6_2 新領地
「親王殿下に与えられる新領地は……」
おずおずと父は口にした。
「領地は?」
「オズエンデンドだ!」
知っている名前が飛び出してきて、私は仰天した。
「えぇっ!?」
<<なになに? どこだって?>>
ちょこちょこと足を動かしてタヌキが見上げてくるが、無視して父親に向かって声を上げる。
「オズエンデンドですって!」
「そうだ、オズエンデンド!」
「まさか……あのオズエンデンド?」
「決まってるだろ、オズエンデンドなんて名前の土地は、この国には一か所しかない!」
<<なあ、オズエンデンドってどこなのさ?>>
話に入れないタヌキが苛立たし気にしているが、オズエンデンドという地名のことに私の頭の中は占められていた。
「どうしてオズエンデンドなんかに!?」
「分からんが公表されてしまった、今更くつがえらんぞ!」
「本当なの、それ!」
「冗談でこんなことが言えるか! ……ええい、ここで話していてもらちが明かん。新聞と官報がある、居間で話をしよう」
「ええ、そうしましょう! 実際に見せて! オズエンデンド行きなんて信じられないわ!」
<<だからさぁ! オズエンデンドって一体どこなんだよ!?>>
タヌキはとうとうキバをむき出しにして叫んだ。
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オズエンデンド。
ファセット王国最北端に位置する土地の名前である。
酷寒の北の海と険しい山に挟まれた貧しい領邦で、産物といっていいものは全くなく、一年の半分近くを占める冬は雪と氷で閉ざされる。
王都から最も遠い過酷な環境ということで凶悪犯や政治犯を収容する刑務所があることで有名で、田舎にしては名前だけは通りがいい。
無論、悪い方の意味で。
<<つまり日本で言えば網走みたいなとこ? 観光業と農業と漁業がなくなって刑務所だけ残ったとかそんな感じ?>>
「そう、それかなり近いわ!」
<<なんでそんな任侠映画の舞台みたいなハードなところが少女漫画に出てくるんだ?>>
「主人公のフランシス=ホープが終盤近くに陰謀にはまって、刑務所に送られちゃうのよ!」
「……? 誰と話してたんだ?」
タヌキへの説明に熱が入ったところで、書斎に官報を取りに行っていた父親が居間に帰って来た。
慌てて口をつぐむ。
「つ、ついつい独り言を……」
「そうか? まあ動揺しても無理はないか……私も驚いたぞ」
父親が官報を手渡してくる。
役所仕事らしい事務的な文体で、簡潔にショッキングな事態な詳細が書いてあった。
『これまで王室の直轄であったオズエンデンドが新しく公爵領となった。オズエンデンド公爵家としてアルグレート・マダマ=ラトナラジュ王子が封土される。近く領地に赴任する命令が正式に王室より下る予定』
「実質流罪みたいなもんじゃない! なーにが新公爵家よ!!」
思わず官報を握りしめてくしゃくしゃにしてしまった。
「こら、声が大きい!」
下手をすれば王室批判と取られかねない娘の発言に父親は慌てたが、否定しようとはしなかった。
「12才の男の子が刑務所しかない寒村に行って何ができるっていうの!」
「確かに古い由緒ある土地ではあるが……。こんなへんぴな場所が公爵領になった例は覚えがないな」
「なんでこんなことがいきなり決まったの? マダマ様が何をしたってのよ!?」
「分からん。こんなに急に封土が決まったのもおかしい。王宮で何が起きているのか……」
世渡りに関しては抜け目のない父親が青い顔をしていた。
王子に娘をくっつけようとした自分も王宮からにらまれているのではないかと気が気ではないに違いない。
父親の小心ぶりもだが、こんな不条理な決定をしたこの国の偉い人たちが何より腹に据えかねた。
「やっぱり納得できないわ、こんなの。 ……ちょっと出かけてきます」
「お、おい。どうするつもりだ?」
「決まってるでしょ、大公夫人に話してかけあってくるわ!」
立ち上がってずかずか居間を突っ切ろうとする。
「あの人なら王宮にだって口出しできるでしょ、他の領地に替えてもらうべきよ」
「確かにあの方なら可能かもしれんが……。お、おいレセディ。今から行くのか!?」
<<お、おい大丈夫か?>>
居間を出ようとした私にタヌキが慌ててついてくる。
<<政治のことに首突っ込んだりして、アンタの立場が危なくならないか?>>
「ええ、黙ってられないわ!」
父親が背後で不思議そうにしていたが、黙っていられずタヌキにそう返していた。
石を焼いたようにぐらぐらと怒りが身体の中心から湧き上がってくる。
政治的な事情だかなんだか知らないが、マダマさまに何らかの悪意が向けられているという事実だけは確かだ。
昨日まで生死の境をさまよっていた病床の少年に、そんなものが近づいていると思っただけで胸糞が悪い。
「やってやろうじゃない、売られたケンカなら買うわよ!」




