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王女が馬車でやってくる(7)


 ドアを開けると、困り顔のマダマさまが立っていた。

夜更かしなどという悪習とは無縁の育ちの良い王子様は、もう寝巻に着替えていた。

なのに私の部屋を訪ねてくるのはどういうことだろう?



「どうしたのマダマさま?」



 不思議に思いながら聞いてみると、マダマさまはちょっと困った顔になった。



「お風呂には入った? 歯は磨いた? 宿題はやった?」

「シュクダイ? ……よく分からないですけれど、寝る前の支度はちゃんとしました」



 子供扱いしないでくれ、と言いたげに少年は眉間のシワを深くしてみせる。



「じゃあ何があったっていうの?」

「その、モルガナ王女が……」

「モルガナ王女?」



 またぞろあの王女様が何かしてきたのだろうか。

ちょっと疲れた気分でオウム返しにした瞬間。



「で・ん・か~♪」



 噂をすればなんとやら。

猫なで声に続いて、廊下の曲がり角から姿を現したのは褐色の肌の王女様だった。

マダマさまとは対照的に、こちらは昼間と同じハデな色の民族衣装を着たままである。



「うわっ、来た……!」

「もう。こんなところにいたの?」



 びくっと肩を震わせた少年の小さなつぶやきなど耳に入らない様子で、モルガナ王女は喜色を浮かべながら小走りに近づいてくる。

そのまま後ろからマダマさまに飛び付きそうな勢いだったが、わざわざぐるりと回り込んで私とマダマさまの間に割り込んできた。

パーソナルスペースに無理矢理侵入されて、私から見てもちょっと気分がよろしくない。



「遊びましょう! スターファから遊戯盤やらカードやらたくさん持ってきたの。殿下にも遊び方を教えてあげるわ!」



 私のことなど眼中にないように、モルガナ王女は黄色い声を出した。

昼間は馬車の長旅、その後はオズエンデンド全部を向こうに回した大立ち回りをしておいて、まだまだエネルギーが有り余っているらしい。

一日中こんなハイテンションで気疲れしないのだろうか、と私は逆に感心してしまいそうになった。



「も、申し訳ありませんが、もう就寝の時間です!」



 ほとんど悲鳴に近い調子でマダマさまが声を上げる。

これ以上付き合いきれない、といった感じだ。



「あら、そうなの? じゃあ私も休ませてもらうわ」



 一瞬無理押ししてケンカにでもなりやしないかとヒヤヒヤしたが、王女さまはあっさり引き下がった。

『ほっ』とマダマさまの顔にも安堵の色が浮かぶ。

……が、続く王女様の声を聞いてその表情は目まぐるしく移り変わった。



「殿下のお部屋のベッドでね」

「……え?」

「添い寝してちょうだい♪」

「えぇっ!?」



 泡を食ったマダマさまに対して、モルガナ王女は余裕しゃくしゃくだった。

まるで最初からこうなることを想定していたかのように。



「だってここは、私の国からは遠く遠く離れた異国の地よ? 建物も寝具も何もかも私の国と違ってて不安で寂しくて。一人じゃとても眠れそうにないの♪」

「ボクの目からはとてもそうは見えないのですが……」

「だからお話してなぐさめて❤」



 露骨に嫌そうな顔をするマダマさまの様子など目に入らないらしい。

少年の頬っぺたをなめるように顔を近づけて、モルガナ王女は文字通り迫った。



「えっ、でも、その……!」



 困惑したマダマさまが、すがるような視線を送ってくる。

難破して無人島に流れ着いた漂流者が水平線上に船影を見つけた時のような切実なまなざしだった。

ようやく私が口を挟める流れになったので、ちょっと考えてから返答する。



「……良いんじゃない? 一緒に寝るくらい」



 かわいそうで何とかしてやりたいのはやまやまなのだが、うかつに下手なことを言って超大口のスポンサーさまの機嫌を損ねるわけにはいかない。

オズエンデンドの全住民と囚人たちの生活がかかっているのだ。

領主であるマダマさまには頑張って体を張ってもらうしかない。



「そんなぁ……」

「決まりね! 一緒に寝ましょう殿下!」



 モルガナ王女は勝ち誇った形に眉を吊り上げた。



「今日は夜中まで起きててずっとおしゃべりしましょうね。殿下が小さかったころのお話聞かせて!」

「早寝早起きをしないとベリルに怒られるんですが……」

「じゃあ私も寝巻に着替えてくるから! 殿下のお部屋で待っててね?」



 一方的に結論を出してしまうと、モルガナ王女は来た時と同様に軽快な足取りで廊下の向こうへと去っていった。



「…………」



後に残されたマダマさまが、恨みがましい目でこちらを見上げてくる。

良心が痛むが仕方ないだろう。

そんな目で見ないでくれ、という思いで言い訳がましく言った。



「ま、まあ。ちょっとくらい付き合ってあげても良いじゃない。一緒のベッドで寝るくらい」

「レセディは、ボクが他の人と一緒に寝ても平気なんですね……」

「?」

「……いえ。なんでもないです。おやすみなさい」



 言い捨てると、肩を落としてとぼとぼとマダマさまは自分の部屋に戻っていった。

妙に引っかかる聞こえようだった。



「どういう意味かしら?」

《……さぁ? 俺はただのタヌキだし》



 ベッドの上に両手足を投げ出したタヌタヌがぶっきらぼうに答えてくる。

そんなに邪険にしなくてもいいだろうに。

何か男の人目線で見ると気に障ることであったのだろうか?



