オズエンデンドより愛をこめて(11)
翌日。
領主館の会議室で、ファセット王国とスターファ国の代表が出席する会議が開かれた。
今回の主な議題は、グアノの本格的な採掘と輸出を開始するにあたって予算の決定だ。
海鳥の糞の山は地上に露出しているとはいえ、採掘の作業は重労働であるし機材も必要だ。
人やモノもたくさんいるから、あらかじめ投資する額が大きくなるのはやむをえないのだが……。
「ちょ、ちょっと待って。どういうことよこれは!」
スターファ側が出してきた予算の計画を見て、思わずその並んだ数字にうろたえてしまった。
必要な設備や消耗品にかかる金額の見積りを出してきたのだが、その総額は思っていたよりもはるかに高くなっている。
あらかじめ聞いてた採掘費用の前例から、頭の中で考えていたから5,6割増しの高値になっていた。
「どうしてこんなに高くついてるの!」
「適正な額を算出したつもりですが……」
私たちら見てテーブルの反対側についた、スターファ側の席の真ん中に陣取るドム=ペドロ参事官は肩をすくめた。
「いったいどういう計算すればこんなことに……って、何これ。輸入品ばっかじゃない!」
慌てて予算の内訳に目を通すと、工具から作業員の宿舎の建材、挙句に衣料や食糧に至るまで外国から買い付ける予定になっていた。
購入先はもちろん、言うまでもなくスターファ国内の業者ばかりである。
「厳しい環境での作業になることは疑いありません。道具も消耗品も使い慣れたものの方が、技術者たちにとってもなじみが深く効率的でしょう。先行投資と思っていただけないかと」
「だとしても全部輸入することはないでしょ……。ずっと余計な費用がかかり続けることになるじゃないの」
頭が痛くなる問題だった。
スターファ側としては自国に利益を誘導しようとするのは当たり前の発想だが、まさかここまで露骨なことをやってくるとは!
「なるべく地元で買い付けるように計画を組み直してちょうだい」
「お言葉ですが、オズエンデンドでは必要な物資が十分には手に入りません」
痛いところをついてきやがるな!
確かにこのクソド田舎のオズエンデンド領内では、国家規模の輸出事業に必要なものを全てまかなうのは土台不可能である。
が、ここでひるむわけにはいかない。
「何ならそのために専用の工房や作業所を作ったって良いわよ」
「その方が時間も経費もかかるのでは? 早期に事業運営の開始を目指すのが基本方針のはずですが……」
「どうしても購入が必須なものでも、なるべく安く済むファセット王国のものを使うべきよ」
「先ほど申し上げた通り、採掘の中心を担う我が国の技術者たちにとっては母国の品を使うのが最善だと考えます」
「時間がかかってもなるべく領内で作らせるようにしてちょうだい。地元にお金落として便利になれば人も増えて、事業にとってもメリットはあるでしょ!」
流石は外交官。
淡々とドム=ペドロは自分たちにとって有利な条件を、まるで決まりきった前提のように主張してくる。
スターファにとってはオズエンデンドに商品を買わせた上に、事業が拡大すればその利益も入ってくるというダブルで美味しい話だ。
簡単に譲歩するわけがない。
が、こっちだっていつまでも言い値で輸入品を買うようになる事態を見過ごすわけにはいかない。
「だから……!」
「ですから……!」
お互いの利益が対立する構図だ。
テーブルを挟んで、私とドム=ペドロ参事官は自分の主張を投げ合い続けた。
こちら側の上座に座ったマダマさまを始め、他の列席者はおろおろと成り行きを見ているばかり。
延々と議論は平行線をたどると思われたが……。
「どうしても必要なら最初の年だけは全部スターファから買い入れることにして、その翌年分からは可能な限り安いところから調達するってことを明記してちょうだい! これは最大限の譲歩よ!」
「さんせーい!」
そうはならなかった。
真面目な会議には似つかわしくない、あっけらかんとした声が聞こえてくる。
「えっ?」
「ひ、姫様?」
私とペドロ参事官の視線のちょうど交点、私のすぐ隣の席で。
大げさに手を上げたモルガナ王女が賛意を示していた。
「私はレセディの言うことが正しいと思うわ」
そう言いながらモルガナ王女は、ずいっと体をこちら側に近づけてきた。
