入を増やさなければ。



(……ん?)


 

 お湯の底で気泡がゆらぐように、ある考えがぽつり浮かんだ。

まだ思考ともいえないなんとなしのイメージで、外形が曖昧過ぎて自分でも形をうまくとらえられない。

とても大事なことを聞き逃したような。

そうでないような……。

何が気になっているのだろう?



(……ちょっと待って、さっき何って言った?)



 後ろ暗い不安とかすかな高揚感に背中を押されて、私はタヌキを振り返った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 赤ちゃんになるマダマさまwww 「……いいえ、どうせボクは赤ちゃんバブ!!」は不意打ちでした。
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