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6_3 来訪者たち

 例によって無駄に大きな大公夫人の館の正門を、我が家の馬車で通過する。



「どうぞお通りください」


 

 何度も通っているうちにいつの間にか顔パスになってしまった。

相手は本来なら未婚の小娘が影を踏むこともはばかられる大貴族である。

良いんだろうかこんなことして、という後ろめたさに似た気持ちもなくはない。



「でもとにかく今は、コネでもえこひいきでも何でも使わせてもらうわよ……」



 刑務所しかないような寒村にマダマさまを送り込むなど承諾できるはずもない。

一刻も大公夫人の耳に入れて、バカげた決定を覆してもらわなければ。



<<おい、他にも馬車が止まってるぞ?>>

「げっ。他の来客かしら?」



 窓の外を見ていたタヌキの言う通り、玄関前の車止めには既に立派な馬車が3台も停車していた。

人嫌いという評判の立っている大公夫人にしては珍しいことだ。



<<待たされるかもよ>>

「仕方ないわよ、多少は我慢しましょう」



 こんな時に間が悪い、と思いながら玄関まで出てきたメイドに取次を頼む。



「どうぞお入りください」



 てっきり控えの部屋に通されると思いきや、メイドは何事もないかのように応接室まで先に立って歩き出した。



「え、他にお客様が来てるんじゃないの?」

「はい。しかし夫人より、ロナ様がお見えになられたら構わずお通しするように申し付けられております」



 こともなげに言うが、一介の伯爵家の娘に対して望外の特別扱いである。

なんとなく面映ゆいものを感じながら、マダマさまが僻地に送り込まれる決定がされたことをどう大公夫人に伝えたものか考えていると。


 

「ようもワシに一言のことわりもなくこのような大事を決めてくれたのう! 内務省はいつから王族をないがしろにできるほど偉くなった!?」




 すでに大公夫人の耳には届いてしまっていたらしい。

応接間のドアや壁など何の役にも立たず、廊下中に大公夫人のおかんむりの声が響き渡っていた。



(あちゃあ……)

<<相当来てるな、こりゃあ>>



 どうやら来客たちは大公夫人のかんしゃくの犠牲となっているようだった。

応接間に近づくと、不幸な誰かに向けられる叱責がますますはっきりと聞こえてくる。



「陛下とその周辺の軽挙を諫めるのも貴様らの仕事ではないのか、官房室は何をしておった!」



 声の調子で別の相手が対象に代わったのが分かった。 



「しかも王族を領地に封じるのに、内示も勅使も式典もなしとはどういう了見じゃ!? 儀典局はこの国の伝統を守るつもりがないのか!?」



 なんと三人まとめてである。

しかも耳に入ってくる内容からして相当偉い立場の人を相手に叱り飛ばしているらしい。

相変わらずやることがむちゃくちゃだ。

呆れる私とタヌキをよそに、メイドは何事もないかのように平然と怒声で揺れるドアをノックした。



「失礼します、夫人。ロナさまがお見えになりました」

「おお、入れ!」



 気まずいなあ、と思いながらメイドにうながされて入室する。


 

