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1_3 「呪いです」

「刑務所の中に入るなんて初めての体験ね」

<<なあ、俺ついてくる意味あった?>>



 今更怖気づいたのか、タヌキが不満そうな声を上げた。



(何よ、じゃあマダマさまと一緒に学校へ行った方がよかった?)

<<ええ? 冗談じゃねえよ、ガキは嫌いだ>>

(じゃあ我慢しなさい。うちで寝てたい、なんてのはナシよ)



 向かいに座るベリルには聞こえないようにひそひそ喋るが、タヌキに聴覚にはそれで十分だ。

納得いかなそうにヒゲをそわそわ揺らしたものの、それ以上何も言わなかった。



 ずしり、と重々しい響きを立てそうな勢いで跳ね橋が降りてくる。

門の上部から私の腕よりも太そうな長い鉄の鎖でがっちりと吊るされていた。

これなら橋の上に馬車が10台乗ってもびくともしないだろう。


 その上をそろそろと私たちが乗った馬車が進む。

橋を渡り切ると、これまた大砲を何発打ち込まれても崩れなさそうな城門が出迎えてきた。

鉄の格子状になっている垂直の分厚い扉が、入口の上部へ引き上げられているのが見える。

巻き上げ機の力で持ち上げられていて、おそらくは外敵や不届きな脱走者を見つけ次第、ギロチンのごとく容赦なく溝に添って落とされることになるのだろう。



「……」


 

 まだ明るい外壁添いから、日の当たらない門の中に入る。

鉄扉が頭上から落下してくるような事故はないだろうとは思いつつも、首筋にうすら寒いものを感じざるをえない。

 


「ものものしいわね……。刑務所なんだから当たり前だけれど」


 

 私はため息をつくばかりだが、ベリルは目の付け所が違うようだ。



「入口は跳ね橋が一つのみ。堀の深さは最深4メートル程度、見張り塔の高さは約20メートル……。死角になるような箇所は……」


 

 あちらこちらを見渡してはぶつぶつとつぶやきながら、熱心にメモを取っていた。

今のうちに監獄の構造や防御施設の仕様について調べておこうというのだろう。

こんな時にも生真面目なことだ。



 門を抜けると、中は意外と開けた作りになっていた。

馬車でそのまま入れる主館の前まで進んで、車止めまで乗り付けたところで。



「おお、お待ちしておりました!」



 黒い法衣に身を包んだ背の高い長髪の男の人が、あたふたと馬車に小走りに近づいてくるのが見えた。

私がタヌキと一緒に馬車から降りると、この世界の聖職者がする手を組み合わせた挨拶をしてきた。



「こんにちは、アメシス神父」

「神の御寵愛があらんことを、レセディ嬢」



 このオズエンデンド一帯の教区を管轄する、教会のアメシス神父だった。

やせぎすな体つきで、長身の割にはどこか頼りなさげな印象を受ける顔だちをしている。

長髪といいあまり聖職者には見えないが、住民の生活向上のために努力したり囚人たちのために監獄内の礼拝堂へ足しげく通ったり、熱心に務めを果たしている人だ。



「……あの、オズエンデンド公爵は?」



 うやうやしく馬車から下りてくる私を迎えてくれたアメシス神父だが、オズエンデンド公爵……マダマさまの姿が見えないことに眉を軽くひそめた。



「申し訳ありませんが、『どうしても大事な授業がある』ということで公爵は学校へ行かれました」

「えっ? ……は、はあ。そうですか、学校は大事ですからね」

「ええ。授業が中止になったりしたら生徒たちががっかりしますもの」


 

 微笑をたたえながら説明する。

もちろん嘘だ。

神父からは『ぜひ公爵ご本人に監獄内の視察を』と頼まれたのだが、私が言いくるめて『大した用事ではない』とマダマさまには説明しておいた。



(いきなりこんなところに連れてこられるわけないでしょ!)


 

 何せこの国では刑務所の代名詞になるような厳重な警備で知られる監獄だ。

どんなショッキングな光景を見せられるか分かったものではない。

まだ12歳の男の子だぞ。純真なマダマさまが傷ついてしまったらどうする。



「……代理人として私が下見をして、公爵のお出ましが必要と判断したらそうお伝えいたしますわ」

「お、おぉ。そうですか。そうですね、いきなりお連れするのは少し刺激が強いかもしれません」



 口とは裏腹に、神父は落胆したように軽く肩を落とした。

一体どうしてそこまでマダマさまを連れてきたがるのだろう?

不思議に思って聞いてみた。



「神父さま。申し上げにくいんですけれど、公爵に直々のお出ましを願う理由が何かありまして?」

「公爵ご本人が慰問に来られたら、囚人たちも安心するのではないかと……」

「安心?」

「……あの、それがですね。このところ囚人たちがしきりに怯えていまして」

「怯えてる?」



 犯した過ちと罪の意識に悩んでいるのだろうか?

しかしその心のケアをするのは神父の職分ではないのか?

なんで領主であるマダマさまにすがるのはお門違いではないのか?



「もうすぐ死刑にされるので怖がってるとか? でも冤罪の調査とか再審だとかは司法の職権で領主のすることじゃないですし、言いたくないですけれど自業自得じゃ……」

「いえ、死刑囚はここにはいません」

「あ、そうなんですか?」


 

 意外だ。凶悪な犯罪者がすし詰めになっているものとばかり思っていた。

オズエンデンドといえば王国では刑務所の代名詞に等しい。

一度入ったら出られないなんて噂までまことしやかに流れている。

が、名前が一人歩きしているだけなのだろうか?



「死刑が確定した者は、王都で見せしめに公開処刑されるからです」



 おおっと。思ったより物騒な理由だった。

そういえばそうだ。

現代日本とは違ってこの世界じゃ犯罪者の人権なんか紙クズ以下だし、どころか死刑は娯楽の一つとまで見なされている。



<<少女漫画の世界なのに、こういう血なまぐさいところだけは現実の歴史に添ってるのも何だかなぁ>>

(言わないでよ、夢が壊れそう)



 タヌキと小声でやりとしていると、神父様は真剣な顔で続けた。



「でも囚人たちは生きては出られないとは思っています」

「んん?」



 どういうことだ?

終身刑でもない限りは、生きてさえいれば刑期を終えて出てこられるはずではないか。

つじつまが合わない、と言いたげな私の顔を見て察したのか神父様は説明を継ぎ足してきた。


 

「『このままここにいたんじゃ殺される』と気が立っているようで……」

「殺される? 何に?」

「……呪いです」



 およそ聖職者にはふさわしくない言葉が飛び出してきた。

私とベリルは思わず顔を見合わせていた。

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