1_5「本当に呪いかもな」
「これで一通り見て頂きましたが……何かご質問は?」
退屈な刑務所見学はようやく終わりそうだった。
見張り台がいかに計算されて設置されているか、所内のセキュリティがどんなチェック体制を敷かれているか、ハッチンソン代理所長がする話はそんなことばかりだった。
私は気付かれないようにこっそりあくびを噛み殺しながら、早く話が終わらないか待っていた。
「看守の数は全員で何人です?」
「総勢で50人ほどです」
「失礼ですが万一大規模な囚人暴動が起きた場合、その人数では太刀打ちできないのでは?」
「暴動ですか? 事件が発生したことは今までありませんし、そもそも囚人たちには武器になるようなものは所持できないよう厳重に管理を……」
生真面目なベリルが身を乗り出して質問を始める。
少し呆れながら伸びをして上を見上げると、監獄の中央にそびえ建つ塔が見えた。
オズエンデンド刑務所の中でひときわ高くそびえたつその塔は、他の外壁添いの塔と同じく見張り台であるように思えた。
が、監視目的の塔にしては不自然だ。
数人の監視員が常駐するためのものにしては妙にがっしりとしていて広く、そして上部の階層には窓がひとつもなかった。
(……確かあそこは見学してないわよね?)
何のためにあんな塔があるのだろう?
ちょっと引っかっかったが、わざわざ質問して『では案内します』と言われるのも面倒な気がした。
ベリルのことだから自分たちで登ってみようなどと言いだしかねない。
「あの、囚人たちの生活環境を見て頂こうと思うのですが!」
これまで黙ってくっついてきたアメシス神父が、突然切り出してきた。
「今は労役の時間で、懲役刑の受刑者は出払っていますが……」
「独房をちょっと見ていただくだけでも!」
食い下がるアメシス神父に対して、ハッチンソンは気が進まない様子だった。
「あそこは凶悪犯ばかりが収容されている場所ですよ? ご婦人をご案内するのは……」
「いえ、構いません」
「よろしいので?」
「囚人の生活環境を把握する必要は確かに認めます」
「そうおっしゃるなら……」
ベリルがずいと進み出て言い出したので、そうすることになってしまった。
(げっ!)
<<ウソッ!?>>
私は思わずたじろいだが、適当に断る理由が見つからなかった。
となりで詰まらなさそうに耳の後ろを足でかいていたタヌキも驚いて口を開く。
<<俺やだよ!>>
(私もよ……)
が、もう遅い。
私たちはとぼとぼと監獄の中へ再び戻ることになった。
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「ご存じかと思いますが、受刑者は懲役刑と禁固刑の二種類の刑に処せられています」
ハッチンソンは事務的な口調で説明してきた。
「懲役刑の囚人たちは労役で刑務所から外出したり、外の解放監で比較的自由が認められていますが……」
「はあ」
「禁固刑の受刑者たちは例外を除き、独房からの出入りは認められません」
ハッチンソンの前で、部下が大きな鍵を使って禁固刑の獄舎の分厚い扉を開けた。
代理所長と付き添いの部下たちに護衛されるようにして、私たちは中へ足を踏み入れる。
「領主様の関係者の方のご視察です。礼儀正しくするように」
「うっ……」
鉄格子のはまった部屋がいくつも並んだ、異様な雰囲気に思わず気圧されてしまう。
壁で小さく区切られた薄暗い独房の中で、身を隠すこともできない受刑者たちがじっとこっちに視線を送っていた。
視線が集中してきて首筋がうすら寒くなった。
何せここの連中ときたら、最果ての監獄に押し込められた凶悪な犯罪者たちばかりのはずだ。
<<うへえ……。蒸し焼きかよ>>
「確かにこりゃ酷いわ……」
雰囲気もだが、たまらないのはそれよりも獄舎の中の空気だった。
窓は最低限の明り取り用の小さなものだけで、風通しの配慮などない。
しかも太陽で熱せられた外壁の熱がこもるせいか、外よりも2、3度気温が高いように感じられた。
おまけに耐えがたいのは臭いだった。
何せろくに風呂も入れない男たちが一日中狭いスペースに押し込められているのだ。
うっすらとした酸っぱいような腐ったような臭気が鼻孔の中を刺してくる。この空気を漂う微粒子が体の中に入ってくると思うと耐えがたい気分だった。
(呪いだとかそういう問題関係なしに、こんなところじゃ長生きできないわよ……!)
