オズエンデンドより愛をこめて(4)
ベリルに言われるままタヌタヌとルチルを連れて、領主館の玄関前まで出てみると。
「これでみんな揃ったわね!?」
大きな荷馬車の前でモルガナ王女が仁王立ちしていた。
その後ろにつながれている荷台全て、すっぽりと暗幕で覆われている。
『何が贈られるかは直前まで秘密』という趣向らしい。
中の様子はうかがいしれないが、相当大きなものらしい。
「はぁ……」
まるで戦争で捕虜になったかのように、疲れた顔をしたマダマさまが応じる。
その背後にはたまたま会議に来ていた技術者たちと、ドム・ペドロ参事官始めスターファ側からやってきた人間が整列していた。
「私から殿下にプレゼントよ」
「こんな大きなもの? 何です?」
「それは見てのお楽しみ♪ ささ、暗幕を引っ張ってみて!」
相変わらずのテンションの高さで、きゃぴきゃぴとモルガナ王女はマダマさまに催促した。
仕方なく言われた通り、マダマさまが恐々と荷台にかけられた暗幕の端を手に取る。
「よっと……。よいしょ!」
ちょっと手間取ったが、少年が2,3歩後ろに下がるのに合わせて暗幕がするりと滑り落ちた。
「うおっ!?」
荷台に乗せられていたものが白日にさらされて、私は思わず声を上げてしまった。
まさか生き物が乗っているとは思わなかったのだ。
それもオリに入れるとかロープでくくるとかもしないで、ただ荷台に乗っているだけだった。
「うわぁ……」
あまり気乗りしていない様子だったマダマさまも、これには目を丸くしていた。
全身毛むくじゃらのその生き物は、居並ぶ面々の視線が集中しても微動だにせず、じっと四本足で木製の荷台を踏みしめている。
首と顔の長いその姿は馬そっくりだったが、それにしては小さいし耳も妙に長い。
何より神経質な馬がこんな扱いをされては、機嫌を損ねてイライラと足を慣らしていそうなものだ。
「何これ? もしかしてポニー?」
「ロバですよ!」
さっきまでの興味なさげな態度はどこへやら、マダマさまは目を輝かせていた。
「じゃじゃーん! これが私から殿下へのプレゼントよ」
荷台のロバを指し示しながら、モルガナ王女が芝居がかった動きで見栄を切った。
合わせてスターファ側の面々がぱちぱちと拍手をし始める。
ちょっと大きさには驚いたが、どうやらペットのプレゼントということらしい。
なるほどこれなら平和だし、生き物が好きなマダマさまの趣味にもぴったりである。
「なぁんだ……。ロバかぁ」
またトラブルが起きるのではないかと心配していたところに、思わぬ穏当なプレゼントが出てきたので、私はほっと胸をなでおろした。
「……何よ。陳腐だっていうの?」
が、つぶやきはうっかりモルガナ王女の耳に入ってしまった。
王女が不機嫌気に目端を吊り上げる。
どうやらプレゼントの中身を失笑したと受け取られたらしい。
「い、いえいえ! そういうことじゃないですよ。素敵なプレゼントだと思います!」
こんなことで機嫌を損ねられてはたまらない。慌てて弁解に走る。
「ただですね。私はてっきり、全裸にリボンを結んで局部や乳首を隠しただけの状態で飛び出して『プ・レ・ゼ・ン・ト・は・わ・た・し❤』なぁんてやらかすのかと……!」
『…………』
その場の空気が凍り付いた。
全員の視線がロバに代わって自分に突き刺さるのを感じて、私は自分の失敗を悟った。
「何を食べたらそんなハレンチな発想が思いつくんですか……?」
「ちちち違うのよマダマさま、聞き流してちょうだい!」
耳まで真っ赤になったマダマさまがわなわなと膝を震わせていた。
純朴な王子様はその光景を思い浮かべただけで卒倒しそうになったらしい。
「あなたってもしかして天才なの……!?」
「私は別にアイディアを提案した訳じゃないですよ!?」
モルガナ王女が黒目がちな眼をらんらんと見開いたので、私は慌てて止めに入らなければならなかった。
この娘なら本当にやりかねん。
「あの……話が脇道にそれたようですが。王女様からのプレゼントをお受け取りください、公爵殿下」
思わぬ方向に脱線して盛り上がる私たちに、ドム・ペドロ参事官が冷たい言葉を浴びせてくる。
「あら、それもそうね。とにかくこのロバを殿下にお贈りするわ」
「あ、ありがとうございます!」
「スターファから直接連れてくるわけにはいかないから王都で調達したせいで、連れてくるのに時間がかかっちゃったの」
気を取り直してモルガナ王女がプレゼントの裏事情を打ち明けた。
その目の前で、ペドロ参事官の部下たちの手によってロバが荷台から下ろされていく。
ロバは嫌がりもせずに従順に自分の足で地面に降り立った。
「そういえばこの国じゃロバってほとんど見ないわよね?」
「他国では普通に使われていますが……。ファセット王国では作業でも使われるのは、農耕馬ばかりですね」
「どうしてかしら?」
「見栄えがしないので好まれないようです」
マダマさまの説明には納得がいくところがあった。
なんでもかんでもキンキラキンに飾り立てたがるファセット王国の気風は、悪役令嬢時代に嫌というほど思い知らされている。
確かに目の前のロバは足は短いし全体にもっさりとした印象で、お世辞にも格好いいとは言えない。
「でもロバって大人しいのね。こんだけ騒がれても静かにしてるし」
「そうですね……。ボクもこんなに近くで見るのは初めてです」
ぬぼーっとした顔のロバに、マダマさまは横からそっと近づいた。
どことなく全身が丸っこくて愛嬌がある印象なのはまだ若いロバだからだろうか?
