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6_6 普段着

「……えぇ?」



 あまりも突飛な言葉に、思わずブラシを手にしたまま立ち尽くしてしまう。

ついこの間までは、『オズエンデンドには行かなくてもいい』という私の説明を受け入れていたはずではないのか。



「ど、どうして唐突にそんなことに?」

「分からん」

「マダマさまとお話されたんですか?」

「もう何度もした!」



 焦りのあまり大公夫人はツバを飛ばすように勢い込んだ。



「それが何度行くなと言い聞かせても譲らんのじゃ! 行くと決めた理由を聞こうとしても、話そうとすらせん!」

「マダマさまが? そんな頑固な態度を?」



 繊細で柔和な少年には似つかわしくなくて首を傾げてしまう。 



「もうワシのひとりの手にはおえん! どうすればいいのじゃ!」

「いったいどうしちゃったのかしら……」

「ま、まさか……!」



 自分が思いついた恐るべき想像に、大公夫人は目を見開いた。



「まさか?」

「は、反抗期か! 反抗期が始まったのか!?」

「…………」



 この世の終わりを告げられたように大公夫人は頭を抱えた。

こんな過保護で感情的な人が保護者で、よくもまあマダマさまはあんなに素直で優しい子に育ったものだと感心したくなる。




「落ち着いてください、夫人」

「これが落ち着いていられるか! 人の馬車を盗んで走り出したり、夜中に窓ガラスを壊して回ったり、ワシに向かって『うっせーんだよババア!』とか平気で吐き捨てるようになったらどうする!?」

「マダマさまに限ってはその心配は杞憂だと思いますけれど……」



 頭の中の暴力的な思春期の少年像に恐れおののく大公夫人をとにかくなだめた。



「……とにかくここで私たちで話をしてても、らちが明きませんわ」

「そ、それもそうじゃな。このままワシの屋敷に来てくれ。そしてそなたからオズエンデンドに行くなんて馬鹿な考えを説得してくれ」

「私から?」

「身内には話せんことでも友人や知り合いの大人には打ち明けられることって、子供には良くあるじゃろ。そなたから聞けばマダマの態度も変わるかもしれん」



 確かにままあることだ。

それに座視することなどできそうにない。

過酷な僻地に柔弱な少年が一人で乗り込むなど、勇み足を通り越して無謀だ。



「早くしてくれ!」

「あ、ちょっと! このままうかがうんですか、室内着ですよこれ!」

「そんなことは良いから!」



 よそ行きの服に着替えてこようとする私の手を引っ張って、大公夫人は強引に中庭から連れ出そうとしてきた。

慌ててタヌキが後ろから追い付いてきた。



<<何かあったのかな?>>

(……分からないわ)



 マダマさまがその辺の思春期の少年のように、気分や思い付きで前言をひるがえすようには思えなかった。

タヌキの言うように、何か少年の内心に決意を固めさせる出来事があったのかもしれない。



(それにしても、相談くらいしてくれたって良いでしょうに……)



 少年が内心を打ち明けてくれなかったという事実が、胸の中で鉛のようにずしりと重く感じた。



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 大公夫人の邸内の、豪奢な装飾がほどこされた廊下を地味な室内着で歩くのは、あまりにも場違いで落ち着かなかった。

しかし今は気にしてはいられない。

大公夫人について、タヌキと一緒にマダマさまの部屋に向かう。



「マダマ、起きておるか?」



 つとめて猫なで声で、大公夫人は部屋のドアに向かって呼びかけた。



(……なんですか、叔母上)



 沈んだ声が部屋の中から返ってくる。



「いや、ちょっとな。領地のことでもう一度話をしようと思って……」

(ボクの考えならもうお話しました)



 取りつくしまもない返事に驚いてしまう。

明らかに普段のマダマさまとは様子が違っていた。



「ああ、そう邪険にするな! レセディ嬢にも来てもらったのじゃ、3人でもう一度落ち着いて話をしようではないか」

(……レセディが?)



 部屋の中の空気が明らかに変わった。

小さな足音がして、ドアの鍵が開く音がする。

大公夫人が見えないところで、こっそり自分の拳を握りしめるのが見えた。



 ドアがわずかに開いて、隙間からマダマさまの目鼻が通った顔が見えた。

普段よりも明らかに陰鬱そうで、まるで犯罪を犯す直前の人間のような印象を私は感じた。



「……レセディ?」



 シャツ姿のマダマさまは、自分と同じように私が普段着なことに驚いたようだ。

確かに貴族が他の邸を訪問する時にはありえない格好である。

尖った空気がわずかに緩んだ隙に挨拶する。



「ご機嫌よう、マダマさま」

「ご、ご機嫌よう……」



 思わぬ形の不意打ちにマダマさまはひるんだようだ。

見てはいけないものを見てしまったかのように、自分と私の服に交互に視線を送ってから、悩んだようにドアを少しだけ開いた。



「入ってもいいかしら」

「……どうぞ」



 ドアの前で狙い通りと肩をすくめる大公夫人に向かって、マダマさまは冷や水を浴びせるように言った。



「レセディと二人だけで話します」

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― 新着の感想 ―
[良い点] こう……無理やり連れてこられての展開ではあるんですけれども室内着で二人きりで部屋に閉じこもる未婚の男女(貴族)って考えるとドキドキしちゃいますよね!二人の間で交わされるのが楽しい話じゃなく…
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