1_4 「愛人?」
「の、呪いって……」
神父が口にするにはふさわしくない言葉に、ついつい鼻白んでしまう。
「良いんですか、神父様がそんな……」
「私だって信じてるわけではありません!」
あわててアメシス神父は弁解した。
「しかし、突然亡くなる囚人が急に増えているのは事実です。 それもここ1年以内に」
「囚人の急死が呪いによるものだと?」
質問したベリルに対して、アメシス神父は薄気味悪そうに無言でうなずいた。
「でも呪いったって……。誰が呪うんですか? 監獄の中の囚人を?」
小学校の怪談じゃあるまいし、あまりに荒唐無稽な話ではないか。
そりゃあ無念や不満のたまり場みたいな場所だが、収監されている受刑者を呪ってどうするというのだ。
死刑を執行された死者が地獄に道連れを求めているというのなら少しそれっぽいが、ここに死刑囚はいないというではないか。
「何も分からないんですが、そのせいでかえって囚人たちはおびえきっている様子で……」
アメシス神父もどう説明したら良いのか分からないといった様子で、困惑の表情を浮かべた。
そのとき刑務所の主館の扉が開き、守衛らしい男たちが並んで姿を見せた。
慌ててアメシス神父は振り返る。
「この話はまた後で。彼が今のここの刑務官たちの責任者です」
看守には聞かれたくないのか小声で話を打ち切ると、威儀を整えて私たちと並んで男たちを出迎える。
軍隊のように秩序だった動きで整列した20人ほどの看守たちの前に、若い男がすっと進み出る。
監獄の刑務官といえば囚人を威圧するようなコワモテのイメージがあったが、彼はやんわりとした雰囲気でどちらかといえば大学の研究者のようなたたずまいをしていた。
「お勤めご苦労様です。こちらが領主館から来られましたレセディ・ラ=ロナ嬢です」
「私が刑務所長の代理をしております、ハッチンソンと申します」
男はうなずき、丁重に立礼をしてきた。
軽く会釈をして返すが、ちょっと肩書が気になった。
「代理って?」
「実は前任の所長は体調不良で辞職したのですが、それ以来正式な後任が任命されていない状態でして」
ハッチンソンは困ったように肩をすくめてみせた。
「それで当座の対策として、私が臨時に所長の代理として皆を取りまとめております」
「王都の司法省には?」
「もちろん報告済です。何度も問い合わせましたが、中央の方はなかなかこのような僻地にまでは目が届かないようでして」
ああ、そういうことか。
お役所仕事の割を食ったのか、こんな最果ての刑務所の責任者をしたがる奇特な人間がいないのか。そのどちらかだろう。
軽くうなずいた私とは対照的に、ハッチンソン代理所長は首をかしげた。
「はて、本日はオズエンデンド公爵がお越しになるとうかがっていたのですが」
「あ、私が代理です」
有無を言わさず短く答える。
神父にしたのと同じ説明を繰り返すのも面倒だった。
「これ公爵の名刺ですわ」
「拝見します」
マダマさまの名刺を取り出す。
この地ではこれが私の身分証代わりだ。
真新しい名刺には『オズエンデンド公爵 アルグレート・マダマ=ラトナラジュ』という大仰な名前と王家の紋章がでかでかと刷られている。
裏には直筆のサインと一緒に「ボクの友人であるレセディ・ラ=ロナ嬢に協力と友好を望みます」と書かれていた。
何せ駆け落ちみたいな流れで家を飛び出してきた身である。
正式な役職に任命されたわけではないし、この国では未婚の女の社会的地位は低くて自分の名刺を持つこともできない。
マダマさまの威を借りなくては公務の手伝いもできないのだ。
その威もどこまで本物か怪しいものではあるが。
「お分かりいただけまして?」
「失礼ですが、公爵とどのようなご関係で?」
が、ハッチンソン代理所長は納得しなかった。
疑い深げな視線を向けてくる。
「ご夫婦なので?」
「違います」
即答する。
「では婚約者?」
「いいえ」
そんな訳ないだろう。相手は12歳の子供だぞ。
「……では、愛人?」
慎重に言葉を探すように口にしたハッチンソンの言葉に、隣のアメシス神父とベリルがあからさまに動揺した。
「無礼な……!」
「ああ、もうそれで良いですわ」
いきり立つベリルを押さえて、ひらひらと手のひらを振った。
友人と言った方が適切だとは思うが、代理としては身分がちょっと怪しい。
不本意だが愛人だということにしてしまおう。
「ほう……それはそれは」
私の答えに何を思ったのか、ハッチンソンはずるがしこい狐のように目を細めた。
「あの、レセディ嬢は公爵ととても近しい関係の方です。それは私が保証します」
取り成すようなアメシス神父が間に入ってきた。
神父としては愛人なんていうただれた関係を堂々と認めるわけにはいかないといったところだろう。
「とにかく刑務所の状況を見て頂きましょう」
「神父様がそうおっしゃられるのであれば私に異存はありません」
本当に納得したかはともかく、ハッチンソン代理所長は慇懃に答えた。
「ではご案内します。といってもご婦人には退屈な施設かもしれませんが」
「そんなことありませんわ。刑務所の体制はこの土地の防犯に重要ですもの」
もちろんおためごかしだがそう答える。
いかつい守衛たちが直立不動になった前を通って、代理所長に案内されて私たちは監獄の建物内に足を踏み入れた。
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(本当に退屈だわ……)
私はすぐに飽きてしまった。
ハッチンソンはいかに所内の設備が囚人の監視や逃走防止に優れているかを事細かに説明してくるのだが、正直私にはちんぷんかんぷんだし興味もない。
相づちを打つのも面倒になりかけたが、代理所長の気を害する心配はなかった。
「壁の厚さは? 格子戸の耐久性は? 天井や地下からの逃走防止策はどうなっています?」
妙な熱心さで、同行するベリルはハッチンソンに刑務所の設備について事細かに説明を求めている。
驚くべきはハッチンソンで、正式な所長ではないにも関わらずすらすらとその質問全てに明瞭に応えていた。
優男じみた外見でマッチョマンな守衛たちをまとめているだけあって、流石に有能なようだ。
(本当はさっさと切りあげて帰りたいんだけれどねぇ……)
が、私の密かな望みは実現しなかった。
事件はその後で起きた。