「……まあいいわ。王女様のことは明日考えましょ」



 私の方も昼間からのドタバタで疲れていた。

眠気が頭の中でしびれに似た存在感を訴えてきて、とてもいいアイディアは生まれてきそうにもない。

寝る支度を整えよう。

 


「ほらほら、あなたも早くどいてちょうだい。ベッドに毛玉が落ちちゃうわ」

《あっ。ひどっ》



 マナー知らずのタヌキを寝台から下ろそうと手を伸ばした時。

 


「きゃぁ――――――――――――!!」



 絹を引き裂くような少年の悲鳴が聞こえてくる。



「!?」 



 眠気なんか瞬時に吹っ飛んだ。

慌てて廊下に飛び出る。



「なっ、何なになに?」



 ひょっとして目算が甘かっただろうか。

まさかとは思ったが、最悪の事態が脳裏によぎった。

年下のマダマ様にいきなり襲いかかるほどモルガナ王女の思慮が浅いようには見えなかったが。



「……ひいぃいっ!」



 私がマダマさまの寝室に駆けつけようとするよりも早く、廊下の向こうから息を切らして王子様が走ってきた。

着衣に特に乱れはないが、前髪はばらばらに逆巻き顔色は真っ青だ。

少年の身に何かが起きたのは明白だった。



「レセディ! たす、助けて!」

「マダマさま!? えぇ、何があったの!?」

「モルガナ王女が……!」

「王女が?」

「ハレ、ハレハレン、ハレンチなカッコを……!」

「えっ?」



 しどろもどろになって、マダマさまは必死に何かを訴えようとしていた。

赤面して涙を浮かべたその顔から少年が非常に強いショックを受けたのはすぐ分かったが、一体何を言いたいのかイマイチ要領がつかめない。



「殿下、ちょっと待って! 逃げないで!」

「キャー! 来たっ!?」



 廊下の向こうからモルガナ王女の声が聞こえてくるや否や、マダマさまは一目散に私の部屋の中に駆けこんだ。



「ちょっ!」

《うぉっと!》



 もうすぐベッドの上のタヌタヌに頭からぶつかるところだった。

巣穴に逃げ込むリスじみた俊敏さでマットの上に飛び込むと、体を丸くして上半身だけに毛布を被る。

地震が起きた時に机の下に逃げ込むような格好でそのままぷるぷると震えている。

まるで『頭隠して尻隠さず』ということわざを自分の体で表現しているかのようだ。

いたいけな少年に何がここまでさせたのだろう。



「殿下! 逃げるなんてひどいわ!」



 すぐに、疑問の答えが廊下の向こうからやってきた。



「うわっ」

 


 思わず声に出てしまっていた。



「? なに? この国じゃ女の人はこういう夜着をつけるんでしょ?」



 不思議そうな顔のモルガナ王女が身に着けているのは、恐ろしく薄い生地でできたベビードールだった。

手の込んだ縁取りのレース以外のほとんどの部分はシースルー。

その下に付けている肌着の色も形も丸分かりの代物である。

しかもワンピースのスカート部分はワ●メちゃんみたいに短いという、衣服の機能をほぼ放棄した代物であった。



「王女様は何か勘違いしてらっしゃるわ……」



 これは確かにマダマさまが走って逃げだすのも当然だ。

どう見ても王女というより、コールガールの格好だった。



「折角用意したのに。 こういうのを着てあげたら男の人は喜ぶって聞いたわよ!」

「そりゃあ人によっては大歓喜でしょうけれど。結構特殊な趣味の人だと思うわよ」

「? どういう意味?」



 とてもローティンの少女が身に着けるものではない。

まともな大人なら鼻の下を伸ばすより先に、公序良俗にケンカを売るような見た目に眉をひそめることだろう。



「色っぽくない?」

「あーダメダメ、刺激が強過ぎます」

 


 私から見てちょっと引くくらいなのだ。純情なマダマさまが受けた衝撃は察するにあまりある。

ほら見ろ、ベッドの上でちぢこまってびくびくと体を揺らしているではないか。



「こわぁい……。女の人って怖いぃぃ……!」



 心の傷を負ったようなうめき声まで、被った毛布の下から聞こえてきた。



《……流石になんとかしてやった方がいいと思うぞ》



 小鳥の尾のように痙攣している王子様の折り畳まれた下半身を横目に、タヌタヌがぼそりつぶやく。

同意の言葉の代わりに、私は深く深ぁくため息をついた。

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