6_7 極貧
二人だけで話す。
そう返されて大公夫人は固まった。
「し、しかしマダマ……」
「分かったわ、二人でお話しましょう」
食い下がろうとする大公夫人を片手で押し留めた。
ここで無理強いしてマダマさまが機嫌を損ねたりしたら元も子もない。
目でそう訴えると、大公夫人は不承不承といった顔をした。
「お邪魔しまーす」
マダマさまが半開きにしたドアの間から部屋に入ろうとする。
タヌキもとてとて足を動かしながらついてこようとしてきた。
「あなたも待ってて」
<<えっ>>
「二人だけでって言われたでしょ」
<<おっ、おいっ>>
タヌキの脇の下に両手を差し入れて持ち上げると、とりあえず大公夫人に渡した。
「……ん?」
<<えぇっ!?>>
ぽかんとする大公夫人と、青い顔でその両手に抱えられたタヌキを背に、私は部屋のドアを閉じた。
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
マダマさまの部屋に入った。
中は男子の部屋とは思えないほど綺麗に片付いていて、ものや家具も秩序だって配置されていた。
これが現代日本ならゲーム機やスポーツ用具なんかが乱雑に置かれているのかもしれないが、部屋で子供らしさを残しているものといえば、本棚に並んだ少年向けに発行された読み物くらいだった。
感心する半面、ロボットのプラモデルの一つでも置いてあれば可愛げもあるのにと少し寂しい気持ちになる。
この世界にはプラモデルどころかロボットという概念さえまだないのだが。
(そういえば私、男の子の部屋に入るのって初めてかも……)
そう思うと何故かドキドキしてしまう。
……いやいや、何をやっているんだ私は?
相手はまだ12歳だぞ?
内心煩悶する私を、遠慮していると勘違いしたのだろう。
マダマさまは学習机の椅子を持ち上げると、私の前まで持ってきてくれた。
「……どうぞ」
「あ、ありがとう」
部屋に一つしかない椅子に遠慮なくかけさせてもらう。
マダマさまはベッドの縁にちょこんと腰かけた。
……話をする姿勢になってしまった。
さて、どう切り出せば良いのやら。
「どう、体の調子は?」
「おかげさまで、とても良いです」
「そう? 寝たきりとお菓子の食べ過ぎで、少し太ったんじゃない?」
「ふ、太ってなんかいません!」
おみやげのお菓子を持ち込むたびに喜んでぱくぱく食べるのをからかわれて、マダマさまは頬を染めた。
まあそのお菓子を持ち込むのも、安静にしているよう命じたのも私な訳だが。
「レセディは時々、ちょっと意地悪です!」
「あはは、ごめんなさい。つい、ね」
硬く構えていたマダマさまの体がほぐれたのを見て、私は本題を切り出すことにした。
「オズエンデンドに行くんですって?」
「叔母上に聞いたんですか?」
マダマさまは驚きと諦めが入り混じった顔をした。
呼ばれた以上、私が大公夫人からそのことを聞かされていない訳がないと分かっていたのだ。
「ごめんなさい、レセディにはボクから説明するつもりでした」
「それは良いんだけれど……」
頭を下げて不誠実をわびる少年を前に、私は語尾を伸ばした。
ぼんやり受け答えしている訳ではもちろんない。
何を言えばこの少年を傷つけることなく、決意をひるがえさせることができるのか。
近くに寄れば音が聞こえそうな勢いで私の頭は回転していた。
(……行っちゃダメよ)
心はもう決まっている。
折角原作漫画を改変してでも生き延びたこの少年には、もっと素晴らしい環境と輝く未来が与えられてしかるべきだ。
僻地の荒野で、刑務所しかない領地で生きるなんてあまりにさびしいではないか。
「理由くらいは聞かせてくれるんでしょう?」
ぐっと前のめりになるのを押さえて、そう少年に会話の手番を渡した。
交渉の基本はまず相手に主張を喋らせることだ。
大公夫人にさえ隠していたという内心だが、私には打ち明けてくれるはずだ。
最初に祭りの縁日で偶然出会ってから、まだ一月も経ってはいない。
なのにもっとずっと前から付き合っているような気さえする。
同じものをマダマさまも感じている。そう信じたかった。
「……」
マダマさまは伏し目がちにして、膝の上の自分の手を見ていた。
グーとパーを何度か繰り返してから、ぼそぼそと語り始める。
「ボクの領地、貧しいんです」
「え?」
「畑に栄養がなくて作物も育たないし、人も来ないから商売もできなくて……。産業なんてほとんどないようなところなんです」
「え、ええ。そうね、そう聞いたわ」
出鼻をくじかれて思わずたじろいでしまう。
貧しいのを知っているならなおさら行きたくなくなるのではないか?
頭が混乱しそうになるが、ここで慌てる訳にはいかない。じっと少年の続く言葉もなかった。
「住んでる人も……」
「す、住んでる人?」
「ボクが毎朝食べてるような白いパンは食べられなくて、酸っぱくて美味しくない黒麦のパンを食べてるんです」
まるで実際にその黒パンを口に含んでいるかのように、苦々しくマダマさまは言った。
「それもカチカチに硬く焼くんです。どうしてだか知ってますか?」
「……ごめんなさい、知らないわ」
「燃料代を節約するためです」
「そうなの?」
「その日に食べるパンを焼くためのたきぎも買えないから、みんなで少しずつたきぎを持ち寄って、長持ちするように硬いパンをまとめて焼いて。それを分けて毎日食べてるんです」
破滅する運命の悪役令嬢だといっても、腐っても伯爵家の娘。
不自由ない、とは言えないが裕福でお金に困ったことのない私には想像すらできない生活ぶりだ。
切々と語る少年の目には、心からの同情と哀れみが籠っていた。
「ちょ、ちょっと待って」
王族の一員として、そしてこの国でも有数の金持ちの大公夫人に庇護されているマダマさまがそんな極貧の生活を知っているはずがない。
ましてや実際に見たはずがない。
オズエンデンドは馬車でも5日はかかる遠方の僻地なのだ。
王都で下層民の集落に入って、下々の暮らしぶりを見て回るなんて水戸黄門みたいな発想があるはずもないし、警護官のベリルが許さないだろう。
綿あめを買いにこっそり縁日に行くのとは訳が違う。
「そんなこと誰に聞いたの!?」