慣れた様子でマダマさまは首筋からぽんぽんと触り始める。
「うわぁ……。毛並みがフカフカですよ。レセディも触ってみます?」
「う、うーん……。私は良いわ」
「すごく静かでとっても優しい感じですね!」
自分とは頭の高さもほとんど同じくらいのロバの首筋に、マダマさまはぎゅっと腕を回した。
ロバは長い耳をぴくぴくと動かして少年の方に顔を向けたが、特に嫌がりもしなかった。
「乗れるかなぁ……」
ちょっと迷ってから、マダマさまはロバのたてがみをつかんだ。
「よっと!」
ぱっと勢いをつけてその背中に飛び乗ると、素早く足を回してまたがる。
背格好は小さくても流石は馬の仲間。
ロバは身じろぎもせずにしっかりと少年の体重を支えていた。
「見てください、レセディ! 鞍なしでも乗れましたよ!?」
「カワイイカワイイ! あははは……、ぴったりじゃない!」
体の小さな王子様がロバの上で騎乗姿勢を取るのは、まるで劇場の舞台の一幕のようにファンシーな光景だった。
「それっ」
少年に軽く脇腹に足を当てられたロバは、素直にカポカポと歩き出した。
従順なその態度に、ますますマダマさまはご機嫌に頬を緩める。
「なんていい子なんでしょう!」
マダマさまは首筋からもたれるようにして、ぎゅうっとロバを抱きしめた。
応じるようにロバが唇を剥き出しにしていななく。
初め聞くロバの声というのは、まるで油が切れて開け閉めしづらくなったドアを無理矢理動かした時のような、なんとも言えない甲高い響きだった。
「あははは、そんなに大きな声でなくても聞こえますよ」
マダマさまはすっかりご機嫌で、愛しそうにロバの頬を撫でてやっていた。
その様子を見ていたモルガナ王女も得意げだ。
プレゼントの効果は誰が見ても認めざるを得ない。
「どう? 気に入っていただけたかしら?」
「とっても気に入りました! ありがとうございます!!」
「そのロバはメスよ」
「女の子ですか。名前は……そうですね、【エレミア】にしましょう!」
ロバにまたがった王子様と、地面の王女様とがなごやかに談笑しあう。
なかなかいい光景だ、と私は思った。
これがおとぎ話なら王子はさっそうと白馬にまたがっているはずなのだが、まあ細部は再現しきれなくても仕方あるまい。
こういうやり取りを重ねることで、お互いの呼吸というものがつかめるのかもしれない。
そう思っていると。
「まだ産まれて1年ですって」
「そうなんですか。体はこんなに大きいのに、まだまだ子どもなんですね」
「だから、お肉も柔らかくてとっても美味しいわよ!」
「これからはボクは面倒を見てあげ…………、えっ」
バラ色の頬を輝かせたまま、マダマさまは表情筋を硬直させた。
「…………今、なんて言いました?」
まるで時間が停止したかのような恐ろしい沈黙の後、マダマさまは底冷えのする声で聞き直した。
「ロバのお肉はこの世で一番美味しいのよ!」
「お、美味しい……?」
「殿下にもぜひ味わっていただきたいわ」
「えっ、えっ?」
もはや会話にもなっていなかった。
目の前で言われている言葉が理解できずに、マダマさまの思考がショートしたようだ。
「…………!?」
「もちろんみんなにもごちそうしてあげるわよ!」
凍り付いた私たちをよそに、スターファの面々はいきおい盛り上がって談笑を始めた。
「やった!」
「若いロバを食べられるなんて貴重だ!」
「普通は年寄りの硬い肉しか出回りませんもんね」
「ご相伴にあずかります、王女様!」
やんややんやと喝采まで送り始める。
(……ぶ、文化が違う!?)
王子様や私たちにとっては愛らしいペットでも、彼らにとっては美味しそうな食材に見えてしまうらしい。
ようやく何を言われているかを理解したらしいマダマさまは、まるで地面の底から聞こえてくる地鳴りような響きで静かに確認した。
「…………あなたたちはエレミアを食べるつもりなんですか?」
「すぐには無理ね。ロバ肉は下ごしらえに時間がかかるから」
「…………」
「明後日にはお客をたくさん呼んで、ロバ肉で盛大なパーティーをしましょう!」
「――――――――――――ッッッ!!」
その後の半狂乱になった王子様の怒りのすさまじさは、とても言葉では言い尽くせないので省略する。