 案の定部屋の中には、立派な身なりをした紳士が3人も立ち尽くしていた。

部屋の奥の椅子にどっかりと腰かけた少女にしか見えない大公夫人を前に、ただただ平身低頭するばかりである。



 応接間だというのに椅子に座らせてももらえず、立ち尽くしたまま叱られっぱなしの姿は校則違反で職員室に呼び出された生徒のようだ。

立派な職に就いている壮年男性がこのような扱いを受けて、プライドはずたずただろう。


 今更ながらにこの少女にしか見えない大公夫人の本当の実力を思い知らされる気がした。



「おぉ、レセディ嬢! よう来た!」



 これ見よがしに大きな声を張り上げると、大公夫人は手にした扇子で3人の紳士たちにドアの向こうを指し示した。



「そなたらは一旦下がれ」

「……は?」

「しかし……」

「お、お言葉ですが大公夫人……」



 流石に3人の男たちは目を剥いた。

ただでさえ本来の身分からはありえない粗略な扱いを受けているというのに、後から来た客のために一端退室させられて待たされるなど矜持が耐えられなかったのだろう。

精一杯の勇気を振り絞って反論を試みた彼らに、この国最大の貴族は冷淡だった。



「下がれと言った!」



 雷鳴のような声に、あわれな三人の男たちは固まってしまう。



「そなたらよりもこの娘の方がよほどラトナラジュ王家の役に立っておるわ! 良いからワシが呼ぶまで別室に下がっておれ!」 


 

 もはや是非もなかった。よろよろと会釈をして退出する気の毒な三人組は、すれ違いざま怨嗟のこもった目を私に向けてきた。

とても目を合わせられない。

こちこちに全身が強張ったまま、彼らが退出するまでのゆっくり過ぎる時間をじっと待った。



「レセディ嬢。そんなところに突っ立ておらんで楽にせい。ほれ、お茶と菓子じゃ」



 手を打ってメイドに給仕を命じながら、大公夫人は私に対面のソファを勧めてきた。



「よう来た! 官報を読んできたのじゃな?」

「は、はい。そうですけれど……あ、どうも」



 座りながらティーカップを差し出してくるメイドに謝辞を述べる。


 

「なら話は早いな」

「どうしてこんなことになったか、夫人はご存じです?」

「ワシも寝耳に水じゃ。ついさっきスキャロップめの手紙が届いて初めて知ってな、とりあえず連中を呼びつけて説明させたが、どうにも要領を得ん!」



 いらだたしげに大公夫人は腕を組んで、どっかりと背中を椅子に預けた。



「さっきの方たち? どんな方たちなんです?」

「やつらか? 内務副尚書と王宮次席官房長と儀典局局長じゃ」

「ぶっ!?」



 思いもかけない単語が出てきて、私はもう少しで口に含みかけた紅茶を全部吐き出すところだった。



「なんじゃ、むせたか? ばっちいのう」



 大公夫人はこともなげに言うが、全員国政の中枢にいる要職ではないか。

日本で言えば総務省次官と、官房副長官と、宮内庁長官とでもいったところだろうか。

それを平日の昼間に、自宅に三人も呼びつけることなど並みの貴族ではまず発想自体ができないだろう。



(し、しかもそんな人たちを大声で叱り飛ばすだなんて……!)



 改めて目の前の相手が持っている権力の巨大さに唖然としてしまう。

うっかり軽々しく付き合っていたことが急に恐ろしくなってきた私をよそに、大公夫人は何やら視線を下の方に向けて眉をひそめていた。


「?」

「……そなたが動物好きなのは知っておるがな。ちょっとは場を考えんか」

「あっ!」



 しまった。

私にとってはもうタヌキを連れまわるのは当たり前になっていたが、大公夫人にとってはただのペットだ。

マダマさまの進退に関わる問題を話しあうのに断りもなく連れてきたのは軽率だった。


 冷や汗をかいて口ごもった私に反して、タヌキの反応はすばやかった。

とっさに大公夫人の足元に身を投げ出してタヌキらしからぬ猫なで声を上げ始める。



<<……クックックッーーーン?>>

「ん? なんじゃ? こやつってこんなに愛想が良かったか?」



 腹を見せて全面的な服従をアピールしだしたタヌキの様子に、大公夫人は首を傾げた。



(ちょっと! 露骨に権力に媚びてんじゃないわよ!)

<<うるさい、俺は強い者の味方だ!>>

「まあ良いわ、話の邪魔にはならんじゃろ」



 タヌキへの関心など失せたように、大公夫人はばたばたと扇子で自分をあおぎ始めた。

珍しくその表情には渋味が混じっている。



「……まずいことになった。役人どもにはああ言ったがの、ワシはこの件では表立っては動けんのじゃ」

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