あまりに遠慮なく密着されて、王女が放つかすかな体臭と香水の入り混じった匂いが鼻に飛び込んでくる。
絶妙に計算されたかぐわしい香りに思わず一瞬ぼうっとしてしまった。
「レセディの言う通りにするのが良いと思う」
「しかし……」
「レセディの言う通りにするのが良い思う!」
「姫様、一度中座してお話を……」
「レセディの言う通りにするのが良い思う!! ……ペドロ、何か言った?」
「は、承知しました」
すごすごとドム・ペドロ参事官は尻尾を丸めて引き下がった。
流石は絶対王政。
王族のゴリ押しは無敵である。
「ですって! 良かったわねレセディ、問題は解決よ」
「あの……王女様?」
「『モルガナ』だけで良いわよ」
「いえそんな、序列はわきまえないと」
「私が良いって言ってるんだから良いの!」
ぷくぅっと モルガナ王女は頬をふくらませた。
ひょうひょうとした態度は相変わらずだが、どこか芝居がかったところは抜け落ちて素のままの子供らしい仕草だ。
まるで一晩で2、3歳幼くなりでもしたかのようだった。
「じゃ、じゃあ、モルガナ?」
「なぁに?」
「ちょっと良いかしら?」
「どうぞ」
「距離が近いんですけれど……」
王女が離れてくれないので、肩口からぴたりとくっついたままだ。
しなやかで美しい黒髪の何本かが頬に触れる感触は正直心地いい……って、そんなことを言っている場合ではない。
「それが?」
「そんなにくっつかれてると、その、やりにくくて……」
「えー? いいじゃない。こうしてても、喋ったり考えたりするのに不自由はないでしょう?」
そりゃまあそうなのだが。
会議室にいる全員から向けられる驚嘆と奇異の視線に気付かないのだろうか。この娘は。
「そもそもあなたは向こうに座った方が良いんじゃ?」
「何言ってるの? 私はもうファセットの……というよりオズエンデンド公爵領の人間よ?」
「そ、そうなの?」
「そうよ。だってお嫁に来るんだから当然でしょう。レセディと同じ側に座って何もおかしくないわ」
王女は屈託のない笑顔を見せた。
……えらくなつかれたもんだ。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
「あと他に予算のことで何か問題あるかしら?」
「いえ、特には」
「じゃあ決まりね! 順調に決まって良かったわ、次の議題に移りましょう」
「…………!」
テーブルを挟んだ向こう側で、ドム=ペドロ参事官が青い顔をしていた。
中間管理職である彼の立場としてはとんでもない事態であろう。
彼の眼から見れば、お目付け役として付けられているはずの王女がいきなり相手国の肩を持ち出したのだ。
悪くすれば監督不行きとして本国から責任を追及されてもおかしくない。
でも同情はしないぞ。ざまぁ。
「れ、レセディ……!」
愕然としているのはスターファ側の人間ではない。
オズエンデンド側の出席者の上座の席で、領主であるマダマさまはぷるぷるとまつげを震わせていた。
瑞々しい頬を真っ赤に紅潮させ、形のいい眉が悲痛に歪んでいる。
「い、いつのまにモルガナ王女とそんなに仲良く……! 仲が良過ぎるくらいに!?」
「ごめんなさい、私にも上手く説明できないわ」
「うまく言えないけれど……。そ、そういうのって良くないと思います!」
目の前で起きていることが信じられない、と言わんばかりにマダマさまが声を張り上げる。
無理もない。私にだってどうしてこうなったのか良く分からないのだから。
「どうして? 仲良くして悪いことなんかある?」
「え、だって、でも、それは……!」
口ごもってしまったマダマさまをよそに、モルガナは大きな瞳を輝かせてこっちを見上げてきた。
「レセディの使ってる香水、とっても良い香りがするわね!」
「えっ、そう? あ、ありがとう……」
「後で私にも教えてちょうだい。 ファセット王国のお化粧の仕方とか、ファッションとか、色んなこと聞きたいわ!」
そう言ってモルガナは私の二の腕を抱えるようにして取ると、肩口に頭を乗せてきた。
「あーっ!?」
ますます眉間のシワを深くしたマダマさまは、まぶたに涙まで溜めていた。
もはや会議どころではなくなってしまった。
「何だこれ」