我慢できずにハンカチで鼻から口までを覆ってしまう。
王国で最北端のここオズエンデンドでは、夏でもあまり気温が上がらないのが辛うじて救いだった。
これで猛暑だったら監房の中はひどい悪臭で、私たちの鼻がひん曲がりそうになっていたことだろう。
受刑者たちは身を隠すようなスペースも与えられず、じっと座ったまますがるような物寂しい視線を送ってきている。
なんだかいたたまれない気分になっていた。
人間を見世物にする趣味は私にはないのだ。
気分が悪い、と言って立ち去ってしまおうか真剣に悩みだしたところで。
「な、なぁ! アンタ偉いさんか!?」
「!?」
鉄格子の向こうからいきなり声をかけられて、驚いてたたらを踏んでしまう。
中年の受刑者だった。
よほど興奮しているのかぶるぶる手を震わせながら、必死に何か訴えかけてくる。
「頼む、出してくれ!」
「貴様! 鉄格子に触るんじゃない!!」
鉄格子を握りしめて叫ぶ受刑者に向かって、看守の規則違反を咎める怒号が飛ぶ。
が、全く意に介さずに痛切な声を出していた。
「俺たちをここから出してくれ!」
「そ、そんなこと私にできるわけないでしょう!?」
あまりに真剣な表情と声なので、ついついまともな受け答えをしてしまった。
何せこの監獄は国営だし、私は公的には何の権力も持ち合わせてはいない。
裁判のやり直しや刑の見直しなんてできる立場ではないのだ。
「違う、刑期を終わらせてくれと言ってるんじゃない!」
首をぶんぶん振って、その囚人はほとんど泣き出しそうになっていた。
「やめなさい、無礼ですよ」
「他の刑務所に移してくれ!」
ハッチンソンが低い声で警告を発するが、やめるつもりはないようだ。
ついに看守の一人が腰の大きな警棒に手をかけた。
「ちょ、あなた、そろそろやめた方が良いんじゃ……」
「このままじゃみんな呪い殺されちまう!」
「呪いって……。そんなものあるとでも……」
「現実も何人も死ん……シ……!」
急にトーンが変わって面喰う。
見ると囚人は、酸欠の金魚のように口をぱくぱくとさせていた。
口元がこわばって、うまく喋れなくなりでもしたかのようだ。
「ちょ、大丈夫?」
「嘘だ、おれが……。こんなきゅうに……!」
見るとぶるぶると足までが震えだしてまでいる。
顔中脂汗でびっしょりだ。
どう見ても普通ではない。
慌てて同行者たちを仰ぎ見るが、驚いているのはベリルと神父だけで、看守たちは平然としていた。
誰も彼の心配などしていないように無表情のままだ。
「この人本当に調子悪そうよ?」
「しかし仮病かもしれません」
ハッチンソンが冷徹に突き放したのと、囚人が鉄格子を握りしめたまま身体をくの字に折り曲げるのは同時だった。
「うぇぇ……!」
びしゃびしゃと胃液が口元から垂れて、胸元から膝までを汚した。
彼が平常ではないのはどう見ても明らかだった。
鉄格子を握りしめていた指がひとつひとつほどけ始める。
ついに力を失って、膝から床に崩れ落ちてしまった。
「医務室に連れていってあげてよ! かわいそうじゃない!」
流石に見過ごせずに怒鳴りつける。
「……鍵を」
それでも無感動そうにハッチンソンが小さくアゴをしゃくって、ようやく看守たちはのろのろと独房の扉を開く作業を開始した。
「……」
いらいらと手際が良いとは言えないその作業を見ていて、あることが気になった。
顔中を蒼白にしているアメシス神父に小声で尋ねる。
「ねえ、ここのお医者様って腕の良い方?」
「医者なんていません!」
「えっ」
「医務室なんて言ってもろくに薬も医療器具も置いていないんです。ベッドがあって、独房よりは多少清潔というだけです!」
はらはらと口元を指で押さえながら、アメシス神父は嘆くようにつぶやいた。
それを聞いては黙ってはいられない。
ぴんと耳を張ったタヌキにささやきかける。
(私たちで診てあげましょうよ)
<<えぇ、本気?>>
タヌタヌは露骨に嫌そうにした。
<<相手は凶悪犯だぜ>>
(でもほっとけないでしょ!?)
タヌキが応じるよりも早く、ハッチンソンを探す。
独房の中へ入ったハッチンソン代理所長とその部下は、囚人を寝かせて様子を確認しているようだった。
構わず鉄格子ごしに申し入れる。
「代理所長! お医者様がいないようなら、私が診ましょうか? 少しは医学の心得があります」
「いえ、その必要はありません」
「ちょっと! 規則とかいろいろあるかもしれないけど、そんなこと言っている場合じゃ……!」
「死にました」
天気の話でもするかのように、平然とハッチンソンは言った。
「えっ」
「心臓が止まっています。たった今、死亡しました」
仰向けになってぴくりとも動かない囚人を、直立して見下ろしたままハッチンソンは告げた。
直接首筋を触って脈を確認していた部下たちが静かにうなずいて肯定する。
「――――――っ」
鉄格子の外で、私たちは絶句した。
ついさっきまで興奮して大声でしゃべっていた受刑者が、こんなにあっという間に死ぬという現実がとても信じられなかった。
「おぉ、神様……!」
アメシス神父が悲痛そうに両手を祈りの形に組み合わせる。
<<……本当に呪いかもな>>
ぽつりとつぶやいたタヌタヌの声が、妙に大きく響いて聞こえた。




